第13話 修学旅行2日目 ー絶叫マシーンと刀展示展ー
修学旅行も早くも二日目。
午前中はグループ5人で遊園地に行くことになった。
「私絶叫マシーンに乗りたい!」
「そうね、とりあえず有名どころに乗ってみるのも悪くないわね」
相川が柊の意見に同意する。
「お前、絶叫系とか大丈夫なの?」
柊はただでさえ怖がりで臆病な印象があるのに本当に絶叫マシーンなんて乗れるのか疑問だった。
「うん、平気だよ。私絶叫マシーン好きだし」
「へー意外だな。零お前は大丈夫か?」
「うん、さっきミッキーに酔い止めもらったし心配ないと思う」
「そっか、じゃあとりあえずジェットコースター乗るか」
そう言った時、蓮の裾を誰かが掴んだ。
「待て、正気か、本当に乗るのか?」
ミッキーだった。
「えっ? お前絶叫系ダメなの?」
「いやそんなことはないが……」
ミッキーは口では大丈夫と言うが顔は明らかに拒絶している。
「いや、マジでお前無理すんなよ」
「いや、別に無理はしてねぇって。俺はみんなが乗るなら乗るよ」
「そうか、じゃあ行くとするか」
ジェットコースター乗り場に着く。
長蛇の列が出来ており、看板には50分待ちと書かれたプレートが貼ってあった。
いざ並んでしまうと早いもので気がつけば順番が近づいてきていた。
「零はジェットコースター乗ったことあるのか?」
「ないけど、たぶん大丈夫だと思うよ」
「そうか、実は俺も乗るのは初めてなんだよな」
別に死ぬわけでもない。蓮はこの時はまだ余裕を保っていた。
「玲奈はジェットコースターよく乗るの?」
「うん、子供の頃から絶叫マシーンは大好きなんだ。ここのジェットコースターは日本最速みたいだしすごく楽しみ!」
「そう、それは気が合うわね。私も実は絶叫マシーンは結構好きだったりするの。実はこれも何度か乗ったことあるんだけど、リニューアルしてスピードがさらに上がったみたいね」
「へー、そうなんだ。愛梨は今まで乗った中で何が一番怖かった?」
相川と柊は同じ部屋で一夜を共にしたためか、気がつけば下の名前で呼びあうほど仲良くなっていた。
蓮はミッキーをちらりと見た。
さっきから一言も発さず、目をつぶり瞑想をしている。
蓮たちが列に並び待機していると、少しは離れた位置にあるレールにとてつもない速さで乗り物が横切ると共に乗客の悲鳴を置き去りにした。
「いいアイデアよね。わざと待機する場所の近くを通過するようにして乗車前の客の恐怖心を煽る。そうすれば期待値が高まるし」
「へー、そんな策略があったのか」
蓮は相川の雑学を聞いてなるほどなと思った。
「知らない。適当に言ってみただけ」
「なんだよ、違うのかよ」
蓮はミッキーをちらりと見た。
両手を胸の前で握りしめ、何かに祈るように天を仰いでいた。
「あっ、僕たちの番きたみたいだよ」
零がそう言うと前の列が次々と進んで行く。
蓮たちは貴重品を預け乗り物に乗り込む。
係員が安全レバーがしっかり作動しているか確認した後、乗り物はゆっくりと動き出す。
すると、突然蓮は肩を軽く叩かれた。
隣に座っていた零を見る。
「どうした?」
零は柔らかい表情を浮かべると、
「ここだけの話なんだけど、このジェットコースター何年か前に事故で死人が出てるんだよね」
突然、恐るべきタイミングで衝撃の事実を告白する。
余裕を持っていた蓮の心が恐怖に支配される。
てか、そんな重要なこと乗る前に言えよ!!
「えっ!? それってマジーー」
喋り出すと同時に乗り物が急加速し蓮の言葉を遮った。
「うおあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
蓮は自分の口から出たとは思えないほど絶叫した。
死ぬ、死んでしまう!
あっという間だった。
あまりにも早すぎるため体感的には1分以内にコースを一周したような気がする。
生きてて本当に良かった。
乗り物が停車した後、蓮は生まれたての子鹿のようにガクガクと膝を揺らし降りた。
零と相川は涼しい顔をしている。柊に至っては笑顔だ。
蓮はミッキーをちらりと見た。
ミッキーは気を失って座席に取り残されていた。
従業員逹が慌てたようにかけつけると、ミッキーは突然「うおおおおおお!!!」と時間差で絶叫した。
その鬼のような形相をしたミッキーを見て従業員が絶叫する。
無事に生還した後、階段を降っていくと小さな広場に出た。そこには巨大なモニターが掲示されていて絶叫マシーンに乗っている乗客の表情が映し出されていた。
零と相川はまるで自宅にいるんじゃないかというくらい穏やかな表情をしていた。柊は両手を上げて満面の笑みを浮かべている。ミッキーは鬼の形相で安全バーにしがみついていた。蓮はというと、歯を食いしばり見るに耐えない形相で安全バーを握りしめていた。
「あっははは、蓮くんってば、なんてひどい顔してるの」
柊が蓮の顔を指して笑いだした。
「仕方ないだろ。だってこいつが乗る前に変なこと言うから」
蓮は零を指差し抗議する。
「ああ、あれ嘘だよ」
零がさらりと言う。
「はあ!?」
「いや、蓮くんがあまりにも余裕ぶっていたからついイタズラしてみたくなってさ」
「てっめ、ふざけんな! 俺はマジで死ぬかと思ったんだぞ」
蓮は肘で軽く零を小突く。
「あっはは、ごめん、ごめん。でもすごい面白かったよ」
そうやって笑い合いながら絶叫マシーンやお化け屋敷などを回っていると午前はあっという間に過ぎた。
遊園地で昼食を済ませた後は自由行動だ。
当初の予定通り二手に分かれて行動することにした。
蓮と柊は刀展示展に、他の3人はグルメ街で食べ歩きに行くこととなった。
「すごい楽しかったね。私このグループで本当に良かった!」
「最初はあんなに拒絶してたくせによく言うよ」
「むぅ、意地悪言わないでよ。あの時はただ恥ずかしくて……」
「はははっ、冗談だよ。わかってるって」
柊は無言で蓮を軽く小突いた。
「あのさ……、私あの時レプシードになって良かったかも知れない」
「はっ? 何を言い出すんだいきなり」
「だって、あの時レプシードにならなかったら、こうしてみんなと出会うこともなかったじゃない? たぶんあのままだったら、ずっと部屋で引きこもって一人でうじうじしてたと思う」
「まあ、わからなくもないけど。そういやお前ずっと引きこもってたのによく学校来ようって決意したな」
「うん、あの時はせめて命の恩人かも知れない人にお礼言わなきゃって思いが強かったから、それに……、私が蓮くんに浄化された時、スッキリした。ううん違う。なんていうか心の突っかかりが取れた気がしたんだ。それでちょっと勇気出してみたの」
「そうか」
蓮はあの時のことを思い出して微笑んだ。
今思えば、柊はあった時と比べて随分と変わったと思う。
明るくなったことも確かだが、何より心の奥底から笑うようになった気がしていた。
蓮は展示されている一本の日本刀を見つけると近寄った。
そして展示されている刀をあらゆる角度から、舐め回すようにジッと見つめた後、両手で見えない何かを握るような動作をした。
「蓮くん、ここに来た目的ってもしかして」
「ああ、実物を見た方がイメージしやすいからな。この前みたいな強敵がいつ現れるか分かんないしな」
「素晴らしいのです。向上心はとても大切なのです」
「だろ! もっと褒めてくれたっていいんだぜ」
「調子にのるななのです。よくよく考えてみたら当たり前のことなのです」
「いや、おい。お前本当に可愛げがないな」
「あははっ、でもシロって少しスパルタなところあるよね」
「そんなことないのです」
「何か、私シロと久しぶりに話した気がする」
柊がシロを見つめて言った。
「まあ、学校でみんなのいる前で話すわけにはいかないしな」
「……」
普段はよく喋るシロは珍しく黙りこくっていた。
「どうしたシロ、今日はやけにおとなしいじゃないか?」
蓮が問うとシロはゆっくりと口を開いた。
「私は一体何者なのでしょうか? 私は自分がわからないことが怖いのです。大切なことは思い出せないし、私は一体何のために生まれて来たのでしょうか?」
「シロ……」
柊が悲しそうに声を漏らした。
「案外、何でもないただの人間だったりしてな」
蓮は辛気臭い空気をかき消すように適当な調子で言った。
「人間……、私がですか?」
シロが首をかしげる。
「ああ、お前自分が神様みたい存在かも知れないとか言ってたけど、こんな生意気でいい加減な神様いてたまるかよ。お前は俺と同じだ。少なくとも俺はお前のこと人間だと思ってる」
「私は人間……、私もそれがいいのです。人間になって蓮たちと一緒に遊んでみたいのです」
「ああ、きっとお前は人間だよ。そのうち人の姿に戻ってみんなに見えるようになった時は、修学旅行じゃないけど、みんなでどっかに遊びに行こうぜ!」
「うん、そうよ! 私もシロはきっと人間だと思う。私シロが人間に戻るまでいっぱい楽しい計画考えとくから、早く人間に戻ってね!」
「蓮、玲奈……、そうなのです! 私はきっと人間なのです! 絶対約束なのです! 私が人間に戻ったら絶対にみんなと遊ぶのです」
「ああ、その前にまず、犯人を探すついでにお前の記憶を取り戻さないとな」
「はいなのです!」
シロは明るく鳴いた。
午後の時間もあっという間に過ぎ、旅館に戻ると何故かクラス全員が広い部屋に集められた。
一人の教師がみんなの見える位置に立つと、マイクを持ち「えーとこれから持ち物検査を始めます」と言った。
どうやらタバコなどを持ち込んだ生徒が多数いたため急遽持ち物検査をすることにしたらしい。
蓮はそばにいた相川を見た。
顔は青ざめ、手は震えている。
嘘だろ。やめてくれ!
相川は生徒会長で全校生徒の規律となる存在だ。
そんな彼女の秘密が表に出ると周りの人間がどんなリアクションをするかは容易に想像がついた。
相川は真面目な自分を演じきり、誰にも趣味がバレないよう隠し通していた。
蓮に自分の趣味がバレたかも知れないと思った時だって、かなり動揺していた。
誰にも知られたくない事実をみんなの前で晒される。
そんなの相川のもっとも恐れていることに決まってるじゃないか。
やめろ、やめてくれ! お願いだ!
しかし、無情にも教師は相川の持ち物を漁る。
どうにもできない、相川はその光景は黙って見つめている。
そして教師は相川の秘密を取り出し「何だこれは」と声を上げる。
あの真面目な生徒会長が「何か持って来てはいけないもの」を持ち込んでいると興味を抱いた生徒たちが群がる。
そして「嘘、何あれ。気持ち悪い」「おい、あれってBLってやつだろ。生徒会長は腐女子だったのか」「うわー、あんな気持ち悪い趣味持ってたなんて幻滅するわー」「手書きって(笑)まじウケるんですけど」「真面目なふりして変態だとは思わなかったな」
生徒たちが騒ぎ出す。心のない言葉の雨はやがて不可視の矢となって相川の胸に突き刺さる。
相川のすすり泣く声が聞こえた。
蓮は堪えきれず、気がつけば部屋中に響き渡る大声で叫んでいた。
「うるせぇお前ら! 相川のこと、よく知りもしないくせに勝手なこと言うな! そうやって上っ面だけで何でもかんでも決めつけやがって! イラつくんだよ!!!」
蓮の突然の暴走に静まり返る。
教師たちは慌てて蓮を取り押さえる。蓮の暴走が原因で荷物検査は中止となり、生徒たちは部屋に戻されることとなった。
蓮は去り際に柊に「柊、相川を頼んだ」とだけ伝えた。
結局その日、相川は一度も部屋から出ることはなかった。
蓮はスマホを取り出し相川にメッセージを送った。
「悪い、本当はお前の趣味知ってたんだ。でもあんな奴らの言うこと気にするな。誰が何を好きだろうとお前の勝手だ。それに誰だって人に言えない秘密は抱えてるもんだ。あまり思い悩むなよ」
返信はなかった。




