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おしゃべりカラスとガラクタの町  作者: しろながすしらす
36/39

第36話 偽りの日常

零の過去のお話です。

「あいつ両親がいないんだって」


「きっとオカマみたいだから捨てられたんだよ」


「あいつ本当気持ち悪いよなー。いつも本ばっか読んで何考えてるかわかんないし」


 授業を受けていると、後ろから人の不幸を笑いのネタにしている生徒の声が聞こえた。

 いつものことだ、今更怒る気力もない。


 この学校の人間とは一生わかりあえる気がしなかった。

 みんな僕の容姿を見てからかい、時には理由もなく暴力を振るわれることもあった。

 反撃しようにも圧倒的な数の前には無力だった。


 僕は学校が終わると決まって公園に向かう。


「カイトおいで。ご飯持ってきたよ」


 僕がそう声をかけると、姿を隠していた一匹の黒猫が「にゃあー」と鳴き姿を現した。

 名前は僕が昔憧れていたアニメのヒーローからつけた。

 

「ごめんね、遅くなって。お腹空いた?」


 すると、カイトは「にゃっ」と短く鳴いた後、僕の膝の上に乗った。

 僕が頭を撫でてやると、カイトは気持ちよさそうに目をつぶり喉をゴロゴロと鳴らした。


「今日もね、学校で酷いことがあったんだ」


 僕は独り言のように溜まったていた黒い感情を吐き出した。

 カイトは僕の膝の上でリラックスしながら、時折尻尾をピクっと動かす。


「いつも、暗い話ばっかしてごめんね……」


 カイトはまるで気にするなとばかりに大きな声で「にゃあー」と鳴いた。

 僕の思い違いかもしれないけど。


「ありがとう。君だけは僕の本当の友達だよ。あっ、早く帰んないとまたおばさんに叱られちゃうから、また明日ね!」


 僕はカイトと別れると急いで家へ帰った。


 僕が8歳の頃両親が死んだ。

 学校帰りに図書館に寄り、帰宅すると家の周りには黄色いテープが張り巡らされパトカーが止まっていた。

 強盗に襲われて殺されたらしい。

 この時の、僕は唯一信頼していた人間がこの世からいなくなり、ただただ悲しい記憶だけが強く残っていた。


 両親が死んでからの生活は地獄だった。

 身寄りのない僕は親戚に引き取られることとなった。

 僕の両親と親戚は元々関わりが希薄で険悪な仲だった。

 そんな僕を引き取った親戚の目当ては僕の両親が残した財産だった。


 僕にはどこにも居場所がなかった。

 家では煙たがられ学校では虐められる。

 この時の僕の唯一の心の支えは野良猫のカイトだった。

 カイトは警戒心が異常に強く決して人には近づかないのに、僕だけには何故か心を許してくれた。

 それがとても嬉しかった。

 そして救われたような気がした。

 僕と君は似た者同士なのかもしれない。

 そう思った。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 僕は高校生になると、とにかく勉強した。

 将来本当に役にたつかはわからないが、一人で生き抜いていくためには必要だと思ったからだ。

 結局最後に頼れるのは自分自身だ。

 困っても助けを差し伸べてくれる人なんていない。

 ジャスティスカイトのような人間はこの世に存在しない。

 

「零くんっていつも勉強してばっかだね」


 入学して数ヶ月が過ぎた時のことだった。

 休憩時間に本を読んでいると、突然隣の席の生徒に話しかけられた。


「そうかな?」


 誰だろうこの人?

 人と関わることを避け続けた僕はいつしか人の顔と名前を覚えるのをやめた。


「零くんってなんか他の人と違うよね。自分の世界を持ってるというか、周りに流されないよね」


「どうかな」


 僕は本から視線を離さず答える。


「零くん、素っ気な過ぎ」


 僕は名前の知らない彼女を無視する。

 それからも、決まって休み時間に何度か話しかけられることがあったが、正直煩わしくって仕方がなかった。


 いつもの休み時間、名前の知らない彼女に一方的に話かけられていると、突然教室が騒がしくなった。

 他の教室からの生徒が遊びにきたらしい。

 その声には聞き覚えがあった。


 その人物は小・中学生の頃の同級生だった。

 そいつは僕を視界に入れると仲間を連れニタニタ笑い近寄ってきた。


「おっ! 零じゃねぇか? お前なにそんなところで一人で飯食ってんだよ」


「何だ? お前こいつの友達か?」


「そんなわけないだろ。誰がこんなオカマやろうと友達になるかよ!」


 柄の悪い生徒たちは僕を囲むように手を叩いて楽しそうに笑う。

 何が楽しいんだ?

 僕が彼らの存在を無視しながら外の景色を見ていると、一人が僕の胸ぐらを突然掴みかかってきた。


「てめえ、何しかとこいてんだよ! なあこいつ殴っていいか?」


 僕の胸ぐらを掴んだ柄の悪い生徒が僕の同級生の方を見ながら言った。


「そうだな。俺も手伝うぜ! 俺たちを無視したらどうなるかしっかり教育してやらないとな!」


 周りの人間はみんな我関せずとばかりに、まるで今目の前の出来事が目に見えないのではないかと思うほど自然に溶け込む。


 そりゃそうだ。結局みんな自分が大切なんだ。

 こんなめんどくさいことに積極的に関わろうとするバカな人間なんて……

 と思いかけた瞬間、僕の胸ぐらを掴んでいた柄の悪い生徒が思いっきり吹き飛ばされた。


 僕は何事かと驚きすぐ横を向くと、一人の生徒がいた。

 その生徒はさらに僕の同級生を殴り飛ばすと、


「てめえら、くだらねぇことしてんじゃねぇよ! さっさと失せろ!」


 叫んだ。

 すると不良たちは蜘蛛の子を散らすように去っていった。


「大丈夫か?」


「う、うん……、ありがとう」


 その言葉は僕の口から自然にこぼれ落ちた。

 そして今回の出来事がきっかけに僕はいじめようとするもの一人もいなくなった。


 僕を助けてくれた生徒、赤井翔太はバスケ部のキャプテンで人望が厚くみんなの人気者だった。

 僕とは正反対の明るく気さくな性格をしていて、友達も多く、男女問わず憧れのマトだった。


 それから、赤井はなぜか僕に積極的に話しかけるようになり気がつけば仲良くなっていた。

 今思えば、赤井は初めてできた人間の友達なのかもしれない。

 赤井の周りにはいつも多くの人がいるためか、僕は自然と周りの人たちとも関わるようになった。




 僕は放課後いつもの公園に向かうと学校での出来事を親友に毎日話していた。


「こんな僕にも友達ができたんだ。人生って何が起こるかわからないよね」


 カイトはまるで返事をするかのように「にゃあー」と鳴く。


「心配しないで。カイトは今でも僕の最高の友達だから」


 カイトは「うにゃ」と鳴くと顔を舐め始めた。


「また、明日来るね。バイバイ!」


 僕はいつの間にか学校に行くのが少し楽しみになっていた。

 同じ時間を共有し話し合える友達はいいものだなと思った。昔の自分じゃ絶対考えない発想だと思い僕は思わず頰が緩んだ。


 昼食時間になると、いつも通り東雲が話しかけてきた。

 今はもう名前の知らない生徒じゃない。


「零くんって赤井と関わってからなんか変わったよね」


「そんなことないと思うけど」


「そんなことあるよ。なんか授業中だってちょっといやらしそうに微笑んでたし、昔の零くんはいつも戦場にいるような顔してたし」


「そこまでひどい!? ていうか嫌らしい顔した覚えはないよ」


 僕が嘆くと東雲は笑いながら、からかってくる。


「冗談、冗談! でも昔の零くんだったら、きっと本を読みながらそんなことないとか答えてたでしょ」

 

 一瞬昔の自分が頭をよぎる。

 いつか報われることを信じて取り憑かれたように勉強する自分を思い出す。


「ま、まあそれはそうかもだけど」


「でしょー! 今の零くんも好きだけど、私は昔の零くんも好きだったよ…………、あっいや別にそんな深い意味はないからね!」


 すると東雲は突然顔を赤くし忙しく手をブンブンっと動かした。

 別に僕に気があるなんて思ってないよ。


「うん、とりあえず落ち着いて」


「何かそのリアクション腹たつ!」


 そう言って東雲は笑いながら僕を叩くと、突然真顔になった。


「ねぇ、零くん。放課後話があるんだけどいい?」


「別にいいけど、今じゃダメなの?」


 休み時間ならまだ結構ある。


「ダメ! 大事な話だから」


「うん、わかったよ」


 放課後、僕は言われた通り人気のない教室に行くとそわそわした様子の東雲がいた。

 いつもとは明らかに様子が違う。


「話って何?」


 僕は単刀直入に言うと、東雲は一歩踏み出し僕に近づくと恥ずかしそうに


「わ、私と付き合ってください! 実は入学した時から零くんのことずっと気になってたの」


 と言い頭を下げた。


「だ、だめかな?」


 東雲が上目遣いで僕を見る。


「ご、ごめん。僕今は恋愛とかよりみんなと遊んでる方楽しいんだ。友達のままじゃだめかな?」


 すると、東雲は目元に溢れ出しそうな涙を溜め


「……ううん、私の方こそごめんね。突然こんなこと言って迷惑だったよね」


 逃げるように教室から去っていった。

 教室にはどんよりとした空気だけが残された。




 次の日、今度は赤井に放課後話があるからって呼び出された。

 なんか最近呼び出されってばっかだなと思いつつも僕は体育館の裏に向かった。


「どうしたの赤井?」


 赤井は腕を組み普段の彼からは想像つかないほど、怖い顔をしていた。

 赤井は無言で近寄ってくると、いきなり僕を殴り飛ばした。

 口の中に血の味が広がる。

 突然の出来事に頭が混乱する。


「ど、どうしたの? 何でいきなりこんなーー」


 赤井は僕に殺意のこもった視線をぶつけると無言で僕に暴力を振るい続けた。

 言葉はおろか、呼吸を許さないほどの連撃に僕はなすすべなくうずくまる。


 そして、満身創痍になった僕を見た赤井は無言のまま去っていった。


「……ど、どうして? 僕が一体何をしたって言うの?」


 僕は小学生の頃を思い出し手が震えた。

 すっかり落ち込んだ僕はいつものように公園に向かう。


「カイト、どこにいるの? ご飯持ってきたよ」


 いつも名前を呼んだらすぐに出てくるはずのカイトはいつまでたっても来なかった。


「おかしいなあ。まだ散歩中なのかな?」


 僕が独り言のように呟いていると、後ろから突然聞こえた。


「あの猫ならここにもういないぜ」


 振り返ると、そこには赤井とその友達が複数いた。


「それって、どう言う意味?」


 嫌な予感が頭をよぎる。


「あの猫ならもうこの世にいない。俺たちがたっぷりお灸をすえてやったからな!」


 目の前の人たちはニヤニヤと笑っている。


 何でそんな楽しそうに笑っていられる?

 僕の

 僕の……

 たった一人の親友が死んだとういのに……

 頭の中を混乱と絶望が支配する。


「どうして……っどうして! 何でそんなひどいことをするの!」


 遅れてやってきた怒りを吐き出すように目の前にいる悪魔たちを睨みつけた。


「お前にも俺と同じ気持ちを味あわせてやろうと思ってな!」


「同じ気持ち? 一体なんの話だよ」


 赤井は敵意むき出しの視線をぶつけてくる。


「お前東雲のこと振っただろ。生意気にも俺の意中の女振りやがって! そもそもお前みたいな根暗と仲良くなろうとしたのも全て東雲を俺の物にするつもりだったからだ。なのにあの女はお前を選びやがった!」


「そんなくだらないことのためにカイトの命を奪ったって言うの? どうかしてるよ君たち!」


「くだらないだと? 舐めた口ききやがって」


 すると、赤井とその仲間たちは僕に襲い掛かった。

 暴力の雨が体を痛めつける。


「どうだ? 大切なものを奪われる気持ちは?」


 しかし、不思議と痛みは感じなかった。

 今は何より心が、胸が張り裂けそうなほど痛かった。


「ああっ!? どうかって聞いてんだ?」


 カイトごめんね……

 僕が人を信用してしまったから君は命を落としてしまった。


「ムカつくんだよ! いつもすました顔しやがって。何で東雲はお前みたいなやつを!」


 涙が溢れる。

 自分の不甲斐なさ、世界の理不尽さに。

 君を失った僕はどうやって生きていけばいいんだ?


「てめぇ、二度と普通の学園生活が送れると思うなよ!」


 暴力の雨が過ぎだった後、僕は公園に取り残された。

 おぼつかない足取りでゆっくりと体を動かすと公園の隅っこで僕の親友を見つけた。


 僕は寝たまま動かないカイトにそっと触れた。

 冷たい。

 

 僕はカイトの頭を撫でた。

 いつもの元気な声は聞こえなかった。


 命が燃え尽きていることなんてとっくにわかっている。

 でも頭の中で処理が追いつかない。


「うっ……、ごめんね。カイト…………うっ……ぁぁっ……僕のせいで君は、僕は愚か者だ」


 涙なんてとっくの昔に枯れ果てたもんだと思っていた。

 でも、涙は次々と溢れていく。

 溢れる感情とともに、自分の中にある大切な思い出が溶けてこぼれ落ちていくような感覚だった。

 苦しい。


「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 気がつけば叫んでいた。

 憎い。この世の全てが憎い。

 こんな薄汚れた世界に自分が存在すると思うだけで吐き気がする。

 絶望の色に染まった瞳に映る街並みは酷く汚れきっていた。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 




 次の日、学校に来ると親しかった人たちは手のひらを返すように冷たかった。


 すべては嘘だったんだ。


 あの楽しそうに笑っていた日常も優しさも全て。

 本当は自分を着飾るための演技でしかなかったんだ。


 本当に僕は間抜けだ。

 僕が人を信用したばかりにカイトは……


 心の奥底から黒い感情がメラメラと湧き上がる。


 人間は何て醜い生き物何だ。

 己の欲望を満たすためなら、何もかも欺きここまで非常になれるというのか。


 己の欲望のために人も生き物も環境も破壊するその醜悪な存在は世界にとって害悪でしかない。ガラクタ同然じゃないか。


 人間ガラクタが満ち溢れるこの街を全て消し去ってやりたい。


 その黒い感情はひと時も僕の胸から離れることはなかった。




 友達だと思っていた人間に裏切られ、唯一の心の支えであるカイトを殺されこの世の全てに絶望したある日、あいつは僕の前に姿を表した。


 漆黒の翼を持つカラスは禍々しい雰囲気を纏っており一目で異質な存在だと感じた。


 そしてカラスは薄気味の悪い声で言った。


「憎しみに満ち溢れたいい目をしてやがる。どうだ俺と一緒にこの退屈な世界をぶっ潰さないか?」


 不思議と言葉を話す謎の存在を疑うことはなかった。

 僕は当たり前のように異質な存在を受け入れ返答する。


「君は誰?」


 カラスは楽しそうに笑う。


「タイラー・ドラゴノート、お前の味方だ」


「タイラー・ドラゴノート?」


「どうだ? お前に全てを無に帰す滅びの力を貸してやる。まずは復習がてら、ド派手な花火を打ち上げないか?」


 一羽のカラスは青く鮮やかに燃え上がる。

 その炎は僕の左手に集まると漆黒の銃へと変化した。


「この世の全てが憎いか? そう思うなら自分の頭をこいつで撃ち抜いてみな!」


 僕の手は自然と動き気がつけば、自分のコメカミに銃口を当てていた。

 引き金を引いた瞬間、知りもしないはずの知識と、とてつもない力が体に宿ったのがわかった。

 

 そして内側に溜まっていた黒い感情が膨れ上がり身体中を支配するような感覚がした。


 自然と笑いがこぼれ落ちた。


「あっははははははははははははははははははははははは!!! こんな時をずっと待ってた。この力があれば視界に映るガラクタの町を消し去ることができる」

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