第24話 男泣き
閉鎖空間が閉じると蓮は気がつけば元の場所に戻されていた。
閉鎖空間の出来事はこの世界では一瞬にしか満たない。
あれだけ長く感じた死闘もこの世界ではほぼ時間が経ってないに等しい。
蓮は家を出ると急いで病院に向かった。
病院に到着しバスを降りると、偶然にもほぼ同じタイミングで到着した柊と相川と遭遇した。
「蓮くん!」
「ああ、とにかく急ごう」
蓮たちは受付で手続きを済ますと急いで6階へと上がった。
そして、ミッキーの妹がいた部屋に向かうと、表札には名前がなく部屋は綺麗に掃除されていた。
「嘘だろ……」
そんな、馬鹿な……
わかりきっていたことなのに、納得がいかない。
「もしかして三木くんの友達かな?」
蓮が絶望に打ちひしがれていると後ろから声をかけられた。
振り向くと、この病院の看護師だった。
「はい……」
「あかりちゃんならここにいないよ。さっき急に容体が急変しちゃってね。今ICUにいるの」
「ICU?」
聞き慣れない言葉に思わず蓮は聞き返す。
「ああ、ごめん、集中治療室のこと。容体の悪い患者さんが生命維持するために治療を施す場所のこと。そこのエレベーター上がって3階よ」
「わかりました。ありがとうございます」
蓮は頭を下げると急いで3階に向かった。
ミッキーの妹がまだ生きていることに少し安心したが容体は決して良くないらしい。
それでも蓮はいてもたってもいられず走り出した。
通りすがりの看護師に走らないよう注意を受けたが今はそれどころではない。
ICU室に入り、近くにいた看護師に声をかけミッキーの妹の居場所を聞くと一番奥のカーテンで隔離された部屋を指差した。
カーテンを開けるとミッキーの妹がベッドで眠っていた。
相変わらず、体のあちこちに管やコード類が繋がっている。近くには小さなモニターがあり、よく分からない波形が映っている。
小さな口元には管が繋がったマスクが取り付けられている。
そして、ミッキーの妹の足元に前のめりになりなるようミッキーが倒れている。
ミッキーは眠りについたように動かない。
さっきのもう一人のレプシードはおそらくミッキーだったのか。
「ミッキー!」
蓮はミッキーの肩を強く叩いた。
すると、ミッキーはゆっくりと体を起こした。
「ん、ああ蓮? どうしてここに……、じゃなくって、おいあかり大丈夫か!」
ミッキーは思い出したように妹の体を揺さぶった。
すると、後ろからカーテンが開くと共に苛立たしげな声が聞こえた。
「声でかいわよ。あなた達病院では静かにしてくれます? 大体……」
言いかけた中年くらいの女性看護師は突然目を大きく見開くと慌ててその場を離れ「先生!」と叫びどこかへと行ってしまった。
「お兄ちゃん?」
ミッキーの妹がゆっくりと目を開けた。
「あかり大丈夫か!?」
ミッキーが妹の小さな手を握った。
蓮がその光景を静かに見守っていると先ほどの中年看護師と男の声が聞こえてきた。
カーテンが開くと姿を現したのは先ほどの中年看護師と白衣に身を包む中年の男だった。
風貌からしておそらく医者だろう。
「そんなわけあるか! いつアレストしてもおかしくないんだぞ」
「本当ですってば! 確かに目を覚ましたんです。何ならその目で確かめてください!」
「馬鹿言え、そんなことありえ……」
部屋に入った医者は驚愕の表情を浮かべると言葉を失ったように立ち尽くした。
「ねっ! 言った通りでしょう。意識レベルも上がってますし、それにモニターを見てください。レートも60台をキープして波形もサイナスです。それにサットも100%まで上昇しています」
「ば、ばかな、こ、こんなことありえない!」
医者は飛びつくようにミッキーの妹に近づき口元についていたマスクを外すと、
「あかりちゃん、胸がドキドキしたり息苦しい感じはないかい?」
「今のところ全然大丈夫だよ。むしろ前より元気な気になったかも」
なんともない様子で答えるミッキーの妹を見た医者は慌てた様子で近くにいた看護師に声をかけた。
「今すぐにあかりちゃんを検査に下ろしてくれ。オーダーは後で俺が入れとく」
「はい、わかりました」
看護師がそう答えどこかに行くと数人の看護師がぞろぞろ集まりミッキーの妹をベッドごとどこかへと連れて行った。
突然の慌ただしい出来事に蓮たちは呆然とその光景を見つめていた。
「先生、あかりは……、あかりは大丈夫なんですか!?」
ミッキーがすがりつくように医者の肩を掴んだ。
「今はなんとも言えない……、ちょっとそこでしばらく待ってもらってもいいかな」
「は、はい……」
ミッキーはそう答えると暗い表情で近くの椅子に腰を下ろし、祈るように両手を合わせ目をつぶった。
蓮たちも交わす言葉が見当たらず、静かに待つことにした。
しばらくすると、カーテンが開きさっきの医者が現れた。
「先生!」
ミッキーが立ち上がり医者を見た。
すると、無表情だった医者は突然笑顔を浮かべた。
「信じられない! これは奇跡だ! 驚くことにあかりちゃんに悪いところは全く見当たらない」
「そ、それは……、ど、どういう意味ですか?」
唐突の出来事に頭の回らないミッキーは聞き返す。
「さっきまではいつ死んでもおかしくなかったのに、今では健康体そのものさ! 長いこと医者やってきたけどこんな不思議な体験は始めてだ! まさに奇跡としか言いようがない」
医者は興奮したように両手を広げた。
「先生、それってつまり……」
「ああ、おめでとう退院だ! 健康な人間をいつまでもここに入れるわけにはいかないからね。ただしもう少し精査が必要なのと、色々と手続きがあるからすぐにとはいかんがな」
「ああっ……」
ミッキーは小さな声を漏らしゆっくりと床にうずくまった。
そして、嗚咽と共に涙が床を濡らした。
「かった……、本当によがった……うっ、ああ」
泣き崩れるミッキーを見た医者は優しく微笑みミッキーを見ると
「泣いてる暇があったら、あかりちゃんに顔を見せてやりなさい。今はもう状態が落ち着いているから6階の循環器病棟にいるはずだ」
「先生、ありがとうございます」
ミッキーは医者の手を握りしめ何度もお礼を言った。
その後、医者に言われた通り蓮たちは急いでミッキーの妹がいる6階へと向かった。
6階に行くと看護師に部屋を案内された。
表札に名前は入ってないが前と同じ個室だった。
ミッキーが荒々しく扉を開け部屋に入る。蓮たちも続いて部屋に入った。
「あれ、お兄ちゃん?」
ミッキーの妹が不思議そうにこっちを見た。その姿は素人の蓮から見ても健康そのものだった。
ミッキーは妹に近づくと突然力強く抱きしめた。
「お前、本当に無事で良かった……」
「ちょっと、お兄ちゃん痛いって! それにみんなが見てるってば」
ミッキーの妹が恥ずかしそうに頰を赤く染め蓮たちをチラチラと見ている。
「うるせぇ!! 馬鹿野郎! 俺なんかもっともっと痛かったんだ……、本当に心配で心配で毎日頭がどうにかなりそうだった……」
ミッキーの顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
「お兄ちゃん……」
「お前本当は弱虫の癖に強がるからよ……」
ミッキーの手は震え、さっきより力強く妹を抱きしめている。
もう二度離れないようにと。
「お前は本当に馬鹿だ。賢い癖に大切なことはいつも心にしまいやがって……」
ミッキーの妹は何かを堪えるように小さく震えている。
「怖かったら怖いって叫べよ! 泣きたいなら泣け! そして理不尽なことは全部俺にぶちまけろよ!」
ミッキーの妹の目元に小さな水溜りが溜まっていく。
「そしたら俺が一つ残らず全部受け入れてやる。俺たち家族だろ? 変な意地はらないで弱さを見せろよ!」
ミッキーが優しく妹の頭を小突いた。
それをきっかけに堪えていたものが崩壊したのかミッキーの妹は大声で泣きだした。
「あぁぁぁぁ、痛いよ、お兄ちゃん!!」
「馬鹿野郎……、俺の方が痛かったよ。本当に無事で良かった」
二人は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら強く抱き合った。
大切なものを失わないように強く。
「えっ……ん……、怖かったよ、お兄ちゃん!」
「ああ、俺もだ! 本当に怖かった……」
二人の泣き声は部屋中に響いた。
蓮の隣からもすすり泣く声が聞こえた。
柊の方を見ると、涙をボロボロ流している。溢れる涙は手で拭っても拭っても零れ落ちてくる。
「本当に不器用な家族ね……」
相川の方を見ると、片手でメガネを外し、もう片方の手で目元からこぼれ落ちる涙を拭っていた。
こらえ切れなくなった蓮も内側に溜まっていた感情がこぼれ落ち頰を伝った。
その雨はとても暖かかった。
ミッキーの妹と別れを済ました後、蓮たちは病院を出た。
「なあ、蓮。今気づいたんだけどよ」
ミッキーが蓮に尋ねる。
「何だ?」
「その肩に乗っけた可愛らしいカラスは何だ? 本物か?」
「お前こいつが見えるのか?」
「は?」
蓮たちはミッキーに知っていることを全部話すことにした。
「なるほど、あれって夢じゃなかったのか。あの白い服着たカッチョいいやつは本物だったのか」
「ちょっと待て、ミッキー今なんて言った?」
蓮は聞き逃さなかった。
「えっ? 白い服着たカッチョいいヒーローみたいなやつに助けられたんだよ」
「もう一回頼む」
「はっ? だから白い服着たカッチョいいやつにーー」
蓮は無言でミッキーと握手を交わすと抱擁した。
「どうした蓮? 突然」
「やっぱり俺たちは親友だ」
「何だよ、いきなり」
ミッキーは困惑した表情を浮かべた。
「おっと、これは思わぬ収穫」
相川が呟く。
「なるほどな、その人を化け物に変えるやつを探してるわけか」
「ああ、ミッキーなんか心辺りはないか」
「それがよ……、俺たぶん犯人をはっきりとこの目で見たぜ」
ミッキーの衝撃の発言に誰も驚き声をあげた。
「本当か!? だ、誰なんだよそいつは……」
「でもよ……、あれはどう考えてもありえないっていうか、なんていうか」
この時ミッキーの口から出た言葉は信じられないものだった。




