0話「日常から」
「おーい、大丈夫かー?」
俺は隣の家の玄関を覗き込んで尋ねる。この家には、俺こと神川咲乱の好きな子がいる。名前は、神川可憐。苗字が偶然同じであるだけで、兄妹というわけではない。ただの幼馴染である。
彼女とは、幼稚園の頃から小・中学校、さらに高校までもが同じだ。そして、お互い引っ越す事がないため、家が隣同士である。物心ついた時から一緒に過ごしているので、毎朝一緒に登校しているし、仲が良い。まさに、友達以上の関係と言っていいだろう。
しかし彼女は、俺の恋心に全く気付いていないのだ。中2の時に疑問に思った俺は彼女をいつも以上に気にするようになった。そして、俺はある事に気がついた。
「ごめん咲乱ー! お待たせ! 」
家の中から急いで靴を履いて出てきた彼女は、腰のあたりまで伸びている銀髪を揺らし、穏やかで水晶玉のように透き通った碧眼は、俺の目を照らす。長身ではないがスラっとした長い足をバタつかせて俺の方に向かってくる。
「いやー、朝ごはんにフルゴラ食べようと思ったら、犬の餌と間違えちゃってさー」
そう言って彼女は、モデルのように整った顔の頬を人差し指でかきながらあどけない表情をする。……そう神川可憐は、この言葉を聞いて分かると思うが、天然なのだ。今、俺と同じ学校に行けている事が奇跡であるくらいに天然で馬鹿なのだ。俺は、その性格も含めて彼女のことが好きなのだ。
彼女を好きな人は学校に沢山いる。クラスの男子達が「神川さんって、スタイル良くて話しやすいから良いよねー」という会話をしているのを聞いた事があるくらい、俺の通っている高校では一番人気がある女子らしい。
「おいおい可憐、前も同じことやってなかったっけ? 」
俺は、呆れた顔をして彼女に問いかける。今まで、電源の入っていないトースターにパンを入れて待ち続けたり、制服を前後逆に来てきたりするなど、挙げたら数え切れないほどにやっているのでもう慣れた部分もある。
「そうだっけ? うーん……覚えてないや! 」
「うそ……マジかよ……」
彼女は顎に手を当てる仕草をして、そのあと首を傾げて苦笑いをした。俺は、その言葉を聞いて左手で頭を抱えた。本当に忘れているあたり、笑い事ではなく普通に心配になってくる。
「それよりそれより、今何時か分かる?」
「えっと、今は……」
俺は右手につけている腕時計を見る。すると時計は、学校の登校時間ギリギリの8時20分指していた。「遅刻するっ! 」って思うのも、もう慣れてしまった。俺にとってはこれがいつもの日常なのだ。
「うん。いつも通り、間に合わないな。ゆっくりいこーぜ」
「ダメだよ! 急ごー! まだ間に合うかも」
「ええー! 」
「ダメ? 」
俺は、地面に置いていた鞄を肩にかけると、彼女は俺の鞄を引っ張るようにして走らせようとする。この話の内容、一軒家の周りに開発が進んで建ち並んでいる高層ビルの風景、目の前にいる彼女も、何も変わらない[いつも通り]なのだ。つまらないように見える人もいると思うが、俺にとってこの[いつも通り]は平和だから結構好きなのだ。
「…………くっそ、あーもうわかっ」
ズドーン!
俺が歩いて行くのを諦めて走り出そうとした直後、大気を震わせる爆発音が周りに響き、突然大きな揺れが襲ってきた。俺らは、走る態勢だったため、揺れに耐える事ができず地面に転がる。
「うおっ! なんなんだよ! 」
「なにっ! これ地震? 」
今までに経験したことのない揺れを感じた可憐は、混乱しているのか俺の腕に抱きついている。俺はそんな事は考える暇もなく、地面に座りながら思考回路をフルに働かせた。地震にしてはやけに大きすぎる。何かの爆発事故だろうか。海外からのテロ攻撃かもしれない。とりあえず安全確保が第一だ。ここは高層ビルが多いからもう少し遠くへ避難しよう。俺は、膝に手をついて立ち上がり、可憐に手を貸そうした。
バキバキッ!
「可憐ーー! 」
すると案の定、俺の上から高層ビルの上部が上から落ちてくるが見えた俺は、とっさに彼女を抱き抱える。小さい頃しかこんなに密着した事はないが、彼女の肌は昔と変わらず滑らかで、すんなり持ち上げらるほど軽かった。俺は、彼女の家である一軒家に向かって思いっきり投げた。彼女は、庭に転がるようにして着地する。ここからはよく見えないが庭に向かって投げたので軽傷で済んでいるだろう。
「イッター、って咲ら」
「逃げろ! 」
腰をさするような仕草をする彼女が言い終える前に、俺は全力で声を出して叫んだ。俺の上空から、もう高層ビルの瓦礫たちがすぐそこまで来ていた。
《もし、このまま気持ちを伝えられずに、俺の人生が終わってしまうのなら後悔しか残らない》
と思った俺は思いっきり息を吸う。
「俺は、昔から可憐のことが……好」
すると、俺の視界が急に暗闇に包まれた。体を動かそうとするもぴくりとも反応しない。今の状況が俺には理解できなかった。もしかしたら、俺は今死んだのかもしれない。ただ静かな空間に漂っている感覚だけはあった。
***
「あちゃー、これはひどいな。どうする?」
「私たちの力でも流石にこれは……」
俺が何も出来ない状態になってから少し時間が経つと、かすかに2人の女の子のような声が聞こえた。どこから聞こえているかもわからないが、確かに聞こえているのだ。目も口も開かないので、確認することも出来ない。病院にしては静かすぎる。俺は、必死に今自分が置かれている状況に対して考えるが、頭はだんだんと回らなくなる。
「再生力のあるものでも埋め込んどく? ……でも、そんなものは……」
「一応“アレ”があるけど? 」
俺は、“アレ”と言う指示代名詞ばっかり子供達の声に対して恐怖を感じる。しかし今の体では、“アレ”について見ることも聞くことも出来ないのだ。
「んー…………そだね! “アレ”が一番強そうだしね、再生力! じゃあ、まずこの子のー……意識を飛ばさないとダメかも」
「お願いするわ。私は“アレ”を持ってくる。」
「りょーかい! 」
俺は何も理解できないまま会話は進み、物音が聞こえだす。動けない状態の俺は、抵抗しようとするも何も出来ない。
このとき、この俺脳の動きは一時的に停止した。