3 【弱くてニューライフ】
「...!」
何だ、声が聞こえる
「お...て...!」
お手...?いや違うか
俺どうしたんだっけ...ああそうだ、仮面の男に落とされたんだっけ...
「起きて...!」
起きて...?そうか、俺は異世界に転生したんだっけ
「...マスター...!」
マスター?なるほど、気を失っている主人公をヒロインが起こしに来て主人公が目覚めるパターンか
と言うことは、この子は...可愛いメイドちゃん!?
俺はガバッと起き上がって目を開ける
「あら、おはようございます、マ·ス·タ·ー」
「あぎゃ△●Ω×☆√♭!?」
耳元で囁かれた俺の体を震わせた語尾にハートがついてそうなセリフに俺は言葉にならない絶叫を上げた
「...貴方のような人種はこのようなセリフを喋る声優達の声で朝は目覚めるというのが習わしなのでは?」
声の正体はこの、謎の仮面の男(自称:神)だった
「そそそそんな野太い声をアラームにして寝る習慣は少なくとも日本にはねーよ!寒気を通り越して蕁麻疹でたぞおい!?」
俺は着ていたジャージの袖を捲り、ブツブツした肌を見せる
「そんな汚物見せないでください」
仮面の男は立ち上がるなりゴミを見るような視線を送りつけた
「お前の汚水染み込ませたような声もききたかねーよ!?」
「そうですか、これからゲームの説明をしようと考えていたのですが、必要無いなら仕方がありません、帰ってテレビ見ます」
突如空間に穴が開き、そのなかに入っていく仮面の男
「まーてまてまてまって!置いてかないで!聖水のように透き通ったお声をお聞かせください!」
俺は置いていかれる危険性を排除しようと仮面の男を力ずくで引き留める
「そこまで言われては、しょうがないですねまったく」
フン、と息をはく男
いつかその息さえも吐けなくしてやる...!
「えー、それでは、これから異世界、ラグナロクの案内を始めたいと思います、ナビゲーションはこの私仮面の男、【デウス】とお呼びください」
仮面の男は初めて名を明かした
「ここからの私は神ではなく、支配人となります、以後お見知りおきを」
どこから持ってきたのかその手にはマイクが握られている
もちろんスピーカーは無いので意味も無い
「分かったから早くしろよ」
「分かりました、ではまず、右手をご覧ください」
俺は右を向いた
「彼方に見えるのは、これから貴方様が領主となって統治します、村でございます」
その村は木柵に囲まれ、一軒家が十数軒ほどしか無い
畑は村の半分程の面積があり、牛等を家畜とする農場が遠くに見えた
「中々良さそうな村だな、名前とかは?」
「ビスケット村、と言います」
美味しそうな名前だな、その内サクサク崩れていきそうだ
「消極的な思考しか出来ないのですか...次に左手をご覧ください」
俺は左を向いた
「そちらは貴方様がこれから村を統治する上での拠点...家にてございます」
「おー」
遠目に見えるだけだが、以外と、大きい、二階建ての家だ
周りは鉄柵囲まれ、年季を感じさせる雰囲気を醸し出していた
「それではこれより、領主家もといユウキ家へのナビを始めたいと思います」
そう言ってデウスは家に向かって歩きだした
俺もそれに付いていく
「右手をご覧ください」
俺は右を向く、首が痛くなってきた
青い色をしたぶよぶよの物体が飛んだり跳ねたりしてこっちに来ていた
「こいつは...スライム...?」
「はい、この世界のスライムにございます」
「へー、やっぱスライムはいるんだなぁ」
俺は指でそのスライムをつつく
「ただ、何卒スライムですので、触れるのはお控えください」
「え」
遅かった、指はスライムの身体に沈み、スライムは取れない
「ちょ、ちょっととれないんだけど!?」
指を振り回すが、取れるどころか手まで飲み込まれそうだった
「火傷にご注意ください」
そう言った仮面の男は指を鳴らす
スライムが、炎上した
「あっっっっっっつううううううういぃぃぃ!!!」
俺はスライムが焼け落ちた後の指を押さえて転げ回る
「スライムはこのように燃やすことが出来ますが、中に入っている物にまでは火が通りません」
俺は指をフーフー息を掛けて冷ました
「熱かったって!どう考えても火傷するわ!」
「では進みましょう」
「いや、無視すんなし」
「余計な事はしないでくださいね?」
「いや、お前が余計何だけど」
▼▼▼▼▼
「到着致しました、領主宅になります」
「おおー!」
その家は若干古びた感じで、レンガでできた家は豪邸よりかは屋敷を想像させた
俺ん家よりでけぇ...!
「さて、では中に入りましょうか」
先導してデウスが歩く
扉の前に来たところデウスは動きを止め、扉を開ける
「...お帰りなさいませ、ご主人様」
扉の奥から俺の事を出迎えてくれたのは...
「め...メイドだぁぁぁぁぁぁぁ!」
俺ご所望の可愛いメイドっ娘だった!
俺は風よりも早く駆け抜け、家の中へ入る
「君、名前は?」
とても凛々しい顔(自称)でメイドの名前を聞く
恥ずかしそうにメイドは顔を俯かせるが、すぐ顔を上げた
「セ、セシル·シルフィードと言います!これからご主人様の身の回りの、掃除やお洗濯、家事を担当します!宜しくお願いします!」
頭をペコリと下げ、笑顔でこちらを見る
む...胸キュン...!
ヤバい、こんなメイドちゃんが俺の身の回りの世話をしてくれるなんて...!耐えられないっ!ついうっかり手を出してしまいそうだ、で、でもメイドはご主人様に精一杯ご奉仕するのが役目だから、別にそんなことしても大丈夫だよね...グヘ、グヘへへへ
「ど、どうされましたか?」
セシルは上目遣いで妄想に浸っていた俺を見つめる
俺は緊張して背筋をピンッと伸ばすが、その眼差しを直視出来ないが故に顔だけは天井を向いてしまう
「ダ、ダイジョウブ、デス」
女の子からこんな視線で見つめられる事なんて無かった俺は緊張のあまり声が上擦ってしまう
だが、夢はまだあるのだ
「オ、オレノコト、マス、ター、ッテ、ヨンデクレナイカナ!?」
3オクターブくらい高くなった声で俺は長年の夢だった、現実で可愛いメイドにマスターと呼んでもらう事をお願いしてみて
セシルはとびっきりの笑顔で
「はい!マスター!」
俺の事をマスターと呼んでくれた
ブッハ...!
俺は鼻血を吹いて後ろ向きに倒れた
あまりの可愛さに俺の非リア脳がショートしてしまったのだ
「もう俺...死んでもいい...!ガクッ」
再び真っ白に燃え尽きた俺には、人生の第1ラウンドの終了を告げるゴングが聞こえてきた
「マスター!?どうしたんですか!?」
「大丈夫です、あの程度では死にませんよ、これからユウキ様をお部屋に連れていくので、先にそちらの方のお掃除をしてきて下さい」
セシルは俺を心配して駆け寄ろうとするが、デウスがそれを抑えてセシルを反転させ背中を押すように誘導する
「で、でもマスターが...」
「あのスケベの阿呆はこちらでお掃除、ゲホン、処理しておくので大丈夫です」
「おい、何も大丈夫じゃないだろ、処理ってなんだ処理って」
俺は咄嗟に起き上がって反論する、鼻血は止まった、幸い絨毯は赤いカーペットだったので血は目立たなかった
セシルは既に居なかった
「ほらさっさと立ってください、時間は無いんですよ」
「何の時間だよ...よいしょっと」
少しふらつくが、普通に歩いたりする分には事足りた
「それではいまからユウキ様のお部屋、もとい領主室へとご案内します」
そう言ってデウスは、目の前の階段を登り始めた
少し遅れて俺も登り始める
「やっぱ芸術品とか、一杯飾ってあるんだなぁ」
壁に掛けられた絵画や、置いてある銅像一つ一つに感心する
「先代領主...この世界においての貴方様のお父様が集めた物ですね、いざとなればそれを売ってお金にも換金出来ますよ」
「そういや、人生ゲームって確か持ってるお金の量でも勝ち負け変わるよな?そこんとこどう勝ち負け判断するんだ?」
デウスは人差し指を立てる
「単純に、最終的な幸福度で判断されます」
「いやだから、それがどう判断されるんだって」
デウスは振り向いて、顔と顔がぶつかる寸前まで顔を近づけてきた
「金、娯楽、権力、優越感、達成感、恋愛、快楽、人生を充実させられる要素全てで判断されます」
ちょっとビックリした
「お、おう...」
デウスは話を続ける
「1ヶ月に1回、その幸福度、もとい人生充実度、もといリア充度を全プレイヤー間で共有するイベントがあります、それを元に、こちらでその時のリア充度ランキングを作らせて貰い、順位に応じてボーナスを差し上げます」
「リア充度って...今そのリア充度を知る方法とか無いのか?」
幸福になる=人生が充実しているってことだからあながち間違ってない...のか?
「ありますよ」
デウスは右ポケットをポンポン
左ポケットをポンポン
お腹の辺りをポンポン
「ビスケットが2つ、ありました」
案の定1個のビスケットが2つに割れていた
「いや、求めてる物と全然ちげーから」
「失礼しました」
デウスはビスケットをポケットに入れた
グシャグシャバキバキ言ってたのは気のせいか...?
絶対気のせいじゃない...
デウスは体中触りまくって、「あったあった」と言いながら懐から一機のスマホを取り出した
「このスマホにインストールされている、リア充度チェッカーで指紋を認証すれば現在の貴方のリア充度が計れますよ、試しに1つ」
そう言って、リア充度チェッカーのアプリを開いたスマホを差し出してくる
「指を押し付けてね!」という女の子の声と、ハート柄の背景に気を取られたが、指紋を認証する
スマホからドラム音が鳴り響き、「デンッ!」と言う音に合わせて、「50てーん!」という判定が女の子の声で下された
%じゃなくて点かよ...!
「声優様に言わせるセリフ間違えてしまったので、そのままにしておきました、%で構いませんよ」
「そのままにすんなし、ガバガバじゃねーか!」
「まぁ、最初はまだ生まれ変わったばかりですし、妥当ですかね、あとこれは差し上げます」
お前と居ると俺は人生が充実しないんだが、と思ったが、言葉にしなくても聞こえるだろうしここは喋らない事にした
受け取ったスマホにアプリはリア充度チェッカーくらいしか見当たらなかった
俺は電源を切ってスマホをジャージのポケットにいれる
「まぁこれからドン底に落とされるんですけどね」
「何か言ったか?」
「いえ、何も」
声が小さすぎてよく聞き取れなかった
詮索するのもめんどくさくなってきたので、聞かないことにした
「さて、着きました、こちらが領主室になります」
話している間に着いたらしい
扉は他の部屋と比べ装飾が施され、高級感を漂わせた
俺は扉を開けようとするが...開かない
引いても押しての上げても下げても開かなかった
「ハァハァ...」
ビクともしない扉を開ける作業に、運動をろくにしていなかった俺は肩で息をする
また、ボタン式って言うんじゃないんだろーな...
「これは押して開く形式のドアですが...どうやらセシルが鍵を掛けてしまったようですね、ああ見えてセシルは天然属性を持っているんですよ」
「どうでもいいよそんな情報、いや、やっぱ教えてくれてありがとう」
「どっちなんですか、まったく」
デウスはため息をつく
「それより、どうするんだ?セシルを探しに行くか?」
「そうですね、私が探しに...いえ、その必要は無いようですね」
デウスはさっき歩いてきた廊下とは反対側に視線を向けた
そこにいたのは、セシルと、黒服と真っ黒なサングラスが似合いそうなゴツい男達と、葉巻を加えて明らかに有害物質を含んだガスのような色をした煙を吐き出しているデブいオッサンだった
「マスター...お客様だそうですが...」
セシルの目にも俺の目にも、そいつらはお客様という立場でここに居ない事は分かっていた
「...お前さんが今度の領主だな?さっそくなんだが、この家と領主という立場は、貰っていくぜ」
何とこのオッサン、俺の家と領主の立場と可愛いメイド(幻聴である)を奪うと言っているのだ
ここはガツンと文句を言ってやんないとな
「ああああああのデデデデデデウスさんんん?これはどどどどういうことでででしょうかぁ???」
「ガツンと文句を言ってやるんじゃ無かったんですか...?」と心を読んだデウスが一言
き、今日の所はこれくらいで勘弁してやるよ!
「ユウキ様、これは強制イベントです、大貧民となった貴方は今から人生のドン底に落ちます」
「ど、どういうことだよ!?」
そう叫んだ時、俺とセシルたちはゴツいやつらに取り押さえられた
「ユウキ様、大貧民は弱くてニューライフ、と言うことです」
...わけわかんねー!!!
そう思った時には俺は窓から黒服達に外に投げ捨てられていた
ちなみデウスとセシルは玄関から丁寧に放り出されたらしい