2話【昭和の給食】
店先の長椅子に腰掛けて寄居商店街のお年寄りがひと息ついている。
「結さんのパンの耳は人気だがね」
「欠けたもんは売れんで、食べて」
「じゃ、ご馳走になるかね」
婆ちゃんお手製パンの耳揚げ菓子は美味い。
俺が幼い頃からの大好物で、今もよく食べる。
こんなにみんなが美味いと言うのだから、と製品化してネット通販をやり始めたらこれが、大当たり。
結屋でも小袋に入れてレジ前で売っている。
「お婆ちゃん、お耳のくださーい」
「ハイハイハイハイ、待ってね」
ハイは一回でいい、と叱られた青春時代を婆ちゃんは覚えているだろうか、と思いながら見ていた。
「何だね、賢人」
「何でもねぇよ」
「グズグズしなさんなっ」
「ハイは一回でいいって言ってたな」
「一回しか言ってないがね」
婆ちゃんは、わざとなのか、気づいていないのか、判断がしづらい嘘をつく。
そこへ、呉服屋のクゥーちゃんが、一人でやって来た。
「耳のパンをくーだーさい」
「ハイハイハイハイ、待ってね」
「婆ちゃん」
「一回しか言ってないがね」
「俺、まだ何も言ってないけど」
わざとなのが判明した。
「クゥーちゃんはエライね、ほれっ」
「結婆、ありがとう」
婆ちゃんはお使いのご褒美に、レジ横で売っているクッキーの中からパンダを手渡した。
「一人で帰れるかい?」
「クゥーちゃんはもうかえるから」
幼稚園児のクゥーちゃんは三軒隣の呉服屋まで、商店街のアーケードを真っ直ぐに歩いて行った。
耳揚げ菓子に負けない人気のキッチンカーに予約がはいる。
「キッチンカー結屋です」
「通販でパンの耳を見て……」
「耳揚げ菓子のご注文ですか?」
「いえ、違います」
パンの耳揚げを注文したいわけではないようだ。
「あの、四十年前の給食は……」
「はい、一緒に作って食べましょう」
「場所は少し遠いのですが……」
「はい、メールをお待ちしています」
婆ちゃんは食堂をやっていて休みに旅行なんてしたことがなかった。
だから俺は、遠いときは婆ちゃん孝行のつもりで仕事を受ける。
帰りに温泉や美味い店を予約して守と三人で家族旅行と決め込む……
その夜、婆ちゃんは出張メールを見ていた。
「婆ちゃん、どうした?」
「給食は難しいがね」
婆ちゃんの時代の給食は、脱脂粉乳までさかのぼる。三十年前の給食について勉強をする必要がありそうだ。
アルバイトのイッちゃんと丸ちゃんも親世代だから、とアンケート収集を始めてくれた。
「では、発表します」
「第三位は同票で……」
ランキングをつけてくれたようだ。
学校の友だちの親世代頼りに作成。思い出の給食は何ですか……
「おー、イッちゃん、丸ちゃん……」
婆ちゃんは二人の孫の発表会でも見るかのように、椅子に腰掛けて拍手をした。
「ナポリタンとソーセージスープ」
「カレーじゃないのかよ」
守はカレーだと信じ込んでいた。
「二位は、わかめご飯です」
「えー、なんでだよ、わかめ?」
もはや守の中で一位はカレーしかないようだ。
「一位は、揚げコッペパンです」
「カレーはどうしたんだよ」
アンケートを取って貰ってよかった。守の言う通り、俺たちのランキングにはカレーが入る。
「賢人、これを作ってやっとくれ」
婆ちゃんはメモ用紙に手書きしたものを俺の前に置いた。
( 何でも一品サービス、結屋 )
「何枚作ればいい?」
「アンケートした人の分だがね」
目配り気配りの婆ちゃんはパソコンが苦手だから、作りたいチケットのイメージを手書きして渡して来る。
「ありがとうね、これお礼だがぬ」
「うわぁ、嬉しい、マジ最高」
婆ちゃんは二人が学校でアンケートをとる話を聞いた日に用意していた物を渡した。
「イッちゃん、可愛い」
「丸ちゃんも似合うよ」
東京にいながら田舎扱いされるこの寄居町の女の子は、都会のウエイトレスのエプロンはフリフリが付いているというイメージが強く、憧れていた。
「結婆、ありがとう最高」
「二人とも可愛いがね」
お帰りなさいご主人様、の世界から、守がネットで購入したが、二人はこの制服を着て、お爺ちゃんやお婆ちゃんをどんな台詞で迎えるのだろうか……
「二人とも似合ってるよなぁ」
「守、キモイぞ、ニタニタすんな」
※キッチンカー出動……
準備万端、当日はポカポカと温かい日に恵まれた。
「結婆、スゲー、海だぞ」
「子どもみたいだが」
「いいから見てみろよ」
畳の上で守が取り付けてくれたテレビを見ていた婆ちゃんが外を見る。
「まぁまぁ、なんだね、綺麗だが」
婆ちゃんは初めて海を見た。
「なーんだかなぁ、でっかいなぁ」
子どもが初めて見たとき言う台詞だ。
「結婆の方が子どもみたいじゃん」
「賢人、守、ありがとうねぇ……」
こんな瞬間に俺は思う。
やはり、出張・キッチンカーをやっていてよかった、と。
俺のために働き続け、何もしてこなかった婆ちゃんに、いろんなもんを見て、いろんなこと楽しんで欲しい。
守はずっと一人で生きてきた。
生まれた時から家族も家もない……
だから婆ちゃんを大事にしてくれる。
「結婆、温泉も予約済みだからなっ」
「守、幸せ過ぎて怖いがね……」
「もっともっと俺たちが幸せにする」
運転中の俺には二人の顔はよく見えないが、バックミラーに映る婆ちゃんが鼻をかむようすがわかった。
キッチンカーが指定された場所は、海の家の駐車場だった。
「遠いところまですみません」
「海が綺麗ないいとこだがね」
「結さんですね、砂絵てす」
「サエさん?海の家の?」
「はい」
目の前には、海の家・砂絵と看板に書いてあった。
婆ちゃんは夕陽が綺麗だと砂絵さんに聞き、それを見ながら食べようと、早速、料理を始めた。
俺たちは先ずセッティングを済ませ婆ちゃんの指示通り料理する。
「砂絵ちゃん、キャベツの塩揉み」
「砂絵ちゃん、きな粉をトレイに」
「砂絵ちゃん、トマト丸茹でむいて」
パッパパッパ、とみんなを動かし会話をして楽しく作ると言う時間を省いていた。
俺は婆ちゃんにそれを言う。
「砂絵さんと楽しく作ってないよ」
「海を使わないと言う選択肢はない」
「婆ちゃんそんな言葉どこで」
「あっこだがね……」
婆ちゃんの刺す方向には、守がいた。こちらを見てニヤニヤ笑って舌を出している。
確かに海を見ながらゆっくり食事をすると言うシチュエーションは、なかなか作れるものではない。
「さぁ、座って食べようかね」
「懐かしいわぁ、こんな感じでした」
砂絵さんはうるうるした目でテーブルを見つめていた。
ワカメの三角おにぎりにキャベツがいっぱい入ったソーセージスープ。
「美味しい……」
「食べたことないから、悪いね」
「いえ、このままの味です」
「なら、よかったが……」
「勉強してくれたんですね」
ソーセージスープは俺たちのころのままだから味がわかるが、わかめご飯の塩っぱさ加減がわからなかった。
「優しい味だわ、嬉しい」
嘘か本当かはわからないが、砂絵さんは嬉しそうに食べていた。
「砂絵ちゃん、自信なんて後からついてくるもんだがね」
「結さん……」
婆ちゃんはキッチンカーに乗り込み何か作って戻って来た。
「これ大好きでした、きな粉パン」
「熱いから気をつけな」
コッペパンをまるごと油で揚げて、きな粉と砂糖の粉末が入ったトレイに放り込むと出来上がり。
カレーライスを抜いて堂々の一位を取った揚げパンだ。
守がみんなの前に一本づつ瓶を置く。
「まだあるんですね、瓶牛乳」
砂絵さんのテンションが上がる。
「揚げパンと言ったら牛乳でしょ」
何故だか守のテンションも上がる。
砂絵さんの言う通り素晴らしい景色だ。夕陽プラス海イコール、感動だと言うことを俺たちは初めて知った。
「元気になれそうです」
「ならなきゃ勿体ないが」
「あー、揚げパン最高ー」
「うぉー、俺も揚げパンが好きー」
砂絵さんと守は海に向かって叫ぶ。
カッコイイ言葉じゃないが、なんかよかった。
砂絵さんが笑っていたからだろう。
来たときよりも、幸せそうに叫ぶ顔が波のキラキラと重なって見えた……
「これは砂絵ちゃんへのエールだが」
「結さん……」
真っ白な牛乳寒天の中からオレンジ色の蜜柑が夕陽に負けじと顔を出す。
「みかんが甘酸っぱくて美味しい」