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おしゃべりカラスとガラクタの町  作者: しろながすしらす
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第32話 ホットケーキを作りたい

 ゆっくりと目を開けると視界には白い天井が広がっていた。

 体をゆっくり起こし周囲を見る。

 勉強机に漫画が収納された本棚、それはよく見慣れた自分の部屋だった。


「これは?」


 さっきまでの出来事が嘘の様だった。


「目を覚ましましたか蓮」


 声がした方に顔を向けると見知らぬ少女がいた。

 透き通る様な白い肌をした少女は白いワンピースの様な服を着ている。

 背中まで長く伸びた美しい白髪はサラサラで触りごごちが良さそうだ。信じられないくらい整った顔立ちをしていて知性の入り混じったとても可愛らしい顔つきをしている。

 天使という言葉がよく似合いそうだ。


 初めて見るがどこどなく親近感があり、その声は聞き覚えがあった。


「……お前シロか?」


「その通りなのです。これが天界での私の姿なのです」


「天界?」


「こことは全く別次元にある神様の家みたいなものなのです。そしてこれが私の本来の姿なのです。ここに来るとカラスの姿になってしまいますが」


「お前記憶が戻ったのか? てかあの後、どうなったんだ!?」


 あの時、銃に変化したシロは蓮に言った。「一か八かの賭けなのです。私の言う通りにしてください」と。

 蓮はシロに何か考えがあると思い言う通りに銃で自分を撃った。

 そしたらいつの間にか、自宅にいたのだ。


「ええ、すべて思い出しました」


 シロは人の姿のままゆっくりと蓮に近づくと蓮の隣に腰掛けた。


「そして私の力で戻したのです」


「何を?」


「蓮たちがやられる前の状態に少しだけ時間を戻しました。正直リスクが高く成功する確率が低かったのですが、あの場はああするしかなかったのです。でもこの通り無事に成功したのです」


「時間を巻き戻すそんなことまでできるのか?」


「もちろんなのです。再生の力は壊れたものを治すんじゃなくて壊れたものを()()()()()()()()()()()()()なのですから」


「てことは今は」


 蓮は慌ててスマホで日付を確認した。

 文化祭前日の夜だった。


「成功して本当に良かったのです。いつまで戻せるかもわからなかったし、失敗すれば蓮がそのまま消失する可能性も考えられました」


「そんな危険なことをしてたのか!?」


「ええ、でも成功したから結果オーライなのです」


 シロはにっこりと笑う。

 いつものシロだが、見た目は普通の美少女なので蓮は少しドキッとした。


「まあな。あの状況じゃどっちにしろ勝ち目はなかったしな」


「蓮には話されなければならないのです。私のこと、ドラゴノートのこと、この世界で今起こってることを……」


 シロは真面目な顔で語り出したかと思えば、突然ニコッと笑い出し、


「でも、その前にこの体で人間界をエンジョイするのです!」


 ベッドから飛び上がった。


「アホかてめぇ!」


 蓮はいつもの調子のシロの頭を小突いた。


「痛いのです。蓮は暴力的なのです」


 シロは涙目になり、両手で大げさに頭をおさえた。


「今、そんな状況じゃないだろ。零の力を見ただろ? あんな危険な力を持ったやつ野放しにしたらいつ世界が滅びてもおかしくないんだぞ!?」


「それは私が一番よくわかってるのです。でも……、せめて今日だけは人間として過ごしたいのです」


「そんなの零を何とかした後でいいだろ。すべてが終わった後にまたみんなで遊びに行けばいい」


「……蓮の言う通りなのです。文句を言ってごめんなさいなのです」


 シロは叱られた犬の様にしゅんとなる。

 蓮は露骨に落ち込むシロを見て居た堪れない気持ちになった。


「いや、別に今日くらいなら全然俺も付き合ってあげるけど、夜も遅いしどこにも遊びにいけないぞ」


 すると、シロはぱあっと明るい表情を見せた。

 悔しいけど、普段の憎らしいカラスと違い可愛かった。


「さすが蓮なのです! 私実はやって見たいことがあるのです!」






 蓮とシロはキッチンにいた。


「実は私ホットケーキというものを作って見たかったのです!」


 エプロンを着たシロは両手を腰に当て言った。


「そうか。何でまたホットケーキを?」


 世界がいつ滅びるかわからないのに悠長にホットケーキなんて作って良いのだろうか?


「この前テレビでホットケーキを作ってるのを見たのです! 面白そうな上に終わった後はご褒美として食べることができる。一石二鳥とはまさにこのことなのです」


「ホットケーキか材料あったけなあ?」


「なかったら蓮にコンビニまでひとっ走りしてもらうのです」


「いや、鬼かお前。自分で買いに行けよ」


「神様をパシるなんていつか天罰が下るのです」


「神様短気すぎるだろ……」


 幸いなことに材料は揃っていた。

 数に限りがあるのであまり失敗はできないが……


「私の本気を見せる時がきたのです」


 シロは鼻をフンっと鳴らし意気込む。

 こうしてホットケーキ作りが始まった。


「まずはボウルにホットケーキの粉を入れた後、卵を入れてかき混ぜる。ここまではわかるよな?」


「楽勝なのです。私を誰だと思っているのですか」


 そう言ってシロは片手に持った卵を思いっきり、テーブルに叩きつけた。

 卵が粉々に破裂し黄身と白身が飛び散る。

 勢いよく飛び出た中身は蓮とシロのあちこちに付着する。


「ねぇ、お前何してんの? 食い物粗末にすんじゃねぇよ神様」


「あれ、おかしいのです。テレビの人こうやって卵をパカって割って中身をうまく取り出してたのです」


「いや、力加減考えろよ。俺は溜まってたストレスが爆発したのかと思ったよ」


「むーう、これはとても難しいのです。でも私はこんなことではめげないのです」


 シロは握りしめた拳を掲げた。


「やる気はあるのは結構だけど、卵あと二つしかないからな」


 シロは蓮のアドバイス通り卵を無事割ることに成功した。

 そして、さらに牛乳を混ぜ生地をかき混ぜていく。


「ふう、これで山場は越えたのです。後は焼くだけ! ちょろいもんなのです!」


「いや、卵入れてかき混ぜるなんてチンパンジーでもできるだろ」


「蓮、動物がホットケーキを作るのは衛生的にどうかと思うのです」


「うるせぇ! 例えに決まってんだろ。唐突に真面目に返すな」


「蓮、今から集中するので少し黙るのです」


 すると、シロは両手に持ったボールをそのままフライパンにぶっ込んだ。


「うおお、馬鹿お前! 全部入れるやつがあるか! てか油引いてないだろこれ!?」


「油、そんな物必要ないのです!」


 シロは自身ありげに腕を組む。


「んなわけあるか! お前はテレビで何を学んだんだ」


 蓮は慌てて、フライパンにてんこ盛りになったホットケーキの素をボウルに戻した。

 救出が早かったおかげか、ホットケーキの素はほとんど無事だった。


「まったく、手間取らせやがって!」


 蓮はフライパンの表面にこびり付いたものを必死洗い落としていた。

 くそっ、とりづれぇ。


「蓮、早くするのです! 私はお腹が空いたのです!」


 シロは不満げな表情で蓮を突っつく。


「元はと言えばお前のせいだからね!?」


 油を引いて、オタマを使い適量のホットケーキの素を入れる。

 こんな当たり前のことをするのにえらく時間がかかってしまった。


「いい匂いがしてきたのです。よし後はひっくり返すだけなのです」


 シロがフライパンを持ってひっくり返す準備をした。

 嫌な予感がする。


 蓮の嫌な予感は案の定的中した。


 何を思ったのかシロはまるで大物を釣り上げるかのように勢いよくフライパンを上げた。

 ホットケーキはすぐ後ろにいた蓮の顔に直撃する。


「あっつぅぅ!!!」


 蓮は反射的に顔面に張り付いたホットケーキを両手で掴みとり床に叩き落とした。


「蓮、人に食い物を粗末にするなと言っといて何をやっているのですか?」


「お前、そういうベタな失敗マジでやめろ! 息できないし、熱いし死ぬかと思ったわ!」


 床には落ちているホットケーキになるはずだったものは蓮の顔の形がくっきりと残りデスマスクと化していた。

 再び気をとり直してホットケーキを作る。


「待て、ひっくり返すのは俺がやる。いいな!?」


「えー、ずるいのです。私がひっくり返すのですー!」


「これミスったら、ホットケーキ食えなくなるぞ」


「しかたないので。今回だけは蓮に託してあげるのです」


「ああ、そうしてくれ」


 長い時間かけてようやくホットケーキが一つ出来上がった。

 本当は3つは作れたはずなのに……


「うーん、甘くてとても美味しいのです」


 シロはホットケーキを満足げに頬張っている。


「そうか……、それは良かった」


 まさか、ホットケーキ作るだけでこんなにも精神疲労するとは思わなかった。


「蓮!」


「何だ?」


「頑張ったご褒美に分けてあげるのです」


 シロは最後の一切れをフォークに刺し蓮の方に向けた。

 蓮はありがたくそれにかぶりついた。

 確かにそれは甘くてとても美味しかった。


 ホットケーキを食べ終わった後、寝付けない蓮はソファーでくつろいでいた。

 するとシロが当たり前の様に蓮の膝の上に座った。


「うおっ何してんだお前!」


 シロの突然の行動に驚く蓮。


「何っていつも通り休もうとしただけなのです?」


 シロが不思議そうに首をかしげる。


「とにかく離れろ。なんか色々ヤバい」


「そんな顔を赤くしてどうしたのですか蓮?」


 シロが顔だけこっちを向ける。

 距離は近く今にもくっつきそうだ。


「うるさい!」


「だって今は蓮の肩に乗れないから膝の上に座るしかないのです」


「あのなあ、お前今人間だろ? 普通にイス座れよ」


 いくら小柄な少女とはいえさすがに少し重い。

 ていうか何より、ち○こ勃ったらどうすんだよ。


 しかし、シロは蓮の不安を無視してくつろぐように後ろにゆっくりと倒れ込んだ。

 その体はとても暖かい。


「お前だから……」


「……今から話すことは私が人間界に来る前のお話なのです」

 

 その声音はどこか儚げでシロが今どんな顔をしているか何となくわかった気がした。

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