13.5話「人外」
俺が牢を大破壊してから数十分が経過した。俺は今、国王の部下らしき鎧女に連れられて、牢獄の外に向かっているらしい。階段を上がるにつれて少しずつだが、風を感じる。
「あのー、すいません」
「なんでしょう」
直線の通路に差し掛かり、俺が彼女に少し緊張しながら問うと、表情は見えないが明らかに不機嫌そうにこちらに振り向いた。銀色の鎧は周りの光をギラギラと反射させる。その振り向く動作は、背筋を伸ばした姿勢から一切のブレがなく、あまり音を立てない滑らかな動きだった。地上に近づくにつれ周囲を照らす灯りが多くなったため、さっきよりも鎧の形や動作が鮮明に見える。その鎧は、体のラインを滑らかにかたどっていて、角がなくゴツゴツ感がない、さらには傷がひとつもついていない。ヒースの鎧とは正反対の見た目に少しだけ違和感を覚えつつも、俺は問いを続ける。
「……えっとー、このごっつい手錠外してくれませんか?さっきから歩きづらくって。そんな暴れたりとかはしないんで……ダメですか?」
俺は、鎧までとはいかないが光を反射させている両腕を少し上に持ち上げる。すると、金属同士が触れ合う音が通路内に響き渡る。音がなる方を見ると、牢の中に入っていた時とは比にならない大きさの手錠が俺の腕の3分の1を覆い隠している。その手錠から伸びる鎖は床に少し触れながら先端を鎧女が持っている。全力を出したら壊せそうだが、彼女の前でそんなことをしたら殺されるだろう。俺は、手錠を見ていた目を再び彼女の方に向ける。
「ダメです。牢屋を一つ破壊しておいてよくそんな口が聞けますね。立場を考えてください。」
「いや、あれはーその仕方がなくて……、だとしてもそれ以外は何も」
「今、なんて言いました?」
彼女は、俺が言い訳をした途端、前に向こうとしていた体を止めて俺の顔を見た。俺はその行動に、少し気圧されながらも聞かれたことに対して返事をする。
「いやだから牢屋を壊した以外は何も」
ドゴッ!
すると、今までに聞いたことのない鈍い音が、俺の話を遮る。その音と同時に、鎧女の姿が一瞬にして消えた。俺は、目を離していないのに消えた彼女に、混乱を隠せない。
その直後、俺は腹部に強烈な痛みを感じた。俺は下に目を向けると、そこには極限まで腰を下げ、前屈みになりながら俺の腹部を殴っている鎧女の姿があった。彼女からはさっきまでとは違うオーラのようなものが放たれる。俺の肋骨が何本か折れる音がして、口から大量の血を吐いた。傷がひとつもついていない彼女の鎧の腕には、俺を殴った衝撃でヒビが入ったにかかり、俺が吐いた血を全身にかぶり、赤色に染まる。
「何も…してない…?」
彼女は体を起こし、今まで聞いたことのない、感情の籠もった声色で俺に語りかける。俺はその言葉に対して返そうとするも、口の中に満たされた血で声が出せない。
「貴方は…人を…殺したんですよ⁈…なんでそんな態度でいられるんですか!国王の命令なので出来ませんが、私は今、全力を尽くして貴方を殺したいです!……だって貴方が殺したのは、私の…大切な……っ!」
彼女は俺に向かって大声で怒鳴る。その声は通路中に響き渡る。今まで抑えていた怒りや悲しみの感情が爆発する。彼女のさっきまでの姿勢は崩れ、顔を押さえるようにして、ひたすらに立ち尽くしていた。滴る俺の血とは別に彼女の鎧の隙間から光る液体が溢れる。
俺は彼女の言葉を聞いて、間接的とはいえ人殺しをしてしまったことを思い出す。しかし、何故今まで忘れていたのだろうと疑問に思った。さらに、今俺の中には人を殺したことに対しての、罪悪感や罪責感を一切感じられないのだ。俺と関わりがない人とはいえ、何かしらの感情は生まれるはずなのに。俺は、これらの感情がこの状況で無意識にでも生まれないことに恐怖を感じる。おそらく、リヴと契約したからだろう。感情的なこともあるが、この俺が見えるオーラのようなものも契約が原因だ。純粋な人間ではないということを察した俺は、泣き叫ぶ彼女をただ見つめることしかできなかった。
【スキル】肋骨、他多数の臓器に損傷が見られたため「超再生力」が発動されます。
俺の体の傷は、脳内に聞こえる声とともに消えていく。至るところの痛みは引いたはずなのに、何故だろう。俺のスキルは、心に空いた空洞のようなものは埋めてはくれなかった。