15話「国王の依頼②」
*2分後
ガッシャーン!
俺の背中への痛みとほぼ同時に、頭の兜の金属音が高らかに響く。そしてあることに気づく。兜の無意味さに。
「痛って! 痛って! 」
金属音は俺の悲鳴にかき消され、兜の内側の角張った部分は頭を抉り脳味噌を直接揺らした。後頭部が火傷した時の様に熱くなる。初めて味わう感覚に、俺の語彙力は低下する。こうなる事は少し前から薄々感じていた。俺はローブの男が「上下に繋がる」と言った時、国王の所にそのまま繋がって行くものだと思った。しかし、これは吸い込まれる状況を見ていなかった俺の思い込みだった。吸い込まれた瞬間に風は止み、不思議な空間をひたすらに落下したのだ。『謎の子供2人の空間』や『リヴと契約した空間』など、今までにも“不思議な空間”を体験して来たが、先の2つとは全く違った。原理はよく知らない。ただ、何か違った。
【スキル】頭部、その他に損傷が見られたため『超再生力』が発動されます。
頭の中から声がする。その直後に、体の痛みは一瞬にして無になる。もう慣れてしまったが、この『超再生力』は怪我をすると勝手に治してしまう。いわゆる不死身というやつに近い。初めて発動した時は「すごいなぁ」くらいにしか思っていなかったけれど、違う見方で考えると“死ぬことが出来ない”ことになる。そして、死ぬほどの痛みを、何度も何度も受ける。想像だけで恐ろしい。俺は身震いをし、「そんな事は今考えることじゃない。」と割り切って、今の状況に目を向ける。
床は大理石だろうか。とてもひんやりとしていて、俺が落ちた所には少しだけ凹み、ヒビが何本か入っていた。両手が使えないだけではなく、周りも見えない俺に対しての情報が少なすぎる。足の裏だけが頼りだ。
「おお、君がサクラ君かい? 」
「は、はいっ! 」
兜のせいで音が篭っているため聞こえが悪いが、俺の正面から男の声が聞こえる。俺は急に話しかけられたのに対して、学校の教室で出したら周りが静かになるくらいの声量で返事をした。王室に飛ばされたということから、この声の主は国王であるという予想がつくだろう。声が上手く聞こえないので確信はないが、名前の後ろに「君」をつけるあたり、俺の個人的なイメージだが身分が高く、相当な年上だと思われる。俺が返事をしてから声は聞こえないけれど、足音と地面から伝わる振動で近づいてきているのが分かる。そして俺の前で止まる。
「すごいね、君。……鈍い音がしたのに、無傷なんて。」
そう言うと、声の主は俺の頭から兜を外す。ゼロではないがほぼ光が入っていなかったため、急な強光に目が眩む。そして視界が鮮明になった途端、俺は驚きのあまり絶句してしまった。ちなみに、本日2回目である。
それもそのはず、俺の目には70代のベテラン国王ではなく40代のおじさん国王でもなく、20代くらいの若い国王がしゃがみ込んでいる姿が写ったのだ。
「初めまして。私は、ガルデラ王国第7国王ディーク・ガルデラというものです。」
彼はそう言うと、俺の目を見て微笑みかける。周りが少しだけ明るくなった様に思えたが、多分気のせいだろう。彼はその後、二重のくっきりしたまぶたを上げて俺の体をまじまじと見る。その彼の仕草を俺は目で追う。自分言うのもなんだが、動揺が抑え切れていない。俺の心の中を見透かす様な少し横長でつり気味の赤眼、サラサラと揺れる金髪、整った顔、白い生地に光を反射する装飾品が付けられた服装。彼の容姿について挙げるとキリがないが、一言でまとめると『爽やかイケメン王子様』だ。
俺はふと我に返る。そして、目の前で俺をジロジロと見ている人物がこの国の国王であることを思い出し、頭を下げる。
「えっとー、初めまして。サクラというものです。」
俺はどう挨拶していいか分からず、国王の挨拶を真似してしまう。明らかに不自然だが、それは一旦置いておこう。
するとその直後、俺の上方右側から音もなく人影が落ちてきて一瞬だけ風が吹く。その風は止み、聞き馴染みのある鎧の軋む音が聞こえる。
「騎士団長レン・マリヴァン、ただいま戻りました。……って、先輩だけですか。てっきり私の部下たちもいるのかと。」
「お帰りなさい、レン。君も知ってるだろ? 僕は人混みが好きではないことくらい。」
「……ああ、そうでしたね。でも大丈夫ですか? そんなんで国王なんて」
「あはは。まあ何とかなるさ。……それより、その鎧どうしたんだい? 」
「これですか? これは、全部彼の血です。……ちょっと色々ありまして。」
いきなり始まる2人の会話を、眺めるしかやることがなかった。そしてなによりも、彼女が表情を緩めて国王を「先輩」と言っていることに違和感を感じた。俺が彼女の大事な人を殺したからなのか分からないが、地位関係なく接しているあたり、親しい仲なのだろうと勝手に思い込んだ。
《おおー、これはこれは。いちゃついてますねー。》
頭の中でリヴの調子の良い声が聞こえた。俺は、しばらくぶりのリヴの声で少し懐かしい感覚になる。しかし、そんなおっとりとした時間は無いと思い、顔だけ後ろ向きにしてすぐさまリヴに尋ねた。会話中の2人に聞こえない小声で。
「おい、リヴ! なんで今まで声かけた時に返事してくれなかったんだよ! 」
《ごめんごめん! 》
「……理由を言いなさい。」
《えっ、急に怖い……。……まあいいや。いや俺さ、魔素を制御するのが下手で。俺が起きてるだけでサクの身体中から魔素のモヤが出ちゃうから、寝てたんだよ。俺らのことがバレると、厄介なことになるからね。》
リヴはスラスラと俺の質問に答えるが、内容がイマイチ頭に入って来なかった。なんとなくで理解した俺は、1つの疑問に至った。と言うより、リヴの発言には矛盾が存在したのだ。それが気になり、俺は更に質問を続ける。
「ん? ん? ちょっと待って、リヴ。今の発言おかしくない? 」
《……何が?》
「意味はよく分からんけど、バレちゃまずいんだろ? 」
《ああ。そうだよ。》
「……じゃあなんで、目の前に人がいる状態でお前は起きてるんだよ。」
俺は間違った事は言っていない。しかしリヴは俺の質問に対してため息を吐く。それから、少し間を開けてゆっくりと俺に説明を始めた。
《……いいか? もうサクにも見えてると思うけど、さっき言った『魔素のモヤ』あるじゃん? あれは、体内の魔素の量と体外に表れるモヤは比例していてね、体内の魔素が多ければ多いほど表れるモヤは多くなるんだ。まあ、全盛期の俺が森の魔物に恐れられていたのもモヤが原因かな? ……でも、それは魔物の話で人間は少し違う。大きな違いは、体内の魔素が多い人ほど無意識的に体外のモヤを抑えている事だ。感情的になったりすると、出ちゃうらしいけどね。》
リヴは自分なりに分かりやすく説明してくれているから、ずっと聞きたかった『魔素のモヤ』についても理解したが、俺は今関係ある事なのかと疑問に思う。俺はそのままリヴに聞こうとするが、説明はまだ続いていた。
《……俺も噂でしか聞いたことがないけど、更に多くなるとね。普通は人間には見えないんだけど、魔物みたいにそのモヤ自体が見えるらしいんだよね。そして、自分の魔素を自分で調整できるんだ。》
「ふーん。……で? 」
俺はまだリヴの話についていけなかった。俺は自分の気持ちに素直になり、リヴ向かって問いかけた。するとリヴはため息を吐く。俺が悪いのだろうかと思い始め、「もう一回説明お願いします。」と言おうとした途端に、2人が会話している方向の逆を向いていた俺の首はリヴによって無理矢理に正面に戻された。俺の視界には再び2人の姿が写る。
「……え? 」
それに気づいた時、俺は自分の声を抑えることができなかった。そして、自分の目が見ているものが真実なのか曖昧になってくる。
俺の視界には、見慣れた騎士団長と爽やかイケメンの国王以外に、異質なものが写っていた。王室の壁が白色であるため今まで気づくことができなかったが、それは彼の背後の影を覆い隠すほどの、巨大な淡く白光する魔素のモヤの塊だった。あまりの大きさに俺の目は、まぶたが引き千切られたようにぱっちりと見開いていた。
すると、俺の声に反応した国王は俺と目が合った。その行動に驚いた俺は、すぐさま目を逸らす。そして横目で再び彼の顔を見ると、彼は何かを確信したかのように俺の顔を見て微笑む。それは、初対面の時は感じなかった恐怖を含んだ微笑みだった。その後、彼は何事もなかったかのように会話を再開した。そして俺の頭の中では、リブの説明と今の現状の全てが一致してしまった。
圧倒されて何もできなかった俺に、リヴは長々と話していた説明を締めるように言い放った。
《なあ? もうバレてんだよ。》
今回はあまり展開がなく、読んでいて「何も進んでいないな」と感じたと思います。次話に繋ぐための橋のようなものだと思って貰えると嬉しいです。
まだまだ未熟者ですので、誤字・表現の違和感等ありましたら是非教えてください。これからも宜しくお願いします。