第31話 二羽のカラス
しかし、黒い弾丸が蓮に届くことはなかった。
蓮に向かって進んでいた黒い弾丸は突然不自然な軌跡を描き地に落ちる。
「大丈夫か蓮!」
蓮は声の聞こえた方向に顔を向けるとミッキーがいた。
さっきの弾丸がそれたのはミッキーのグラヴィティのおかげか、助かった。
「レプシードかと思って来て見たらこれはどういうこと暁くん」
「どういうこと、何で零くんが閉鎖空間にいるの?」
ピンチに駆けつけたのはミッキーだけじゃなかった。
柊、相川もいる。
「信じられないかもしれないが……、零がレプシード化の犯人だったんだ」
蓮は事実をみんなに伝える。
「何かの間違いだよね? あんな優しい零くんがこんなことするわけ……」
「嘘だろ……、てことは零くんがあかりを……、そんなバカな」
「月影くん、あなたどういうつもり?」
零は蓮たちを見ると、ため息をつき、
「本当にくだらない」
と吐き捨てるように言った。
そして蓮たちに凍てつくような視線をぶつける。
そこには今までの零の面影は全くなかった。
一体何が零をここまで変えたんだ?
「別に君たちを普通に殺しても良かったんだ。でもそれじゃあつまらないだろ?」
零は黒く染まった空を見ながら独り言のように呟いた。
「この世に本物なんて存在しないのさ。なのに人間共は偽りの歓喜に踊り狂い人を欺く、挙げ句の果てには自分すら偽り全てを不幸にする。この世界の害悪そのものだと思わない? ガラクタも同然だ……、君たちも同じさ」
「すごい、憎しみの力なのです……、蓮気をつけるのです。零はレプシード化の犯人とてつもない力を感じるのです!」
「君たちの顔が絶望に変わるのが見たかった。なのに君たちは臆せず困ってる人を次々と助けて救ってしまった。全く反吐が出る。三木と妹が助かった時は流石にイラついたなあ」
零が蓮たちに銃を向けた。
零の持っていた銃が青く鮮やかに燃え上がると散弾銃へと変化した。
「マズイ!」
零が引き金を引くと広範囲に拡散した黒い弾丸が蓮たちを襲った。
「大丈夫! 任せて!」
相川がそう言うと蓮たちの前に大きな盾が出現した。
全ての弾丸を受け止めた盾が粉々に砕け散る。
何て威力だ。あんなのまともに食らったらお終いだ。
「とにかく今は零を止めるのが先だ」
蓮が叫ぶと、柊は「うん、そうだね」と言って杖を天に掲げた。
すると、突如零の目の前に巨大な津波が発生した。
対象を飲み込みように波は勢いを増していく。
目の前に巨大な津波が迫ってるのにも関わらず、零は一歩も動こうとせず涼しい顔をしている。
「そうだ、ついでに君たちが死ぬ前に神威の本当の力を教えてあげるよ」
零はそう言うと左手に持った黒い拳銃をコメカミに当て引き金を引いた。
次の瞬間、爆風と共に巨大な炎の波が発生し津波を相殺した。
「嘘!? どうして私と同じ能力を使えるの!」
零はさらに、コメカミに銃口を当てたまま引き金を引く。
「三木、グラヴィティってのはこうやって使うんだよ。あんな優しい使い方じゃ、蟻一匹も殺せやしないよ」
零がそう言った瞬間、蓮たちの体にとてつもない重力が襲いかった。
まるで目に見えない巨人の手で押しつぶされたような感覚だ。
くそっ、体が全く動かない。
「……どう言うことだシロ? あいつは何で一人で複数の能力が使える?」
「元々、神威は一人で全ての能力を使うことが可能なのです。ただ蓮たちは力を分割しているから一つしか能力が使えないだけなのです」
零はさらに銃をコメカミに当て引き金を引く。
蓮たちの重力が解け一瞬体が自由になった。
次の瞬間、ふと空を見上げると無数の光輝く何かが降ってくるのが見えた。
それはおびただしい数の剣の雨だった。
「間に合え!」
相川が辛うじて、無数の盾を作り上げるが、剣の雨はいともたやすく盾を貫き蓮たちに襲いかかる。
「そんな脆いイメージじゃ何も救えやしないさ」
全身に鋭い痛みが走る。
痛みは全身に広がると次第に目が霞んでいく。
まるで血の雨が降ったように地面は赤く染まっていた。
蓮は朦朧とした意識の中、後ろを振り返った。
「みんな大丈夫か……」
しかし、返事はなかった。
無数の剣の雨はみんなの体を貫き血の水溜りを作っている。
みんなぐったりっと倒れたまま動かない。
「嘘だろ……、おいみんな!」
「君はみんなの心配をしている場合じゃないだろ」
零の言葉が耳に届くのとほぼ同じタイミングで蓮にとてもない衝撃が襲いかかり吹き飛ばされた。
「蓮、大丈夫ですか!?」
シロの心配そうな声が聞こえた。
「ああ、俺は大丈夫だ……」
「ごめんなさいなのです。私が蓮たち巻き込まなければこんなことには……」
「馬鹿野郎……、今はそんなこと言ってる場合じゃ、とにかくみんなを助けーー」
倒れていた蓮の腹部にさらに凄まじい衝撃が襲いかかり地面に叩きつけられる。
「くはっ!」
霞んだで正面を見ると零が正面に立っていた。
「……何か言い残したいことはある?」
零が銃口を蓮に向けたまま言う。
すると零は蓮が口を開く前に突然独り言のように「エレナ? ああ、なるほどそう言うことか。いいよ」と喋った。
次の瞬間零の持っていた銃が青く鮮やかに燃え盛った。
その青い炎は零の肩に集まるとある生き物の姿に変わった。
それは、黒い一羽のカラスだった。
閉鎖空間に存在するその生き物は蓮の目にもしっかりと捉えることが出来た。
カラスは不気味な声で喋った。
「そこにいるんだろ? 出てこいよ」
カラスがそう言うと、蓮の持っていた銃が光り輝きシロの姿に戻った。
「その声はーー」
目の前にいるシロが何かを思い出したように声を上げる。
「思い出したのです! タイラー・ドラゴノート!!!」
シロが今まで聞いたこともないような荒々しい口調だった。
「タイラー・ドラゴノート?」
「私を殺した破壊神の名です。こいつがレプシード事件の元凶なのです! ドラゴノートお前まさか私の大切な妹エレナまで手にかけたんじゃ……」
ドラゴノートと呼ばれるカラスは突然、愉快に笑い出した。
「っはっはっは! こいつは傑作だぜ。お前何も覚えてないのか?」
「何を言ってるのです。私はお前に殺されーー」
「ああ、確かに俺はシリウス・エレスをぶっ殺したよ! 忘れたか? シリウス・エレナ!」
ドラゴノートはシロを見てそう言った。
「まさか……、そんな、じゃあ私は…………、てことはもうお姉ちゃんは……、ああ、そんな」
シロが混乱した様にポツポツ独り言を呟き震えている。
「おい、どうしたシロしっかりしろ!」
「私は、私は……、じゃああの時の光景はもしかして」
「おい、シロしっかりしろ! お前がそんなんでどうする!?」
蓮の強い問いかけにシロは振り返ると正気を取り戻した様に蓮を見つめた。
その目の輝きは力強く、内側に眠る光は死んでいない。
「蓮、もうこの戦いは勝ち目がないのです。諦めるのです。せめてもの償いとして楽に死なせてあげるのです」
そう言うと、シロは再び銃となった。
蓮の右手には白い銃が握られている。
「あっはっはっは!! おもしれぇこと言うじゃねぇか! まさかお前がジョークを言うなんて思いもしなかったぜ」
カラスが愉快に笑う。
蓮は右手に握った銃をコメカミに当てる。
「そうだな。俺も限界だ。せめて最後くらいは楽になりたい」
「ほらね。やっぱり、人間なんてこんなもんさ。追い詰められるとすぐ本性が現れる」
零がゴミを見る様な目で蓮を見た。
蓮は正面から零を見据える。
「ああ、もう限界だ。今はな」
引き金を引いた瞬間蓮の視界は白く染まりしばらくすると意識が途絶えた。




