第17話 勉強会と闇鍋
夏休みまで後数週間、ミッキー、柊、零、相川は蓮の家に集まっていた。
「頼むお前ら、俺を救ってくれ」
「私も!」
「俺もだ」
柊とミッキーがそれに続く。
「いや、ちょっと待てミッキーはわかるとしても、柊お前も頭悪かったのか!?」
蓮は何となく柊に対し頭の良さそうなイメージを抱いていた。
「だって、私ずっと引きこもってたし……」
「なるほど、それもそうか」
「3人も教えるとなるとこれは骨が折れそうね……」
相川が呆れた様子でため息をつく。
「あはは……、確かに」
零が苦笑する。
やる気のない蓮が突然勉強し出すのには深い訳があった。
夏休み前の中間テストで赤点をとってしまうと、補習となり貴重な夏休みが潰れてしまうのだ。
そんなこと絶対にあってはならない。
悲劇の結末を防ぐためにも蓮は賢者たちに教えを請うことにしたのだ。
国語、英語、数学、日本史、世界史、科学、生物学、全ての教科を最低でも30点以上取らなければならない。
学のある人間にとっては容易いことだが、蓮にとってこの壁はあまりにも巨大過ぎた。
「わかったわ。まずどこが分からないの?」
「全部」
蓮、柊、ミッキーがほぼ同じタイミングで言った。
「あなた達今までいったい何をしてたの?」
「寝てた」
「聞いてても話が難しくてよくわからないんだもん……」
「日本語がわからなくて……」
一人明らかにおかしい奴がいたが、相川は無視して話を続けた。
「わかったわ。私と月影くんがあなた達をみっちり鍛えなおして上げるから覚悟しなさい」
「うっす!!! よろしくお願いします!」
3人の思いが重なる。
相川は柊とミッキーの講師をすることになり、零は蓮の講師をすることになった。
「うーん、日本史とか生物学は暗記だけでどうにかなると思うから、とりあえず数学とか英語から始める?」
「そうだな。俺は英語が全くダメだから頼むわ」
「うん、わかった。蓮くんは英語どこまでならわかる?」
「ABCDなら」
「冗談だよね?」
零の顔が引きつった。
「マジだ」
「そ、そうなんだ」
零はの顔がしゅんっと悲しい表情になる。
やめろ、その顔は普通に傷つく。
「わかった。とりあえずざっと、基礎的な部分だけ教えるね」
零の説明はうまく、授業では呪文のように聞こえた教師の声もすらすらと頭に入っていた。
「なるほど、そういうことだったのか。さすが零、頭いいな!」
「それはそうよ。月影くんは全国模試1位よ」
「マジか!? 天才だったのかお前」
「いや、そんなことないって。たまたまだよ」
謙遜する零にミッキーが尊敬の眼差しを向ける。
「零くん、賢さの象徴みたいな顔してるもんな。それに左利きって何か秀才ってイメージあるしな」
「おお、お前左利きだったのか。気づかなかった」
「でも左利きって結構不便よ。世の中のものは大抵右利き用で作られてるし、文字を横書きするときとか手が接触して文字が擦れちゃうこともあるし」
相川がまるで経験者のような口調で語った。
「何だお前も左利きなのか?」
「昔ね。何だかよくわからないけど親に直されたわ。今は右利きよ」
「そうか、そういえばそっちはどうだ。順調か?」
「ええ順調よ。柊さんは飲み込みがすごくいいからこの調子でいけば学内で上位に入れると思うわ。三木くんはちょっと手がかかりそうだけど、基礎はできているみたいだし心配はなさそうね」
「そうか。こっちも負けてられないな」
勉強すること1時間。
「もう無理だ。集中力がもたねぇ」
蓮は力尽きていた。
「後、もう少しだから頑張ろうよ」
零が優しく諭すも限界だった。
「そもそも何で勉強しなきゃいけないの? こんなことして将来何の役に立つっていうんだよ? 生きる上で必要?」
蓮は誰もが一度は考えたことがあるであろう疑問を投げかける。
「将来の選択肢は狭まるのは確かね」
「やめろぉ! そんな生々しい回答聞きたくない!」
揺るぎない事実に対し蓮は悲鳴を上げた。
「でも、確かに私もちょっと集中力切れてきたかも……」
「だろ、まともな人間は1時間で集中力が切れるようにできてるんだよ」
蓮はここぞとばかりに柊の弱音に乗っかる。
「みんな夏休みがなくなってもいいのかしら?」
「お前なんて嫌なやる気の出させ方するんだ……」
「事実でしょう?」
「あっ! そうだ」
突然、柊が何かを閃いたように大声を出した。
「どうした柊? いきなり大声出して」
「ねぇ、夏休みにみんなでお祭りに行かない? 私一度でもいいから友達とお祭りに行ってみたかったんだ」
「祭りか悪くないな」
「のった! 俺もみんなと祭り行きたいぜ!」
「じゃあ、決まりだね! そのためにはまず中間テストを乗り切らなきゃ!」
苦難を乗り越えた後に、楽しみが待ち受けていると考えると蓮は自然とやる気が湧いた。
蓮は再び勉強に取り掛かることにした。
「終わった」
「うん、ここまで出来ればボーダーラインは簡単に突破できると思うよ」
零が蓮の進歩具合を見て言った。
「あー、疲れたー」
柊が背伸びをしながら言った。
どうやら柊とミッキーも無事終わったようだ。
「みんな良くやったわ。この調子なら大丈夫そうね。一仕事終えたことだし早速あれをやりましょうか。みんな言われた通りにちゃんと物は持ってきたかしら?」
相川が立ち上がりみんなを見て言った。
蓮以外がみんな無言でうなづく。
「何だよあれって? 何かすんの?」
「闇鍋よ」
「はっ? そんなの聞いてないぞ」
「当たり前よ。あなただけに伝えてないんだもの」
「何故に!?」
「だって闇鍋って結構悪臭するらしいじゃない? 事前に言ったらあなたきっと断るでしょ?」
「おい! 人の家なら何やっても許されると思うなよ」
「でも、みんな言われた通りちゃんと食材を持ってきたわよ。まさか断るの?」
「それ選択肢あるように見せかけてないやつじゃないかよ。まあいいけど、ぶっちゃけ少し面白そうだし」
「それじゃあ、決まりね」
こうして闇のゲーム幕開けとなった。
テーブルの中央には鍋が置かれている。
中身はキムチベースの出汁しか入っていない。
ここに各自が持ってきた食材を順番にぶち込み完食を目指す。
テーブルに囲むように座ると照明を消す。明かりは一本のロウソクのみだ。
「なんかまるで今から黒魔術でもするみたいだね」
柊が呟く。
「それじゃあ、念のためルールをもう一度確認するわね」
相川がルールの説明を始める。
1、照明を消し食材が見えにくい状態で行う。
2、ジャンケンで勝った順に各自が持ち込んだ食材を投入していく。(食材は一人3品まで)
3、箸で摘まんだものは必ず食べきること。
4、みんなで完食すること。
「まずは、俺からか」
ジャンケンで勝った蓮が最初に食材を投入することになった。
蓮は醤油味のカップ麺の蓋をあけると鍋にぶち込んだ。
完全な暗闇ではないため食材は普通に見える。
いい香りが部屋に広がる。
「暁くんあなた正気? 闇鍋って何かわかる?」
「仕方ないだろ。これしか家に食いもんがないんだから」
「あなたなんて不摂生な生活を送ってるの?」
「うるせー、ほっとけ!」
「それじゃあ、次は僕の番だね」
すると零はしらたき、豆腐、白菜を入れた。
「ちょっと月影くんあなた何普通に美味しく頂こうとしているのかしら?」
「いや、一人くらいは毒を中和できる食材を入れた方がいいかなと思って」
悲惨な結末を予想した上での食材の選択。さすが模試全国1位。よくやった。
「ナイスだ零、お前は何一つ間違ってない」
あくまでも完食が目的だ。
食べれなくなってしまっては元も子もない。
「まあ、いいわ。次は私の番ね」
相川がドボンっと食材を投入した瞬間、部屋を悪臭が支配した。
その場にいた相川以外の人間が思わず顔をしかめる。
「くさっ! お前何入れやがった!?」
「くさや、納豆、塩辛よ」
「さっきまで、美味しそうな匂いだったのに……」
柊が思わずポツリと本音を漏らす。
「みんな安心してくれ。俺も馬鹿じゃない。こんな事もあろうと悪臭を打ち消す最高の食材を持ってきた」
そう言ってミッキーが、鍋に何かを投入した。
異臭がさらに強くなる。
「ばっかやろー! 悪化してるじゃねぇか! 何を入れたお前!?」
「チョコレートとシュークリームとドーナッツだ。いやだっていい匂いだろ!?」
「それって一番入れちゃいけない類のものじゃ……」
零が消え入るような声で呟いた。
「大丈夫、私に任せて!」
柊がさらに食材を投入すると、この世のものとは思えない匂いがした。
今すぐ換気しなけれ命に関わるような気さえする。
「柊お前何を入れた?」
「みかんゼリーといちご大福ときな粉餅だよ。あれ? おかしいなこんなはずじゃなかったのに……」
「おかしいのはお前の頭だ。どうするんだこれ!?」
「ひどいっ!」
「いいえ、良くやったわ。柊さんこれこそ闇鍋よ」
確かに闇鍋としては間違ってない選択かもしれない。
だけど蓮は普通に美味しく頂きたかった。
「誰から食べよっか?」
零が恐る恐る言った。
沈黙、誰一人自分から食べようとするものはいなかった。
みんなきっと誰かが毒味するのを待ってるのだ。
そんな中、
「私が食べるのです」
とシロが鍋を突っついた。
シロは口にした物を咀嚼し飲み込むと静かに倒れた。
ピクリとも動かない。
うそやん……
再生の神がノックアウトする料理を人間である蓮たちが食べて無事で済むはずがない。
シロが見える柊、相川はおぞましい表情を浮かべていた。
「よし、俺が最初に食おう。男を見せるぜ!」
ミッキーはオタマで鍋の食材をすくい、自分の器に移すと一気にそれを口に入れた。
そして咀嚼する。
「ん? 思ってたよりひどくないな。これ案外普通に食え…………あっ」
小さな悲鳴とともに巨体が静かに地へと沈む。
残り4人……
気がつけばデスゲームが始まっていた。
「……」
再び沈黙が場を支配する。
「な、情けないわね、たかが食事でしょ? 次は私が行くわ」
とはいうもの相川は最初の強気な姿勢は揺らぎ声が震えていた。
相川は鍋の食材を口にすると、
「暁くんちょっとトイレ借りるわね。後は任せたわ……」
相川は一瞬白目をむき口を押さえると急いでその場から消えた。
残り3人……
「どうすんだこれ、半分以上残ってんぞ」
「食べるしかないよね?」
「そうだね。食べ物を粗末にするわけにもいかないし……」
蓮は勇気を出してそれを口にした。
口にした瞬間、凄まじい刺激臭と不快感が口に広がる。
かろうじて意識を保ち、蓮は箸を動かした。
「まずい……、お父さんの靴下の匂いがするよ」
柊は泣きそうな顔で暗黒物質を口に運ぶ。
「僕はまだ大丈夫なんとか意識を保ってられるよ」
「お前ら死ぬなよ……」
ーー15分後。
柊とミッキーは白目をむいて意識を失っていた。
トイレからはさっきからずっと嘔吐する音が聞こえる。
零はテーブルに突っ伏したまま動かない。
薄れゆく意識の中で蓮は最後の一口を食べ窓を開け換気した。
これで完食だ。
蓮はきえゆく意識のなかで思った。
食べ物で遊んでは絶対いけない。




