第7話 チャンスは一度
駅のホームの方から人の悲鳴が聞こえた。間違いない。そこにレプシードがいる。
青の炎が燃え尽きる前にレプシードを倒さないと閉鎖空間での出来事が現実になってしまう。
蓮と柊は急いで走った。
「ねぇ、シロ私の力って何なの?」
「玲奈の力は五大元素を操る力なのです」
「それってやっぱり魔法が使えたりするの?」
「その通りなのです。強くイメージしてみるといいのです」
「ふーん」
すると、突然柊の体が浮き上がった。
「すごい! 風をイメージしたら本当に空を飛べた!」
柊は驚いたように声を上げ不思議そうに自分の体を見ると宙に浮いたまま移動した。
「ただ、能力は使いすぎは注意なのです。精神エネルギーを消耗するので使いすぎるとバテちゃうのです」
「うん、わかった。気をつける」
「五大元素を操るとかめっちゃ強そうだな。俺なんか、だっさい格好になって銃撃つだけだぞ」
「そんなことないのです。蓮の力はかなり特殊で玲奈に比べて浄化の力は遥かに強いのです。それに使えるのは銃だけじゃないのです」
「えっ、そうなの?」
「はい、イメージ次第でどんな武器にも変えることが出来るのです。それに蓮には唯一無二の力ーー」
「あれがレプシード!?」
シロが言いかけたところで、レプシードを発見した柊が叫んだ。
「ああ、間違いない」
蓮と柊が到着した頃にはすでに死体の山が広がっていた。
周囲の人間たちは大きな刃物で切り刻まれたような後があり、四肢が切断されている。
その爪痕は壁や天井にも広がっている。
近くには体長3メートル以上はあろう化け物がいた。
かろうじて人の形をしているが、異形な姿だった。
長い腕が全部で6本あり、大きく発達した爪を持つレプシードは地を這うように移動している。レプシードは蓮を視界に入れると気味の悪い悲鳴を上げた。
胸の中心には青い炎が輝いている。
幸いなことに炎の輝きはまだ強かった。
「くるのです!」
シロがそう叫ぶとレプシードは蓮の方向に向かってとてつもない速さで飛びかかり体を回転させた。
蓮は右側に跳び回避する。
レプシードの持つ凶悪な爪は先ほどまで蓮がいた地形をえぐりとった。
「あんなの食らったら一溜まりもないな……」
蓮はレプシードに銃口を向けて引き金を引いた。
銃から放たれた白い閃光を避けようとしたレプシードの一本の腕を吹き飛ばした。
続けてもう一発お見舞いしようとしたところ、後ろにいた柊が叫んだ。
「蓮くん! あれ」
蓮は柊の指差した方向を見た。
すると、レプシードに殺されたであろう人達が次々と立ち上がった。
元は人間なのだろうが面影はすっかり消え失せていた。
爪と牙が発達し、攻撃的な色をした赤い眼光を持つ不気味な存在はまるでグールだ。
グールは蓮と柊に向かって一斉に襲い掛かった。
「ねぇ、シロ。本体を倒せば全部もと通りになるんだよね?」
柊が確認するように言う。
「その通りなのです」
柊は安心したように「わかった」とうなづくと杖を敵に向けた。
すると、次の瞬間、柊の前に出現した無数の氷の弾丸が敵を貫いた。
「やった! 成功した。でもこれすごい疲れるね」
「すげーな。これなら楽勝に敵をかたずけられーー」
と思った瞬間攻撃を食らったグール達がゆっくりと立ち上がった。先ほど受けた傷は完全に再生している。
「嘘何で!?」
柊が驚きの声をあげた。
「きっと本体の能力は死者を操ることなのです。倒しても復活するので本体を叩くしかないのです」
「そんなこと言われても、こんだけいたら本体に近づけないって!」
蓮は迫り来るグール達を避けながら、次々と狙撃するがすぐに復活してしまう。
くそっ! このままだとらちがあかない。
「蓮、大勢が相手だと銃じゃ分が悪いのです。モードを剣に変えるのです」
「よしわかった! ってどうやって!?」
「強くイメージするのです」
「なるほど、やってみる」
蓮は日本刀をイメージした。しかし変化は起きない。
「おいイメージしたけど、全然変わらないんだけど」
「しっかりするのです! イメージが弱すぎるのです。剣の材質、重さ、完成系、細部に至るまで強くイメージするのです」
「無茶言うな。俺は普通の高校生だぞ。本物の刀なんて見たことも触ったっこともねぇよ!」
「蓮くん! 危ない」
レプシードが飛びかかり凶悪な爪を蓮めがけて振り下ろそうとする。
柊は蓮を守るように蓮とレプシードの間に巨大な氷の壁を出現させた。
レプシードは壁に衝突すると姿勢を崩して倒れた。
柊はさらに魔法を唱える。
宙に出現した風の刃が化け物の心臓、すなわち青の炎を捉え切り刻んだ。
レプシードがうめき声をあげジタバタする。
「やったか!?」
「いや、ダメなのです。玲奈の攻撃じゃ浄化の力が弱いのです」
化け物にダメージを与えることはできたが決定打にはならなかった。
「くそっどうすれば!」
「蓮の浄化の力ならあの程度の相手一撃で仕留めれるのです」
「でも、あいつ動きが早くて攻撃がなかなか当たらないんだ」
「蓮くん、私があいつの動きを止める。私も力を使いすぎたからたぶん次が最後の魔法になると思う」
「ああ、わかった」
「少し大掛かりな魔法になるから集中が必要なの。無防備になるからそれまでの間私を守ってね」
「待て! それはいくら何でも危険だ。俺一人で守りきれる保証はない」
「大丈夫、私信じてるから。チャンスは一度だけだから頼んだよ」
「……わかったよ、何とかしてみせる!」
蓮を気合いを入れ直すと強くイメージした。
今の自分ならかろうじて再現できそうなもの……
銃が光輝き棒状の形になっていく。
その光はやがて白い木刀へと変化した。
「何かちょっとしょぼいのてす」
「贅沢言うな。今の俺にはこれが限界だ。でもお前の力借りてるんだから、ただの木刀ってわけじゃないんだろ?」
「それはそうなのだけど、威力は保障出来ないのです」
「まあ、大丈夫だろ!」
連は木刀を握りしめ、グールの群に突っ込んだ。
シロの力のおかげなのか、蓮はこの姿の時だけは、常識じゃ考えられない反射神経に加え圧倒的な反応速度で動けることを知っていた。
グールの攻撃に当たらない自身はあったし、動きは早いがレプシードの攻撃も何とか避けきれる。
蓮は迫り来るグールを次々切り倒していく。しかし、グールは死なない。
次々に再生し蘇る。
グールたちの相手をしていた蓮にレプシードが飛びかかり凶悪な爪を振り下ろした。
蓮は臆せず、人体をいともたやすく切り裂く爪を木刀で力いっぱい振り払った。
壊れたのはレプシードの爪だった。
当然だ。たかが木刀とはいえ、シロの力だ。
そんな簡単に折れる訳がない。
恐怖を感じたのかレプシードはバックステップし蓮から距離をおいた。
このままグールたちを突っ切って奴の心臓を貫こう。
蓮がそう思った時には、柊は敵を足止めする準備が完了していた。
「待たせたね蓮くん、後は頼んだよ」
柊の体を中心に発生した小さな氷の波は地面をつたり、壁を上っていく。やがてそれは凄まじい速さで侵食しあっという間に氷の世界を作り上げた。
氷はレプシードとグールの足の自由を奪い身動きを封じた。
これなら、確実にトドメがさせる。
「ナイス! 柊」
蓮はモードを銃に変える。
そして本体の青の炎に狙いを定め引き金を引いた。
白い閃光が青の炎を貫くと、砕け散るように周りの空間が割れ元の世界に戻った。
「何とか間に合ったか……」
「これで、みんな無事なんだよね?」
「二人とも良くやったのです!」
「いや待て、喜んでる場合じゃないな」
蓮は急いでさっきまでレプシードがいた場所に向かった。蓮に続いて柊も後を追う。
ホームの方が騒がしい。
野次馬の間を通り抜けていくと若いサラリーマン風な男が倒れていた。
サラリーマン風の男はゆっくりと目を覚ますと「あれ? 俺は何してたんだったけ?」と不思議そうにあたりを見渡している。
サラリーマン風の男に話を聞いたが、大した情報は得られなかった。突然意識を失ってレプシードになる前のことは全く覚えていない。
柊と唯一共通していたのは精神的に追い詰められているということだけだった。
犯人の手がかりはつかめなかった。
柊と乗り換えの駅で別れ電車に揺られること数十分
やっと家に着いた。
安息の地に辿りついた瞬間気が抜けたのか疲れがどっと押し寄せてくる。
簡単に食事を済ませシャワーを浴びると蓮はベッドに飛び込んだ。
「負の感情がレプシードを生むか」
「負の感情が強ければ強いほどより凶悪なレプシードが生まれるのです」
「それってどうしょもなくないか? 人間誰だって負の部分があるだろ?」
人はみんな心に魔物を飼っているのかも知れない。普段その魔物は理性という頑丈な檻で閉じ込められているが、何らかの方法で鍵を開け魔物を解き放つ者がいる。
一体どうやって鍵を開けたのだろうか?
「いや、寝る前にこんな話するのはやめよう」
蓮は勝手に話を打ち切ると、モヤモヤした気分を誤魔化すために一冊の本を手に取った。
タイトルは「乳が如く ー忘れられた桃源郷ー」
正直、全く意味がわかない。
これを作った奴の頭大丈夫なのだろうか?
興味はこれっぽっちもないが、柊にあれだけおすすめされて全く読まない訳にもいかない。
さっと読んでさわりの部分だけでも理解しとけば何とか話は合わせれるだろう。
蓮は本のページをめくる。
「ふーん」
3時間後。
蓮はパタと本を閉じた。
さっと読み流すつもりが気付けば読了していた。
スマホの時間を見ると、2時を超えていた。
これは、明日の授業は爆睡コースだな。
蓮はいい加減寝ようと思ったがなかなか寝つけない。
柊がおすすめしてくれた本が想像を遥かに超越して面白く興奮していたこともあるが、なりよりも早く続きが気になって眠れなかった。
ーー偽乳特戦隊の真の目的は一体何なのだろうか?