第16話「友情」
《案外早く終わったなー》
馬車に体を揺らされながら、呑気な声が脳内で響く。俺は、リヴの声に返事をしなかった。そんな浅はかな呼び掛けに返事をする余裕は、疲れ切った俺の体には存在しなかった。
さて、今の状況を一回まとめてみよう。こんな事をするのは、この世界に来た時以来だろうか? 今日一日頭を使う場面が多くて、もう疲れてるから簡潔にまとめよう。まぁ、まとめると言ってもひとつだけだが。それはもちろん、今日のメインイベント『国王からの依頼』だ。その依頼に関して依頼主である国王には
「この写真に写っている少女を探してほしい。」
とだけ言われ、その少女が写る写真を渡されただけだった。国のリーダーから直々の依頼だったので身構えていたが、至ってシンプルな内容だ。しかし、だからこそ難易度が分からない。この世界の広さも知らない俺にとっては。……まぁ、何がどうあれ依頼だからやらなければいけないんだけどね。
《なぁ、サク。……大事な話があるんだ。》
「……何? 」
俺のまとめタイムは彼の真剣な声色によって遮られる。俺はその「大事な話」というワードに引っかかり、つい聞き返してしまった。
《……服がむず痒い。特に腕の部分。》
予想は出来ていた。あの「大事な話」も俺の興味を引くための作戦だろう。しかし、いつもの俺なら無視するだろうが、今回の問題は俺も悩んでいたことだった。俺は目線を下にずらし、今が着ている服全体を見て裾を持ち上げる。
この服は、この世界に来た時からヒースに何度も洗ってもらっていた俺の通っていた高校の制服がボロボロで血塗れになったので、国王が俺にくれたものだ。戦闘用の服らしい。学ランのような襟部分から裾に向けてボタン代わりのベルトが5つ付いていて、光を反射する漆黒色、そしてポリエステル素材に劣らないくらい伸びがいい皮でできている。上下とも同じ素材であり、見た目のデザインも悪くない。服以外に、深いフードのついたロングコート、服と同じ素材の手袋も貰った。ただ問題は、俺の腕が人間ではないと言う点だ。手袋も上の服もサイズを大きめにしてもらったが、鱗が引っかかって仕方がない。今にも脱ぎたい気分だ。
「……ん? 」
俺とリヴのちっぽけな問題は消え去る。そして、この服を見て俺はあることを思い出し、疑問に思った。それは、国王が俺とリヴの契約について一度も触れなかったことだ。俺は、気づかれた時点で話に出るだろうと思っていた。腕もこんなに魔物丸出しなのに何故だろう。それだけではない。彼は依頼の話が始まる前に「その腕のアクセサリー、カッコいいけど邪魔じゃないのかい? 」とも言われた。もしかして気付いていないのか、と思ったがそうではなかった。依頼の話が終わり、服をくれる時に彼は俺の耳元に向かって小さな声でこう囁き掛けた。
「その腕隠しておいたほうがいいよ。君も“彼”も、厄介ごとに巻き込まれたくないでしょ? 」
その言葉に、バレていないと安心しきっていた俺は思わず身震いをしてしまった。そして、彼の顔を見ると意味深な笑みを俺に向けていたのだ。思い出しただけで、再び身震いをしてしまう。
国王に確実にバレている。しかし、だからこそ謎なのだ。何故言葉を濁した? 何故この事を騎士団長に内緒にした? 疑問を挙げたらキリがない。考えて解決するのかどうかも分からない。
《ぉぃ……おい! サク! 》
「……あ、ごめん。なんか言ってた? 」
《いや、ずっと話しかけてるのに何にも返ってこないから心配で。》
俺はリヴの声で現実に戻ってくる。俺は彼の声が聞こえなくなる程思考していたのかと思うと、この問題の不完全さに恐怖を感じる。俺はため息とともに頭を抱える。すると、リヴは俺に向けて再び話し始める。
《なぁ。……俺がさ、サクを悩ませるような事をしてるって事は分かってる。……俺がその話を聞いても解決するとは限らない。》
彼は何か覚悟を決めたように、大きく息を吸う。
《でもさ、俺だって協力したいんだ! ……だからさ、1人で考え込まないで一緒に悩もう? 》
俺の頭と中にあった「謎」や「不安」そして隅の方にあった「リヴとの契約の後悔」が、雲が晴れるようにフワッと消え去った。頭を抱えていた俺達の腕は力が抜けて、馬車の座席に落ちる。俺の目からは一滴の涙が滴る。こんな状態の俺に、彼はまだ話し続ける。
《あとさ、考えすぎもよくないし。一回忘れようぜ! その時その時で対応していくのも、案外楽しいかもね? スリリングで。》
俺は、彼のこの言葉を聞いて肝心な事を思い出した。このお調子者ドラゴンは、この世界で初めての。そしてなにより、「最高の友達」だと言う事を。
何か吹っ切れた俺は、服の袖に付いているベルトを両腕とも外し、その袖を思いっきり肩まで捲り上げた。
誤字・表現の違和感等ありましたら是非教えてください。これからも宜しくお願いします。