第27話 コスプレ喫茶
文化祭まで後1週間。蓮たちのクラスはコスプレ喫茶をやることになった。
仲良いグループ同士が机を寄せ合い、当日何のコスプレをするかで盛り上がっている。
メイド服、男装、ゾンビ、アメリカンポリス、アニメのキャラクターなど様々な意見が飛び交う。
統一感なすぎだろ。もうこの際みんな似たような格好でいいじゃないかと蓮は思う。
「コスプレ喫茶か」
「蓮くん、全く興味なさそうだね」
蓮のつぶやきに零が反応した。
「興味ないな。別にコスプレしたいと思わんし、何より衣装を用意するのがめんどくさい」
「蓮くん、冷めすぎ……」
柊が若干引いた様子で蓮を見た。
「そんなこと言われても興味ないものはないんだよ。それに衣装実費だろ? やりたくないことをやった上に金もなくなるとか罰ゲームでしかないだろ」
蓮は静かにコクリとうなづく零を見逃さなかった。
どうやら、蓮と同じ思考の人間は一人じゃないらしい。
「みんなはどんな格好するのか決まったかしら?」
相川が腕を組みながらみんなを見た。
「んー、俺は何でもいいや。帰りにドンキで適当に安物の着ぐるみでも買おうかな」
「僕は全然決まってないかな……、特にこれといってしたい格好もないし」
「私はゴスロリかなあ」
「マジ? 柊さんがそう言うなら俺もゴスロリにしようかな」
すると、それぞれの意見を聞いていた相川はカッと目を大きく見開くと、テーブルをバンっと叩いた。
「あなた達甘いわ! そんなんじゃ天下取れないわよ」
「……いや、別に天下とろうとは思わねぇよ」
よくわからないスイッチの入った相川は蓮の呟きを無視して喋り続ける。
「暁くんはやる気なさすぎ! 後で二度とドンキ行けない体にしてあげるわ」
「そこまで!?」
相川はさらにヒートアップする。
「月影くん、あなた死刑よ」
「えっ!?」
突然の死刑宣告に零は困惑の表情を浮かべた。
「柊さんあなたはコスプレじゃなくて私服でしょそれ」
「うっ」
柊が痛いところを突かれたとばかりに左胸を抑える。
「三木くん、あなたは……、まあいいとして」
「いやいやいやちょっと待て! 何でミッキーだけスルーなんだよ! 一番頭おかしい解答してただろ!?」
「この中で唯一勝負に出たのは三木くんだけよ。それにゴスロリ姿もきっと似合うと思うわ」
ミッキーは静かに頰を赤く染めた。照れんな気色悪い!
「てか、そう言うお前はどうなんだよ。そんだけ大口叩いといて何かいい案あるのかよ?」
相川は待ってましたと言わんばかりに腕を組み、ふんっと鼻を鳴らし自信満々に答えた。
「ええ、とっておきの案があるわ。どうみんな私に任せてみない? みんなに合う最高の衣装を用意してあげるわ」
「はあ? やだよ。お前が衣装決めるとか不安しか……」
蓮が断ろうとすると、相川は後出しで魅力的な条件をつけてきた。
「もちろん無料で」
「お願いします」
お金浮いてラッキー!
乳が如くー失われた桃源郷ーの新刊の発売日が近いのにこんなところで無駄金を消費している場合ではない。
「みんなもそれでいいよな?」
蓮は確認するように柊、零、ミッキーを見た。
みんなジト目で蓮を見つめた後、ゆっくりとうなづいた。
な、なんだよ。
翌日の土曜日。
蓮、ミッキー、柊、相川の4人は蓮の家に集まっていた。
蓮が家でゴロゴロして過ごしていると、相川から全員にメッセージがあった。文面は「文化祭のことで話があるからみんな蓮くんの家にきて」とだけ。
ていうか、何しれっと人の家集合場所に指定してるんだよ。
「文化祭の話って衣装のことか?」
「ええ、頭の中ではイメージ出来ているつもりだけど、やっぱもう一度再確認しておきたくって。それに三木くんの姿はまだ見たことないし」
「お前まさか……」
「ええ、神威に決まってるじゃない」
何で零だけ誘わなかったんだろうと思ったがやはりそういうことか。
「なるほど……、それはいい案だ」
「えっ?」
蓮の返事が意外だったのか相川はポカンとマヌケな表情を見せた。
「どうした?」
「いえ、想像していたリアクションと違うというか……、まさか、あなたが賛成するとは思わなかったわ」
「そこまで意外そうな顔しなくていいだろ……」
いや、確かに否定しようと思ったけどさ。無料だし。それに……
「すごくいいと思う! 神威の姿って私たちにとっては特別な繋がりみたいなものだし」
柊は我が意を得たりと目をキラキラと輝かせていた。
「俺の神威の姿……」
ミッキーは期待と不安が入り混じるような複雑な表情をしていた。
「というわけだ。シロ姿見るくらいならいいだろ?」
蓮は現実世界で神威を使っていいか? と意味を込めてシロに言った。
「それくらいならいいのです」
シロが銃に変化する。
「そんじゃ、行くぞ」
蓮は銃をコメカミに当て引き金を引いた。
現実世界でみんなの神威姿を見るのは何か新鮮だ。
それに神威姿になるときは、いつも決まって危機的な状況なのでこうやってじっくり見る機会はあまりない。
「今思えばみんなの神威をこうやってじっくり見ることってあんま……、って!? うおぉぉぉぉ!!! ミッキーなんて格好してるんだお前!?」
ミッキーは恐るべき姿をしていた。
ガッチリした筋肉質な体と強面ヅラの人間がその姿をしていると正直狂気しか感じない。
その姿を見た子供は間違いなく泣くだろう。そしてコスプレ喫茶という名目がなければ間違いなく現行犯逮捕だ。
ピンクを基調とした服装にフリルや色鮮やかな装飾をしている。
そう、ミッキーの服装はいわゆる魔法少女というやつだった。
「す、素晴らしい……」
ミッキーは感銘の声を漏らした。
「いやいやいや、ちょっと待て! お前が可愛いもの好きなのはよくわかる。でもお前がその格好したら恐怖の対象でしかないだろ。お化け屋敷ならまだしもコスプレ喫茶でその姿をやるのか!?」
「もちろんだ。誰が何と言おうと関係ない。これが俺の理想だ。自分の思い求めた完成形のどこに恥じる理由がある?」
ミッキーは男気溢れる口調で堂々と言った。
その気高き決意に迷いは全く感じられない。
「お、お前……、すまない俺が間違ってた」
確かにミッキーの言う通りだった。
周りが何と言おうと関係ない。周りの目を気にして考えを曲げるようなら所詮はその程度の決意だったと言うこと。
大切なのは自分が悩み抜いた上で導き出した唯一つの答え。
周囲の影響を一切受けないその信念は何よりも美しかった。
「いいんだ、人はそうやって過ちを繰り返して成長するものだからな」
蓮とミッキーは熱い握手を交わした。
ミッキーでもその姿で学校の外出るなよ。
マジで捕まっちゃうやつだから。
「じゃあ、あなた達そこに並んで立って」
蓮、柊、ミッキーは言われた通り並んで立つと、相川が一つのノートを取り出し、蓮たちをチラチラ見ながらペンをノートに走らせた。
「なあ、どのくらい待てばいいんだ?」
「……」
「おーい、聞こえてるか?」
相川は蓮の問いかけに一切反応せず、真剣な顔つきでペンを走らせていた。
「ダメだ。全く聞こえてない」
「すごい、集中力だね」
相川がくるくると蓮の周りを歩きながらペンを走らせること15分。
「できたわ」
相川が達成感に溢れる表情をしながら言った。
「どれどれ、うおっ! めっちゃうまいじゃねぇか! さすが漫画描いてるだけのことはあるな」
「すごいまるで写真みたい」
「ああ、しかもあれだけの短時間でこのクオリティとんでもない才能だぜ」
蓮たちが褒めちぎると、相川は少し照れ臭そうな表情を浮かべた後、
「えへへ、すごいでしょー!」
と無邪気な子供のような笑顔を見せた。
きっと、特技を褒められたことがよほど嬉しかったのだろう。
普段はあまり見せない素に近いレアな姿を見て蓮は少しほっこりした気持ちになった。
「でも、絵描いたところでどうすんだ? まさか絵を参考に服を作るってのか?」
「ええ、そうよ」
相川はあっさりと答える。
「お前すげーな。服まで作れるのか」
「いいえ、私じゃないわ。私のマ……、母はファッションデザイナーなの。趣味でけっこう服作ってたりするから、このくらいならきっと1週間もかからずに作れると思うわ」
「どっちにしろすげーな」
「でもさ、私たちの服はいいとしてさ、零くんの服はどうするの?」
柊が蓮が思っていたことを口にした。
「確かにな、あいつの神威姿とか想像出来んわ。あいつの理想の姿って何だろうな?」
と思いかけて蓮は一つだけ思い浮かんだ。
今にして思えば、あの時の零は一番楽しそうな顔をしていた気がする。
「零くんの格好なら心配いらないわ。私がとっておきを用意してるから」
「何だよ。とっておきって?」
「それは当日のお楽しみ」
相川は悪戯な笑みを浮かべた。




