第18話 憧れのヒーロー
零と相川のおかげで蓮たちは無事中間テストを乗り切り夏休みを迎えることができた。
そして今日は待ちに待ったお祭りの日だ。
日が少しずつ沈むにつれて人が多くなり賑わっている。
「早く着きすぎたか?」
予定通りの時間についたがまだ誰も来ていなかった。
蓮は近くのベンチに腰を下ろし、辺りの景色を見渡す。
金魚すくい、ヨーヨー、射的に群がる親子、学生たちを見て蓮は懐かしく思った。
最後に祭りに行ったのはいつだったかな。
確か、小学校高学年くらいの時にミッキーと一緒に行ったきりだっただろうか?
あの時は少ないお小遣いで辺りを遊び尽くし、屋台を食べ歩いたっけな。子供の頃はすごく楽しかった祭りも少し大人になった今では景色がだいぶ違う様に見えた。
金魚すくいは別にやりたいと思わないし、ヨーヨーなんか持っていても荷物にしかならない。くじ引きや射的はなんだかインチキ臭くてやろうとも思わない。それに屋台は割高なので普通にコンビニで食べたほうがいいんじゃないかとすら思う。
蓮は自分もつまらない人間になったなと思い思わず苦笑した。
あの頃は何もかもが新鮮で、後先考えず何をしても楽しかった。だけど今は違う。
成長し現実を知るにつれて、将来のことを気にする様にもなったし、損得で物事も考える様になっていた。そしていつしか身の丈にあった線を自分で引き、届きそうにないものには手を伸ばさなくなった。
子供の頃の自分が今の自分を見たら少しがっかりするかもしれない。。
子供の頃自分は何を考えていたのだろうか?
大人になるにつれて、いったい何を失って何を得たのだろうか?
物思いにふけていると隣に誰かが座った。
「ボケーっとしてどうしたの?」
隣に座った零が蓮を見て言った。
零は下がジーパン、上は半袖のパーカーというシンプルな格好をしていた。
いつもは制服姿しか見てないので、その姿はなんだか新鮮だった。
それにしてもこいつ本当女みたいだな。
ベンチで二人で座っているところを見られたらカップルだと誤解されそうだ。
「いや、俺もつまらない人間になったなと思って」
「何それどういう意味?」
零が微笑みながら聞いてくる。
「いや、俺たぶん柊が誘わなかったら祭りなんて絶対行かなかっただろうなと思ってさ」
「祭りは好きじゃない?」
「嫌いじゃないけど、わざわざ行くほどでもないな。子供の頃は楽しかった様な気もするけど、何かあの頃とは違うんだよな」
「大人になったってことだよ」
「なあ、零」
「何?」
「お前って子供の時どんなんだった?」
蓮は特に意味もなく聞いた。
自分の子供時代の姿を思い出そうとしているうちにただなんとなく気になった。
「うーん、どんなって言われてもなあ。なんと言えばいいか」
零は困った様に思案する表情を浮かべた。
「あ、別にそんな難しいこと聞いてるんじゃなくて明るい子だったのか、暗い子だったのか、それとも変態だったのか。適当な感じで答えてくればいいんだ」
「うーん、明るい性格ではなかったね」
「やっぱそんな感じか、零って何か大人しそうな感じだもんな」
「まあね、友達もほとんどいなかったし」
「そうか、人当たり良さそうだし俺なんかよりはよっぽど友達作れそうな気がするけどな」
「僕、昔はよく虐められてたんだ。こんな見た目だから」
「それはひどいな。親とかには相談しなかったのか?」
「僕の両親は死んじゃってるからね」
「悪い……」
蓮は気まづくなりこれ以上追求するのをやめた。
「ううん、気にしないで。そういう蓮くんはどんな感じの子供だったの?」
「うーん、どんな感じだったかな? 強いて言えばどこにでもいる様なアホな子供って感じかな」
「あはは、何となくわかるような気がする」
「いや、おい」
しれっと同意する零にツッコミを入れると、零が突然「あっ!」と声を上げた。
「どうした?」
「いや懐かしいなと思って、ほら、見てあのお面! 蓮くんは知ってるジャスティスカイト?」
零がお面をつけてはしゃいでいる子供を指差して言った。
零は昔を思い出すような儚げな目をしていた。
「ジャスティスカイト? 何かすげー聞いたことある何だっけ?」
「落ちこぼれヒーロージャスティスカイト、子供向けのアニメだよ。昔はよく見てたなあ」
「あーーっ、思い出した! それ俺も毎週食いつくように見てたわ! 全然人気なかったらしいけど……」
落ちこぼれヒーロージャスティスカイト。
何の力もない冴えないおっさんが努力していつの間にか本物のヒーローになり、困っている人を助ける話だ。
「あれある意味斬新だよな。1話なんかその辺のチンピラにボコボコにされて泣きじゃくってたし、めちゃくちゃダサった記憶があるわ。しかも生々しい話ばっかりでとても子供向けとは思えなかったよな」
「そうそう、主人公何のスーパーパワーもないおじさんだったもんね。それに強くなるために週5でジム通うって、子供ながらにあれはおかしいと思ったよ」
「あったなそんな話! あれ強くなる方法が現実的すぎだよな。しかも苦しそうに汗水流すおっさんの映像がやたら長いんだよな」
「うん! しかも意外と繊細な心の持ち主でアリの巣にビールぶちまけてショックで三日寝込む話とかあったよね! 俺もう二度と酒を飲まないって言って次の週には普通に飲んでるし」
「よくそんな話まで覚えてるな! そうそう何か冴えなくてダメダメなおっさんだけど、どこか憎めない奴でついつい見てたらいつの間にどハマりしてたな」
「うん僕も! でも最後は努力だけで本物のヒーローになってかっこよかったなあ」
「そうなんだよ。ただ悪者を一方的に倒すんじゃなくて悪者を改心させて救っちゃううところがめっちゃカッコ良かったよな!」
「わかる! 周りに流されず自分の芯を持ってて善人も悪人も救うとこがすごくかっこいいんだよね。あの決め台詞好きだったなあ」
「勘違いするなお前を倒しに来たんじゃない、お前を救いに来た! だっけ?」
「そうそう、それ! でも見た目はすごく評判悪かったよね。僕はわりと好きだったけど」
「確かに今思えばダサかったな、手作りの白いマントに、きっちりした感じの服ーー、あっ!」
蓮は話ていてジャスティスカイトの姿を思い出した。
それは今の蓮にとって見慣れた姿。
白い軍服に白いマント、確かに見た目はそんなにかっこよくないけど、蓮にとっては最高のヒーローだった。
あれは確かに紛れもない憧れの存在だった。
蓮は子供の頃ジャスティスカイトのように弱いものに手を差し伸ばし、善人も悪人も全て救う心優しいヒーローになりたいと思ってた。
満身創痍になりながらも決してあきらめず戦うジャスティスカイトは美しい。
今も変わらないその強い気持ちがあの姿なんだ。
「どうしたの蓮くん?」
零が不思議そうな顔で蓮を見つめる。
「いや何でもない。あいかわらずダッセー姿だなと思ってさ」
「そうかな? 僕は好きだったよ」
そう言った後、零は突然悲しそうにうつむいた。
「でも現実は非情だよね……、ジャスティスカイトのような人間はこの世にいないし困ったら助けてくれるような都合の良い人間なんていない」
零は昔を思い出したのかもしれない。
両親がなくなり、虐められて居場所がなかった零の唯一の心の支えがジャスティスカイトだったと思うと、心が張り裂けそうになった。
「そんなことない。何なら俺がジャスティスカイトになる。零もし何か困ったことがあったら俺に言えよ! その時は必ずお前を救ってやるら」
「なにそれ」
零は微笑みながら蓮を見つめた。
零と二人で話していると突然、後ろから咳払いが聞こえた。
振り返ると、浴衣に身を包む、柊と相川がいた。
「うおっ! いたのかお前ら! いるなら声かけてくれよ」
「そんな目の前で楽しそうにイチャイチャされてたら声かけずらいわよ」
相川が不満げな視線をぶつけてくる。
「あれ、そういえばミッキーは?」
柊が蓮を見て言った。
「ああ、なんか用事があって来れないらしい。あいつ最近なんかやけにノリが悪くってな。何回か遊びに誘ったんだけど、悪い今ちょっと忙しいの一点張りでさあ」
「何かあったのかしら?」
「さあ、バイトでもしてんじゃないか?」
「そう、それは残念。新作の着想を得る絶好のチャンスだったのに」
蓮は不吉な言葉を聞き逃し予定通り祭り楽しむことにした。




