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ゆりかごの歌  作者: こびんちゅ
1/1

ゆりかご園の家族

日中の外気温は35度を超えた猛暑日、夜中もひどく蒸し暑い日だった。


東京都某所の某施設前。

女はかれこれ1時間は施設を見上げ立ち尽くしていた。


今はグッスリ眠ってくれている…

女は胸元に2人の新生児を抱えていた。


「ごめんね、本当にごめんね、こんな母親でごめんね、たった10日間しか一緒にいれなくてごめんね、ごめんねしか言えなくてごめんね、ごめんね、ごめんね…」


女はそう呟きながら施設の夜間入口に入った。


その場所はすぐにわかった。

壁際に小さな正方形の窓があった。中を覗くとシーツがかけられた小さなベッドがある。

その横の貼り紙が女を躊躇させた。


「この窓は1度開けると自動ロックがかかり、外側から開ける事は出来なくなります。ベッドの様子はモニターで確認しています。3分後に職員が保護致しますのでご安心下さい。プライバシー保護の為、ご両親の撮影はしておりません。どうか、今一度お子様のお顔を見て、思いとどまってはいただけないでしょうか。もう覚悟が出来ているのであれば、さよならではなく、また必ず会いに来ると、お子様に約束していただき、窓を開けてお子様をベッドに寝かせて下さい。」


女は2人の赤子の顔を覗き込んだ。

もう枯れたと思ってた涙が赤子の顔に滴り落ちた。


「…本当にごめんなさい、必ず会いに…いえ、こんな約束も出来ない私をゆるして…」


女は窓を開け、ベッドに1人ずつ寝かせて窓を閉めた。

ガチャっと、自動ロックの音が窓だけでなく、自分の胸も締め付けた。


その瞬間、今までグッスリ眠っていた2人の赤子が泣き出した。


それを見た女はすぐに窓を開けようとするが、もう開かなかった。


どうせなら、どうせなら泣き声も聴こえないようにしてほしかった…

自分勝手な都合だとはわかっていた。


何もかも自分勝手。

そんな自分が「必ず会いに来る」なんて約束出来るはずもなかった。


もうすぐ3分が経つ。


女は呪文のように「ごめんね」と呟きながら施設を後にした。



それから約10年の月日が過ぎた。



今日も慌ただしい1日だった。

授業が終わり職員室に戻った真下光一は、椅子に座るやいなや、胸ポケットから取り出した赤ペンで先程行ったばかりの算数テストの答案をチェックし始めた。


「ん?真下、もう答案チェックしてるのか?返答は来週だろ?」


湯気の立ったコーヒー片手に声をかけてきたのは5年1組の担任、畑中修二。

光一と同期で小学校の教員となり、お互い切磋琢磨してきた仲だ。


「あぁ畑中か、いやちょっと気になる事があってな」


光一はテスト用紙に目を向けたまま赤ペンを走らせた。


「気になる事?まさかカンニングか?」

修二はテスト用紙を覗き込んだ。

そのテスト用紙には光一の赤丸が続いていく。

そして光一はテスト用紙の右上に大きく書き込んだ。


100点


「おお!100点か!凄いじゃないか!うちのクラスも90点台はいるが、100点は初めて見たな。誰だ?この生徒、それと気になる事って?」


フーッと一息ついた光一は赤ペンを置き椅子から立ち上がって修二のコーヒーを奪い取り一口飲んで答えた。


「これ誰だと思う?桐山だよ、桐山。」


「桐山!?桐山ってあの桐山!?」

修二は驚きを隠せなかった。そしてこう続けた。


「やっぱりカンニングか!?そうだろう!?」


しかし光一は首を横に振った。

「違う。あいつの席の周りの生徒はほとんど平均点、又はそれ以下。それにあいつの今の席は教卓の真ん前だ。カンニングは不可能。」


「じゃあ、あいつの実力か…いやまあ今回の算数のテストは勉強頑張ったのかな?」


修二は未だ信じられない様子。


「それが違うんだよ、これを見てみろ。」

光一は数枚の紙を修二に渡した。

それを見た修二の目がだんだんと点になっていくのがわかる。


「な、なんだよこれ、全教科100点?ありえないだろ、漫画じゃあるまいし…」


あまりの驚きに修二の手から滑り落ちそうになったテスト用紙を光一がキャッチした。


「ビックリしたろ?俺は桐山が入学してからずっと担任してるけど、毎年学力が確実に上がっている。そして5年生になった今年からずっと100点だ。ただ、それと同時に問題を起こす頻度も確実に上がってるんだけどな。」


「あの桐山がねぇ、ただの問題児じゃなかったのか。学校終わってから塾とか家庭教師とか?」


「いや、それはない。ほらあいつ、ゆりかごだろ?」


「あ、そっか。てことは天才かな?ははっ、わからねーや、まあお前の教育が良かったことになるじゃねーか。」


修二は光一の背中をバンバンと叩いた。


「いや、俺は教師としてあいつをどう導いてやればいいか毎日悩んでるんだ…」


その時だった。

職員室の扉が勢いよく開き1人の女子児童が飛び込んできた。


「先生!大変です!」


もうこの言葉だけで光一は「ほらきた」と思った。


「体育館でケンカです!6年生の男の子と5年生の…」

と言いかけた時、光一の口から「桐山?」と自然と声が出た。


「そう!桐山!桐山!先生早く行ってあげて!」


やれやれ…と光一は頭を掻きながら職員室を後にした。



体育館には既に大勢の生徒が集まっていた。


「ちょ、ちょっと通してくれ、通しなさい!」


光一が生徒の群れを割って入ると、そこには大柄な生徒と小柄な生徒が胸ぐらを掴み合い、言葉になってない言葉でいがみ合っていた。


「っらぁー!てめぇ次ったらゆっさねーぞ!っらぁー!」


既に何発か殴りあったのであろう、2人の顔は腫れている。


「はいストーップ!ストーップ!そこまで!」


光一はまるで格闘技のレフェリーのように、2人の間に足から入り制止した。


「なんだよ!誰だ先公呼んだ奴ぁ!」


「先公じゃない、真下先生と言いなさい。お前6年生の北川だな?職員室に来なさい」


光一は大柄な北川の腕を掴んだ。


「ちょ、待てよ光一、今いいとこだったんだぜ」


「光一じゃない、真下先生と言いなさい。今日という今日はしっかり理由を聞かせてもらうぞ、桐山」


光一はもう片方の手で小柄な桐山の腕を掴み、そのまま野次馬生徒達をかきわけて体育館を後にした。



職員室には既に6年2組の横山先生が待っていた。

4人は応接室に入り、テーブルを挟んで上座に光一と桐山、下座に横山と北川がソファーに座った。


「じゃ、ケンカの理由を聞かせなさい、まずは北川から。」


「理由?特にないな。こいつら5年のクセに俺らより先に体育館使ってバスケしてたからどけって言ったんだ。そしたらそのバカが突っかかってきたんだ」


「あ?てめ、誰がバカだっ…むぐぐっ」


口を挟んだ桐山の口を光一が塞いだ。


「それでお前から手を出したのか?北川」


「ん、まぁ出したかな。でも最初は軽くだ、軽く頭を叩いた程度だったんだよ。そしたらそのバカがおもっきり顔面殴ってきたから俺もムカついて…」


「でもお前は桐山より1学年上だろ?それに体格も倍近くある。もう6年生だ、来年から中学生だ、ケンカ以外の方法を考えろ。」


光一の説教に北川は少し反省したのか、「わかったよ」とだけ言って下を向いた。


「じゃ、次はお前だ桐山。北川の話の内容で合ってるのか?」


光一は桐山の口から手を離した。


「ぷはっ!はーっ!はーっ!殺す気か光一!あとお前の手なんか臭ぇーぞ!」


「ま・し・た・先生と呼べ」


「うるせー!光一は光一だ!まーだいたいこのデブの話で合ってるよ。こっちゃー楽しくバスケしてたのによ、6年生だからって無理矢理俺らを追い出そうとしたからムカついたんだよ、んで頭叩かれたからおもっきり殴ってやったんだ。ローレンスみたいな右ストレートでよ。」


ローレンスとは、先日TVで放送されたボクシング、WBA世界バンタム級王者のローレンス・フランコの事だった。


「何がローレンスだ、お前はただの小学生だ。それにお前こないだはフィーゴの左フックとか言って他のクラスの男子ともケンカしてたな。」


「いいじゃねーかケンカの1つや2つ。俺は売られたケンカしか買ってねぇし、年下は殴らねぇ。それに今日もこないだもタイマンだ。俺とこのデブの一騎打ちだよ、わかってくれよ光一。」


「全く、お前だけは…」


光一が空を仰ぐと、北川の横に座ってた横山先生が立ち上がった。


「まあまあ真下先生、大事になる前に止めてくれて良かった。北川には私からも言っておきますんで。」


そう言って北川と横山先生は職員室から出て行った。


「じゃあ光一、俺も帰っていいな?今日俺風呂掃除当番なんだよ。」


「はー…お前全然反省してないな、まあ今日はいい。ただし、北川にも言ったがお前もケンカせずに解決する事を1番に考えなさい。わかったか?」


「あーまあボチボチ。じゃあな。」


桐山がソファーから立ち上がった時、光一はテストの事を思い出した。


「そうだ、桐山。今日の算数のテスト、それに昨日の理科と国語のテストだけどな、全部100点だったぞ」


「そうなんか?興味ねーや。」

桐山は特に驚く様子も無かった。


「興味ないってお前、興味ない奴が取れる点じゃないぞ。毎日帰って勉強してんのか?」


「するわけねーだろ!なんで帰ってまで勉強しなきゃなんねーんだよ。宿題ちゃちゃっとやって終わりだよ。俺はこう見えて忙しいんだよ。」


「…そうか、じゃあ先生の授業がわかりやすいのかな?」

光一は自分で言ってて少し照れた。


「いや知らね。ただテストって授業で習ったとこしか出てこねーじゃん。習ったんだから解って当たり前だろ?じゃーな光一、また明日。」


桐山が職員室から出ていくと、数人の仲間が待っていた。


「どうだった?怒られたか?」


「おお、お前ら。どうってことなかったぜ!それより見たかよ今日の俺の右ストレート!あのデブぐらついてたろ!」


「まぁまぁだな、俺の左フックの方が強えぞ」


「なんだと?やるか!?」


「やめとけよお前ら、ほら帰ろうぜー」


「ぎゃははは」



やれやれ、反省してないのが筒抜けじゃないか。

光一は苦笑いしながら席に着いた。


「ご苦労さん、無事解決か?」

修二だった。


「まぁ、解決したようなしてないような・・・だよ。それより、さっきの桐山のテストの件、本人に聞いてみたんだ。」


「おお!なんて言ってた?やっぱ猛勉強してたのか?」


光一は大きく首を振った。


「教えてもらったから答えれて当たり前・・・だとよ。」


修二は開いた口が閉まらなかった。


「天才ってやつ?1回聞いたら忘れないみたいな?」


「かもな。俺もあんな奴始めてだよ。色んな意味を含めてな。」


「天才で、いつも元気で、素直で、喧嘩っ早い・・・」


光一と修二は顔を見合わせて声を揃えて言った。



「女の子なんてな。」


「桐山紗耶子・・・・本当に不思議な奴だ。」



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