第12話 修学旅行1日目 ーあらぬ誤解ー
旅館に着き点呼を終えると蓮たちは部屋に向かった。
男子と女子は部屋が別々のため柊と相川とは別れることになった。
贅沢なことにグループごとに部屋が用意されている。部屋は少しせまめだが3人なら十分な広さだ。
部屋から海が見える和室はとても居心地が良い。
「飯まで時間あるし、先に大浴場でも行くか?」
「そうだな、特にやることもないしな。零は体調大丈夫か?」
「うん、もう大丈夫だよ」
「うっし! それじゃあ、大浴場行くとすっか!」
蓮たちは小さな袋に着替えを詰め、浴衣に着替え始めた。
ふと視界の隅に浴衣を羽織ってる途中の零の後ろ姿が見えた。浴衣の隙間からは背中が見えている。こいつ何て白い肌をしてるんだ。
本当に男だよな?
零はサイズが少し小さめの赤い浴衣に着替えていた。蓮は中くらいのサイズの青、ミッキーは一番デカイサイズの灰色だった。
蓮は零の浴衣姿を再度、上から下まで確認する。細身のためか胸元は少しゆったりしている。
なんかもうエロい。この学園の誰より色気がある気がする。
「蓮くん、どうかしたの?」
蓮の視線に気づいた零が不思議そうな顔で見つめてくる。
「いや、なんでもない。そんなことより大浴場行こうぜ」
まあ、風呂入ればこいつが男かどうかすぐわかる。
蓮たちは部屋を出て大浴場へと向かった。
大浴場へと向かう途中、蓮は忘れ物に気づいた。
「悪い、忘れ物したから先に行っててくれ」
「何だよ、忘れ物って?」
「シャンプーだよ」
「シャンプー? そんなの普通に風呂行けばあるだろ?」
「いや、大浴場に置いてあるのって大抵リンスインシャンプーだろ? あれ髪がバサバサになるからあんま好きじゃないんだよ」
「よくわからんこだわりだな。俺は洗えれば何でもいいぜ」
「まあ、とにかく二人とも先行っててくれ」
蓮は部屋に戻り、大きめのバッグを漁った。
しかし、目的のものは見つからない。
「あれ、おかしいな。こっちに入れたと思ったんだけどなあ、もしかしてあっちか」
蓮は小型のリュックサックのジッパーを開けた。
リュックに手を入れ掴んだものを取り出す。
何だこれ? こんなもの入れたっけな?
蓮は小さな布を取り出すとそれを広げた。
その布は蓮のリュックの中にあるはずのない代物だった。
それはスケスケでピンク色のかなり際どいデザインの女性下着だった。
「何んてエロい下着だよ。てか何でこんなもの俺のリュックにーー」
蓮は、はっとあの時の光景を思い出す。
相川は蓮と同じ種類のリュックを持っていた。
これはきっと相川のリュックだ。
でも何故だ。
あの時、リュックは確かに相川の手前にあったはずだ。間違えるはずがない。
いや待てよ……、そういえばバスが急ブレーキした時微妙に荷物の位置がずれていたような。
ま、まずい!
荷物が入れ替わったってことは、相川が俺のリュックの中身を見ている可能性が非常に高い。
なんてこった。
あまり人に見られたくないものが入っているというのに……
あの中には、今朝学校に行く前に買ったばかりの「乳が如くー失われた桃源郷ー」の最新刊が入っている。
疑うことのない名作なのだが表紙があれなばかりに、あらぬ誤解を生む可能性が高い。
いかん、早く取り戻さなければ!
蓮は急いでリュックを閉じ相川に連絡しようと思ったとき、リュックに入っていた一冊の本が視界に入った。
手書き?
蓮は気になりそれを手に取った。
「何じゃこりゃあ」
手書きの本の表紙には屈強な男と少し細身な男が抱き合っていた。しかも全裸で。
とても誰かに似ている。一人は間違いなくミッキーだ。
もう一人は……、残念なことに蓮によく似ていた。
端っこには小さくペンネーム:アイアイと書かれている。
蓮は恐る恐るページをめくる。
そこには良い子は絶対に見てはいけないほどの過激な表現および、不適切な言動が含まれていた。
え? なにこれどういうこと?
何で相川のリュックの中にこんなものがーー
そう思いかけた瞬間、蓮の頭にあの時の王様ゲームの光景が蘇る。
点と点は繋がりある一つの真実が導かれる。
相川はホモ好きの変態だったのだ。
絶対そうだ。そうとしか考えられない。
今思えば、蓮たちのグループに入ったのも創作意欲を掻き立てるための策略だったのだ。
こんな代物がここにあるのはヤバイ!
万が一誰かに見られでもしたら……
そう思った瞬間蓮の後ろからドサッと何かを落とす音が聞こえた。
蓮は音の発信源を辿るようにゆっくりと振り返る。
そこには着替えの入った小袋を落とし、今まで見たこともないような驚愕な表情を浮かべる零の姿があった。
「お前何でここに……、あっ、いや違うんだこれは!」
蓮は第一声を完全に間違えたと思った。
まず最初に言うべき言葉は事実の否定からだった。
これじゃあ、まるで悪事を暴かれた人間のセリフだ。
「貴重品を金庫に入れるの忘れたかなと思って戻ってきたんだけど……、ごめん邪魔しちゃたみたいだね」
蓮は脱兎の如く飛び上がり、早足で逃げようとする零の両肩を掴んだ。
「違う違う! 零お前は大きな誤解をしているぞ! いいかよく聞け。まず俺はホモじゃない」
「あ、うん。そうなんだ」
零は蓮から目を反らす。
「おい、お前信じてないだろ! 違うあれは相川の荷物なんだ。俺と相川のリュックが同じだってことは知ってるだろ。何ならあのリュック見て確認してみろ。女物の下着が入ってるはずだ!」
「えっ? 蓮くん、女物の下着まで履くの!?」
「違うわ! なに聞いてたんだお前! 変態か俺は!? 少し落ち着け、普通に考えて俺が履くわけないだろ?」
しかし、この時落ち着きないのは明らかに蓮の方だった。
「うん、わかったからちょっと落ち着いて」
説得すること約15分。
ようやく零は信じてくれた。
「やっとわかってくれたか。お前以外に疑り深いな」
「いやあの状況見たら、誰もが疑うでしょ」
「まあ、それは確かに……」
「できるだけ、早めに相川さんと連絡とった方がいいかもね」
「ああ、そのつもりだ。さっきメッセージを送っておいた。まだ返事はないが……」
「そう。焦ってもしょうがないしとりあえず、お風呂入ってゆっくり待つのもいいんじゃない?」
「それもそうだな」
蓮はこの際、「乳が如くー失われた桃源郷ー」を見られても構わないと思い初めていた。こっちは遥かにヤバイぶつを見せられたんだ。
蓮は大浴場に入り、気長に待つことにした。
「ん、零どうした? お前行かないのか?」
歩き出した蓮を見守るように零はその場に止まっている。
「あ、いや、何か急に調子悪くなってきたから、今日はやめとこうかな。この部屋シャワーついてるみたいだし……」
「そうか……」
こいつまさかまだ疑ってるんじゃないだろうな……
蓮は今度こそ大浴場に向かった。
大浴場は広く室内と屋外に分けられてた。
蓮は体を洗った後、露天風呂に向かった。
露天風呂は貸切状態で奥にはミッキーがいた。
ミッキーは足を組み、両肘を後ろの岩にもたれかかるようについている。
蓮はミッキーの近くに移動し湯に浸かった。
「お前RPGのラスボスみたいだぞ」
「ん、そうか? ってあれ零くんは?」
「ああ、何か調子が悪いんだとよ」
「何だよ、楽しみにしてたのに」
ミッキーが不満げに呟く。なにを楽しみにしていたかは聞かないでおこう。
「俺さ実は零くんは本当は女じゃないかと疑ってるんだ。蓮お前はどう思う?」
「さあ、どうだろうな」
蓮はゆっくりと湯に浸かり疲れを癒した後、部屋に戻ることにした。
部屋に戻ると着信が13件あった。
全部相川からだった。
そして今14回目のコールが鳴った。
蓮は電話に出た。
「暁くん、今すぐ会えるかしら」
「ああ、わかった」
短い通話を終えると蓮は言われた通り旅館のロビーに行くことにした。
「中身見た?」
相川はすごい勢いで蓮に顔を近づけた。
近い。相川は性格はあれだが、間近でみるとかなりの美人なため蓮は少し恥ずかしくなった。それに風呂上がりのためかシャンプーの甘い香りがする。
「近い、お前少し離れろって」
蓮が手で制すると相川は軽く後ざすった。
「で、中身は見たの?」
いつもの様子とは違う明らかに動揺した様子の相川を見た蓮は、一つだけ正直に答えることにした。
「悪い、お前のエッロい下着見ちまったよ」
何も見てないと言えばかえって怪しまれる気がしたからだ。
「本当にそれだけ?」
「ああ、何ならもう1枚くらい見とけばよかったな」
相川は心底安心したように胸をなでおろし、安心したようにいつものように勝ち気な笑みを浮かべた。
「暁くんって本当に変態だよね」
「馬鹿言え、俺に限ったことじゃない。男はみんな変態だ」
「それもそうね」
「てか、そういうお前こそ俺の荷物見てないだろうな?」
「蓮くんはよっぽっどオッパイが好きみたいね。私自分でいうのも何だけどDはあるし、気をつけなきゃね」
「おい、何普通に見てんだてめぇ」
「お互い様でしょ」
そのやりとりがおかしかったのか相川はクスクスと笑い出した。
蓮は相川が笑ってる姿を素直に可愛いなと思った。
そして気難しい顔ばかりしてないでもっと笑ってればいいと思った。




