第29話 文化祭後半 ー確信ー
体育館の壇上にはミスコンと書かれた看板が立てかけられていた。
蓮は様子を見ようと前の方に歩くと、見覚えのある小さな姿が見えた。
「お! ミッキー妹じゃんか。兄貴はどうした?」
「あっ蓮! お兄ちゃんならあそこだよ」
ミッキーの妹は壇上を指差す。
そこには魔法少女の姿でポージングする人がいた。
会場が阿鼻叫喚になる。
「何であいつミスコン出てんの!?」
「お兄ちゃんは心が乙女だから大丈夫だよ」
「いや、そういう問題か!?」
ミッキーはひと通りポージングした後、壇上を降りると蓮の方にやって来た。
「どうだ、あかりお兄ちゃんの勇姿を見てくれたか?」
「うん、カッコ良かったよ!」
ミッキー妹は目をキラキラさせながらミッキーを見た。
「そうだろう」
ミッキーは満足げにうなづく。
相変わらず仲のいい兄妹だ。
「おお、蓮お前どこ行ってたんだ?」
ミッキーは蓮の存在に気づくと大げさに驚く。
「いやちょと野暮用があってな」
「ふーんそうか、おっ! 見ろよ柊さんの番だ」
蓮もミッキーにつられ壇上を見た。
しかし、壇上には誰もいない。
と思ったら、隅っこの弾幕からはみ出る三角帽子が見えた。
柊は顔を半分だけだし会場の様子を伺っている。
ガチガチに緊張している柊はゆっくりと歩き出す。
動きはカチコチでぎこちない。
柊はステージの正面に立ち顔を真っ赤にしながら杖でポーズをとると、すぐさま逃げるようにステージの弾幕側に走って行った。
あっ、転けた。
「おいおい、大丈夫かあいつめちゃめちゃテンパってるじゃねぇか」
盛大に転けた柊は立ち上がり、ローブに着いたホコリをはたくと、三角帽子を深々と被り猛ダッシュで逃げて行った。
短い見せ場であったが、会場はかなりの盛り上がりっていた。男子人気はもちろん、女子人気も高かった。
「あの子お人形さんみたいでちょー可愛いよね」「うん、本当に家に飾りたくなる可愛さだよね。私あの子と友達になりたくてこの前話しかけたんだけど、逃げられちゃったんだよね……、でもその姿も可愛かったなあ」会場の声に耳を傾けると柊は女子人気の方が高そうだった。
突然、蓮の袖が引っ張られた。
横に視線を移すと、汗をかき息切れした柊がいた。
「蓮くん。どうだった私?」
柊が期待と不安が入り混じった表情で蓮を見上げた。
「おう。可愛かったぞ」
蓮は率直な感想を述べる。
「そ、そう……」
柊は短くそう答えると、顔を見えないように帽子を深くかぶり直しそっぽを向いた。
あれ? なんか間違ったこと言ったかな?
「あっ! イチゴ牛乳の人だ」
ミッキー妹が突然叫んだ。
壇上に視線を向けると相川が壇上でビシッとポーズを決めていた。
会場から歓喜の声が上がる。そのほとんどが男子生徒だ。
まあ、あれだけエロい格好してりゃそうなるよな。
見せ場が終わった相川が戻ってくると、ミッキー妹が期待に満ちた眼差しで紙パックのジュースを渡した。
「お姉ちゃん、お疲れ様! はい、ジュースあげる」
「あら、ありがとう。ちょうど喉が渇いていたところよ」
相川はそれをありがたく頂き口につけると喉を潤した。
ミッキー妹は不満そうな顔で相川を見つめると、
「バナナオレじゃダメ?」
と言った。
「な、なんの話?」
相川は珍しく動揺した様子だった。
ミッキー妹の企みを察した蓮は日頃のお返しだと言わんばかりに追い打ちをかける。
「心配するなミッキー妹。これはただのウォーミングアップだ。優しいおねぇちゃんはどんなの飲み物でも鼻から飲んでくれるぞ」
「本当に!!」
ミッキー妹が満面の笑みで相川を見上げる。
「暁くん……、あなた覚えておきなさい」
相川が蓮をジロリっと睨む。
あっ、やばい。これマジで根に持ってるやつじゃん。
「いい? あかりちゃん良く見てなさい」
そう言って相川はストローを鼻に突っ込み、例の特技を披露した。
その姿を見たミッキー妹は「すごーい」と歓喜の声を漏らし拍手をした。
相川は一仕事を終えると、頰を朱に染め恥ずかしそうに鼻元を拭った。
自発的にやる分にはいいけど、周りから促されてやると恥ずかしいよね。
「おつかれさん」
蓮は相川に労いの言葉をかけると、涙目で睨まれた。
怖い、怖い。
蓮が行く末を案じていると、突然会場のみんなが騒ぎ出し未だかつてない盛り上がりを見せた。
壇上を見ると、メイド服姿の零がクルリと回った後、スカートの片端を軽く上げた。無表情で。
その姿はやらされている感が満載だった。きっと相川に調教されたのだろう。
「おう、お疲れ零」
蓮は戻って来た零に向かって片手をあげる。
「うん、ありがとう」
「それにしても、零お前その格好様になってんな」
「いやいや、蓮くんには負けるよ。それにしても本当によくできてるよね。僕もジャスティスカイトが良かったなあ」
零は完成度の高さを確かめるように蓮の身につけているマントを触りながら言った。
「……お、おう。そうか?」
蓮と零がお互いの格好について話していると、突然柊が割り込んで来た。
「ねぇねぇ、蓮くんは誰に投票するの?」
「投票? 何の話だ?」
するとうまく状況を飲み込めていない、蓮を説明するようにミッキーが口を開いた。
「ミスコンの投票に決まってんだろ。何でも一番多く票を集めたやつは豪華商品がもらえるらしいぜ」
「へー、そうだったんか」
「ねぇ、蓮くんは誰に投票する?」
柊は再び聞いてくる。
「うーん、誰にすっかなあ」
それぞれ投票が終わり結果が発表される。
圧倒的な大差をつけて一位の座を勝ち取ったのは零だった。
ちなみに2番は相川で、3番は柊だった。自分の友達がトップ3を独占していると思うと蓮は少し誇らしげな気持ちになった。
後言うまでも無いがミッキーは圏外だ。
「豪華商品って何だったんだ?」
蓮が問うと零は一枚の封筒を掲げた。
「何だろう?」
零が封筒の中身を取り出す。
中身は遊園地のチケットだった。それも何枚かある。
「おい、これ修学旅行に行った時のやつじゃねぇか! 何が豪華商品だよ」
「完全に余り物の処分ね……」
「あはは、正直そんなに期待してなかったけどね」
みんなが期待外れのリアクションをする中、ミッキーだけは違った。
「いいじゃねぇか! あん時はすげー楽しかったし、またみんなで行こうぜ!」
「お前完全にグロッキーだったけどな!」
「馬鹿野郎! あの時の俺と今の俺は違うぜ」
「期待しないでおくよ」
グロッキー状態のミッキーの姿が容易に浮かぶ。
「でも、いつかまたみんなで行きたいね」
「そうね。またみんなで行くのも悪くないわね」
「それじゃあ、いつかみんなで予定合わせて行こうよ!」
嬉しそうにはしゃぐ柊を見てみんなが同意した。
文化祭が終わり蓮が帰りの支度をしていると、柊がヒョコっと視界の隅に現れた。
「ねぇ、結局蓮くんは誰に投票したの?」
こいつそればっかだな。そんなに誰に投票したか気になるもんか?
「俺は柊に投票したよ」
「本当に!」
蓮がそう言うと柊の顔がぱあっと明るくなった。
「ああ、他のやつもクオリティ高かったけど、お前の格好が一番様になってる気がしたよ」
「えへへー、ありがとう」
無邪気に喜ぶ柊の姿はとても可愛らしかった。
「今日はすごく楽しかったね!」
すっかりテンションの上がった柊が明るい声で言った。
「ああ、本当に楽しかったな」
本当に楽しい1日だった。
ただ、楽しかっただけに自分の中に存在していた疑惑が確信に変わっていたことに蓮はひどくショックを受けた。
「ねぇ、この後久しぶりに二人で秋葉原行かない?」
柊が希望に満ち溢れた表情で提案するが今はそんな気分じゃない。
今はそんなことより、確かめなければならないことがある。
「悪い、今日は大切な用事があるからまた今度な。みんなで先帰っててくれ」
「そっかあ、残念。また今度行こうね! 絶対だよ」
「ああ、もちろんだ」
去って行く柊の後ろ姿を確認した後、蓮はおそらく自分と同じ答えに行き着いているであろうシロに話しかけた。
「なあシロ……」
「間違い無いのです……、そうとしか考えられないのです」
シロは蓮の言葉を最後まで聞かずに答える。
やっぱりそうだった。
信じたくなかった。
思い違いであって欲しかった。
でも、これだけ決定的な証拠があれば犯人はアイツ以外に考えられない。
「くそっ、どうしてなんだよ……」
蓮の独り言は教室のざわつきにかき消されていった。




