第1話 おしゃべりなカラス
世の中に人の言葉を喋るカラスはいるだろうか?
答えはイエスだ。
何故なら今、蓮の目の前に人の言葉を話すカラスがいるからだ。
世の中には訓練次第で人の言葉を真似ることができる鳥は確かに存在する。
しかし、蓮はここまで流暢に人の言葉を喋る鳥を見たことがなかった。
そもそも、蓮の知っている知識の中ではカラスは人の言葉を真似することができない鳥類にカテゴライズされている。
ほっぺを思いっきりつねって見る。痛い。
どうやら夢ではないらしい。
だとしたら幻覚だろうか?
「あの、人の話を聞いているのですか?」
真っ白い一羽のカラスが首を傾げながら蓮に話しかけてくる。
いや、そもそもお前人じゃないだろうというツッコミは放っておいて蓮はとりあえず、さっきからずっと話しかけてくるカラスに返答してみることにした。
「うんちょっと待って。色々疑問はあるけどまずお前は何なの?」
「見ての通りなのです」
「見てわからないから聞いているんだけど……、それにさっきから世界を救うだとかなんだとか訳のわからないことを」
蓮は頭を抱えた。日頃の小さなストレスが積み重なり、自分はとうとう頭がおかしくなってしまったのではないかと本気で心配した。
「はい、私の直感に間違いはないのです。あなたは選ばれたのです。あなたには世界を救うという大きな使命があるのです」
「なるほど、ちょっと言ってる意味がよくわからないから他をあたってくれ」
やっぱり、幻だ。カラスがこんな流暢に喋れるわけがない。蓮は頭を現実に戻し幻を無視して、学校へと足を向けた。
「ちょっと待つのです! ちゃんと話を聞くのですー!」
カラスがバサバサと羽を動かし必死に自分の存在をアピールするように蓮の視界に入ってくる。
「うわ、ちょっ、馬鹿お前やめろ!」
蓮はカラスを追い払うように手をバタバタと動かしていると、クスクスと笑い声が聞こえた。
周囲を見渡すと、同じ学校の生徒が蓮をまるで奇人を見るかのような冷たい視線をぶつけていた。
蓮は突然、自分が恥ずかしくなり、姿勢を正し歩を強めた。
「ちゃんと人の話を聞くのですー!」
カラスはしつこく付きまとってくる。
「来んな! お前がこっちくると目立つんだよ!」
「心配ないのです! 普通の人には私の姿は見えないし、声も聞こえないのです」
「俺が普通じゃないってことか!?」
「そうなのです。普通じゃないのです」
なんで朝っぱらから、変なカラスにつきまとわれなければいけないのだろう?
「ちょっと、疲れたのです。休憩です」
するとカラスは蓮の肩に乗っかり羽を休めた。
「うお! お前、気安く人の方に乗っかるんじゃねぇ」
「人の話を聞く気になりましたか?」
カラスが肩に乗っかったまま蓮に顔を向けた。
蓮は奇妙なカラスのしつこさに負け話を聞いてあげることにした。
「はいはい、聞けばいいんだろ! でも今忙しいから後でな!」
学校が終わったらとりあえず、精神科に行こう。
蓮は強く思った。
残念なことに、この変なカラスは本当に蓮にしか見えないらしい。
普通白いカラスを肩に乗せた奇人が歩いていたら誰もが目を向けるだろう。
しかし、ほとんどの人間が特に気する様子もなく、蓮の横を通り過ぎていった。
そこにはまるで何も存在しないかのように。
現実感のなさに蓮は思わず、ため息をついた。
「何だか元気がないのです。世界を救う人間がそんなのじゃダメなのです」
「まず、俺世界救うなんて一言も言ってないからね」
蓮は周りから変に思われないようなるべく小さな声で喋った。
「ダメです。救うのです」
「あのさ俺に選択権はないわけ?」
「ないのです」
カラスはきっぱりと言った。
「ああそうですか。てか救うも何も俺はどうすればいいわけ? 空から恐怖の大魔王でも降ってくるの?」
蓮は呆れ半分で口を開く。
「ちょっと何を言ってるかわからないのです。気は確かですか?」
「ああっ! うっぜぇな! 確かなわけないだろ。こんなわけのわからない状況で普通でいられるかっての!」
蓮はこの世の何よりも意味不明な生き物に素で返され思わずキレる。
何を言ってるかわからないのはお前だろ!
「とりあえず、落ち着くのです。今世の中でとてもよくないことが起こっているのです」
「へー、変なカラスに絡まれるとか?」
「私はカラスではないのです!」
「じゃあ、お前は何なんだよ?」
「私は……、わからないのです」
「はあ? 自分のことだろ?」
「それが思い出せないのです……、覚えているのは私がとにかくすごく偉いのです。そして世界を救うためにあなたを見つけたのです。あなたには協力してもらわないと困るのです」
気分が沈んでいるのかカラスの声がワントーン下がった気がした。
「わかった。とりあえず、お前が何者かはおいておこう。それで、俺は具体的に何をすればいいわけ?」
「この先、きっとよくないことが起こるのです。その時が来たら私と協力して欲しいのです」
朝っぱらから不吉なこと言うなよ。
「もし断ったら?」
「死ぬのです」
「誰が?」
「世界中の人間がです」
「なるほど、それは大変だ」
蓮はこの時はただの戯言だと思い特に気にしていなかった。