第11話 王様ゲーム
バス出発の数分前に学校に着くと、すでに学校前の駐車場には大型のバスが3台並んでいた。
蓮は着替えや日用品などの入った大きめなバッグをバスの下にある収納スペースにしまい、小型のリュックサックのみ持ち込みバスに乗り込んだ。
バスに乗り込むと、後ろの席に固まっているミッキー達を見つけた。
「遅い、暁くん! 出発まで後5分よ! 何してたの? 社会人は10分前行動が基本よ」
「いや、俺別に社会人じゃないし……」
バスの席は2列、3人掛けだった。
零、相川、柊の順で3人座っている。
その後ろはミッキー、一人だ。蓮はミッキーの隣に座った。
「どうした、遅かったな。何かあったのか?」
「いや、ちょっと野暮用があってな」
「ふーん、そうか」
朝、学校に来る途中、たまたま書店で見かけたそれは蓮が今最も楽しみにしているものだった。それを手に取りレジに並んでいると気がつけばこんな時間だった。
時間になりバスが出発する。
バスが走り出すこと数十分。ミッキーが座席の下を仕切りに触り、
「なあ、これって向かい合わせにできるタイプの座席じゃないか?」
と言った。
「みたいだな」
他の席を見てみるる向かい合わせにしてトランプに興じている生徒達がいる。
「せっかくの修学旅行だ。俺たちも向かい合わせにして何かしようぜ!」
「そうだな」
蓮は前の席に身を乗り出し3人に話しかけた。
「なあ、暇だし俺らの席を向かい合わせにて何かしないか?」
「うん、私はいいよ」
「そうね、修学旅行生らしく遊んでみるのもいいかもしれないわね」
「僕はちょっとやめとくよ」
零を見ると顔色が少し悪かった。
「どうした、大丈夫か零?」
「うん、ちょっと酔っただけだだから大人しくしてれば何とかなると思う」
「ミッキー確か酔い止め持ってたよな?」
蓮は後ろを振り返った。
「ああ、あるぜ。トロピカルマンゴー味だけど構わないか?」
今の酔い止めはそんなに味のバリエーションが豊富なのか。
「ありがとう、ミッキー助かるよ」
「俺たち親友だろ? いいってことよ!」
零はミッキーから酔い止めを受け取るとそれを口にした。
蓮たちはひとまず席を向かい合わせにして荷物を端にまとめることにした。
そこで蓮はあることに気づく。
「相川、そのリュック俺と同じやつじゃないか。間違わないように気をつけなきゃな」
「そうね、じゃあ手前にあるのが私のね」
「おう」
調子の悪い零は眠っているため、とりあえず4人で何かをすることにした。
「何する? 俺トランプなら持ってきたけど?」
「トランプか。ババ抜きか大富豪でもするか?」
「私、ババ抜きならルール知ってる」
「それじゃあ、ババ抜きにーー」
ミッキーが言いかけたところで、
「ちょっと待って、それじゃありきたり過ぎてつまらないわ、王様ゲームなんてどう?」
そう言って相川は2本の割り箸を出しにやりと笑った。
こいつ真面目そうに見えて意外とノリがいいな。
蓮は相川の意外な一面を見て正直に驚いた。
「いいな。それはそれで面白そうだ」
「オッケー、乗ったぜ!」
「王様ゲームちょっとやって見たいかも……」
「それじゃあ、決まりね!」
相川は二膳の割り箸を割4本の棒を作ると一本の先端を赤くマーキングし他の3本には1、2、3と先端に番号をふった。
4本の棒を空のお菓子の箱に突っ込み先端を見えないようにして4人でいっせいのせいで棒を引く。
「王様だーれだ?」
「私」
にやりと相川が笑う。
「そうね、まずは最初だし2番と3番がディープキスでもしてもらおうかしら?」
「アホかてめぇ! 風紀乱れまくりじゃねぇか!」
蓮はキレた。
相川はいつも正しいこと言ってるけど、この場においては間違いなく自分が正しいはずだ。
ちなみに蓮は2番だった。
「むっ確かに、じゃあ仕方ない2番と3番でハグして」
いや、仕方なくねぇよ。
「まあそれくらいなら、誰だ3番?」
蓮は2番の棒をみんなに見えるよう掲げた。
「俺だ」
ミッキーがゆらりと立ち上がる。
「お前かいっ!」
蓮はミッキーと一ミリも嬉しくない抱擁をさっと済ませる。
相川は罰ゲームを受けている蓮を見てニヤニヤしていた。
見てろよ。絶対に復習してやるからな。
2回戦目。
「王様だーれだ?」
「あっ! はい私」
柊がビシっと可愛らしく手をあげた。
「うーん、どうしようかな? じゃあ1番が3番にアルゼンチンバックブリーカー」
柊が無邪気に言う。
「いや違う違う! 王様ゲームってそんな野蛮なゲームじゃないから! 走行するバスの中でアルゼンチンバックブリーカーされてる人間見たいか!?」
蓮は思わず突っ込む。
どうしたら、そんな奇天烈な発想が生まれるのか疑問しかない。
この中にまともな思考を持った人間はいないのか?
「おかしいなあ? この前読んだ漫画で王様ゲームの定番はブレーンバスターとアルゼンチンバックブリーカーだって言ってたんだけどなあ」
「そんなわけあるか! とにかく別のだ」
「うーんじゃあ、1番が零くんの顔に落書きする」
「意外と容赦ないなお前」
無抵抗の人間、ましてやゲームに参加していない人間が罰を受ける。
これほど理不尽なことあるだろうか?
「すまねぇ、零くん。せめてもの情けだ。可愛くしてやるからな」
ミッキーは立ち上がるとプルプル震える腕で零の顔に落書きした。
零の右頬にはロープに首をつられにっこりしている猫が描かれている。
首を吊られているのに笑顔を保つ猫はいったいどういう心境なのだろうか?
3回戦目。
「王様だーれだ?」
「私」
「またお前かよ!」
相川は相変わらず、引きが強かった。
「そうね。じゃあ3番が1番にかんちょう」
「実行する相手によっては現行犯逮捕のやつじゃねぇか!」
ちなみに3番は蓮だ。
「その時はその時だわ。誰1番、3番?」
マジでお前、昨日見せた倫理観どこに置いてきた!?
ミッキーがすっと立ち上がる。
「俺が1番だ」
「またお前かよ!」
蓮がミッキーにかんちょうをお見舞いする。
ミッキーは「あっ」と声を漏らし膝から崩れ落ちる。
まさに地獄絵図。こんなことをするために修学旅行に来たわけではない。
そんなやりとりを見て相川はニヤニヤしていた。
おかしい、何かわからんが奇妙だ。
なぜ、相川が王様になった時に限って蓮とミッキーが罰ゲームを受ける。偶然にしては出来すぎている気がする……
そこで蓮はある一つの可能性に至った。
この勝負は仕組まれている。カラクリはわからんが相川は何らかの方法で番号を把握している。
だが、イカサマは見破れなければイカサマではない。
さらにそれをいいことに相川は蓮の期待している甘い幻想を打ち砕き楽しんでいる。
くそっ、絶対に王になって何が何でも辱めを受けさせてやる!
蓮は決意すると同時に自分の中にある復習という名の炎が激しく燃えていることに気づいた。
4回戦。
「王様だーれだ?」
「俺だ」
蓮は狂気に口を歪ませ赤くマーキングされた棒の先端をみんなに見せつけた。
「蓮くん、ちょっと顔が怖いよ」
柊のつぶやきを聞き流し、蓮は思考した。
王になったはいいが、相川の番号がわからない。
何番だ? 確率は3分の1。
どうにか復習してやりたい。くそっ! どうすればやつの番号を知ることができる?
すると頭を悩ませる蓮に悪魔の囁きが聞こえた。
「蓮、私はみんなの番号を知ってるのです。番号を教えてやってもいいのです」
何だと?
シロの声が聞こえる柊の「あっ! ずるい」という視線を感じたような気がしたが無視する。
「ただし条件があるのです。私にお菓子を全部譲るのです。そうすれば教えてあげてもいいのです」
「オーケー、さーて罰ゲームは何にしようかな?」
蓮は契約成立だ言わんばかりに片手を上げ独り言のように呟いた。
「契約成立なのです。1番はミッキー、2番は相川、3番は玲奈なのです」
2番か。
さてどうしてやろうかな。
蓮はふと相川の目の前にある飲みかけのイチゴ牛乳のパックを見た。
よし、これで行こう。
「よし決めた、2番がそこにある。イチゴ牛乳を鼻から全部飲んでもらおうか」
ざまあみろ。女子にとってこれほど下品で屈辱的なことはない。
さあ、地獄に落ちろ相川!
「私だわ」
相川は手を挙げ、目の前のイチゴ牛乳を手に取り、迷わず鼻に突っ込んだ。
そしてずずずっと凄まじい勢いでそれを鼻から吸引する。
その場にいた誰も驚愕の表情で相川を見た。
「これでいいかしら?」
相川は勝ち誇った表情で紙パックを逆さにして空であることを証明した。
ば、馬鹿な……
こいつには羞恥心というものはないのか?
てかなんだその。変わらないただ一つの吸引力は!?
一吸いで全部飲み干すなんて普通の人間じゃない。化け物かこいつは。
5回戦目
「王様だーれだ」
「お、俺だ」
ミッキーが手を上げる。
「そっそうだな。じゃあ1番と2番でポッキーゲーム」
乙女か!
まあ、でも今までのに比べれば至って健全なのでよしとしよう。
蓮は1番だった。
「1番と2番だれ?」
相川が確認する。
「俺だ」
「わ、私」
柊が恐る恐る手を挙げた。
「おう、お前か」
蓮は余裕を持ってクールぶってはいたが内心少し動揺していた。
「じゃあ、私がポッキー先に加えるね」
そう言って、柊はポッキーの先端を小さな口で加えた。
よっぽど、恥ずかしいのか顔は真っ赤で視線を泳がせている。
やめろ、そんな感じで来られるとこっちも緊張する。
蓮がポッキーの先端を加えた時、突然バスが急ブレーキをかけた。
想定街の事態に蓮はそのまま前に倒れ込み柊を抱き込むような感じになった。
目をゆっくり開けるとあと数センチで唇がくっつきそうな距離にある柊の顔があった。
「わ、悪い!」
蓮は慌てて柊から距離を置いた。
柊は顔をゆでダコのように赤くして放心状態だった。
「暁くん、バスがブレーキ踏むタイミングを狙ったわね?」
「そんなわけあるか! 超能力者か俺は!? 悪かった柊あれは事故なんだ」
柊に声をかけるも、煙をふいてショートした機械のように動かない。
そんなやりとりをしていると、外の景色を見ていたミッキーが声をあげた。
「おっ? 旅館が見えてきたぞ」
「それじゃあ、勝負は一旦お預けね」
バスが旅館に到着すると、蓮逹は荷物を取り旅館に向かった。




