第二話 荒屋の花園
二話です!
獣道を抜けた先には木々が割れ開けた空間が広がっていた。
頭上を遮るもののない場所には太陽から暖かな光が差し込み、先ほどまであった湿った空気はない。
ここに来るまでミコトに背負われていたルミアは、少し前から平坦な大地に足を下し軽い足取りで楽しそうに彼の隣を歩いている。
少しすると一軒の建物が見えてきた。
その建物にはツタの葉が上り、屋根や壁にはべニアの板を張って修復された跡がちらほら見える。
廃墟と云うよりも荒屋と云った方がしっくりきそうだ。
「あら? あんなところに物置が――」
「家だ」
ルミアに白い目を向けていると、その物置――もとい家の中から扉が開いた。
すると、フードを被った薄茶色の髪の人形めいた少女が出てきて二人と目が合う。
「……おかえりなさいミコト――その人、誰?」
二人と同い年くらいの幼い少女はか細く平坦な口調で問う。
「あぁこいつはルミア。さっき拾った」
「人を捨て犬みたいに云わないでほしいわ」
「うるさい。それにお前は犬じゃなくて猪だろうが」
「誰が猪よ!」
「自分で云ったろ。何か始めると周りが見えなくなるって」
「むぅ……」
猪と云われて思わず声を上げたルミアをミコトは先ほどの仕返しとばかりに冷やかす。どうやら家を物置と云われたことを相当根に持ってたらしい。
ルミアは恨めしそうにミコトを睨み付けた。
二人のコントを無表情で眺めていた少女は「……そろそろいいかな」とここぞとばかりに自己紹介の挨拶をした。
「……クリスです。ここにミコトとあと二人、仲間と暮らしています」
「あ、ごめんなさい。ルミアよ。ルミア・エルステインどうぞお見知りおきを」
唐突な自己紹介に驚いたルミアは慌てて佇まいを正すとスカートのすそを持ち上げて優雅にお辞儀した。
クリスと名乗った少女はルミアの優雅な振る舞い見て軽く目を見開く。
「……なんだか貴族のお嬢様みたい」
「お嬢様だぞ」
ミコトの発言にクリスの人形のような顔から完全に表情が消える。
「……ちょっと意味が分からない」
「だからお嬢様だって」
「…………」
無言、クリスはミコトに一歩近ずくと、
「イテッイテテテテテッ。何しやがるテメェ!」
ハイライトの消えた感情のない目をして彼の耳を引っ張った。
『……何しやがるじゃないの。どういうことか説明する』
クリスはミコトの耳を自分の顔近くに寄せると彼の耳元でルミアに聞こえないようヒソヒソ声で問う。
『花を摘みたいっていうから連れてきたんだよ。家の裏に沢山咲いてるだろ』
『……意味不明。そもそもどうして連れてきたりしたの。ただの町娘ならまだしも貴族のお嬢様なんて』
クリスはチラリと一瞬ルミアを見て再び話しかける。
一方ルミアは二人がヒソヒソやり取りをしている間、状況が飲み込めず一人ぼ~としていた。
『……まずいじゃない。しかも、エルステインって云った? それってこの地を治めてる領主の家よ。もし彼女の口から私たちのことが知れたら――』
『その辺は大丈夫だ。誰にも話さないと約束してくれた。それにあいつは変わり者だが約束を破るようなやつじゃないと思う』
『……信じられるわけないじゃない。それに彼女、人間なんでしょ』
『………………』
一時の沈黙、ミコトはクリスの言葉を受けて面の下の顔を歪めた。
『はぁ。……済んだことは仕方ない。後でちゃんとティア姉とアルトにも話す。いい?』
『あぁ悪かったよ。』
ミコトの顔は見えないがそれでも反省は見て取れた。
クリスは話はここまでだと、ルミアの方へ向く。
「……ルミアさん」
「はい! 元気です!」
「…………どうしたの急に」
「……いえ……その……ごめんなさい……」
自分のことをそっちのけで話してる二人を他所に、一人飛んでいる蝶なんか眺めてぼ~としていたルミアは急に話しかけられてつい勢い任せにそう叫んでしまった。あまりの気恥ずかしさに顔が真っ赤だ。
クリスは訳が分からないと可愛らしく小首を傾げてから云う。
「……ゆっくりしてって」
「はい。お邪魔します」
彼女はそれを聞くとミコトの方へ戻る。
「……ミコト、私は二人の様子を見に行くから留守をよろしく」
「あいつら今どこにいるんだ」
ミコトはこの場にいない二人のことを尋ねた。
「……街道」
「偵察中ってことか。そう云えば食べ物がもうないって云ってたな。わかった行って来い」
「……ん。行って来る」
クリスはそういうと森の中へ消えていった。
「よし、じゃあ俺らもぼちぼち行くぞ」
ルミアは待ってましたと云わんばかりの満開の笑みを浮かべてミコトの隣に並んだ。もし彼女に尻尾が付いていればすごい勢いで振っていたことだろう。なんとも愛らしい少女である。
***
「…………凄い」
ルミアは一瞬言葉を失った。
だが、彼女が言葉を失うのも無理はない。それだけの光景が荒屋の裏手には広がっていた。
そこは赤、青、黄、色取り取りの花が咲く一面の花畑だった。
「凄い、凄い凄い。こんなに沢山!」
「この中にお前の探していた花もある筈だ」
ミコトの言葉に一層目を輝かせたルミアはより近くで見ようとしゃがみ込む。
「綺麗……」
ミコトは、はしゃいでるルミアを横目に彼女の探していた花を見つけた。
「おいルミアお前の探してた花ってこれじゃないか――てっオイ。聞いてるのか? オイ!」
再三の呼びかけにまるで応じないルミアは、背中を向けて鼻歌を歌いながら手元を一生懸命に動かしていた。
すると「できた!」と云って、立ち上がりミコトの方へ振り向く。
「見てミコト。じゃ~ん!」
ルミアが掲げたのは色取り取りの花で編まれた花冠。
彼女はそれを頭に乗せると「どう、似合うかしら?」と感想を求めた。
「あーうん。似合う似合う」
それに対してミコトは超棒読みの返答。
「……そこは嘘でも感情を込めるべきではなくて」
ルミアは頬を膨らませて拗ねた。
別に似合ってない訳じゃない。むしろ彼女の愛らしい容姿と相成ってとても良く似合ってる。それはまるで妖精のように神秘的で可憐な姿だった。
ミコトが素直にそう伝えられなかったのは、単にガン無視されたことへの腹いせだ。
そうこうしているとルミアはようやく気が付いたのか、
「あら、その花もしかして。まあ! やっぱりスリカの花じゃない!」
先ほどミコトが見つけた花の方へと飛びついた。
「可愛い。自然に咲くスリカはこんなに瑞々しいのね」
それは四枚の小さな花びらが特徴的な空色の花。
ルミアはそれを一輪だけ手に取ると愛しそうに見つめた。
彼女はその後も其処彼処に咲く様々な花を楽しそうに見て周っては感嘆の声を上げる。
ルミアの花を見る目は、どこへ向かってもキラキラと輝いていてその眩い輝きは高まる一方だった。
ミコトはいつまで経っても飽きもせずはしゃいでる彼女を見て思う。
「なあお前、花なんかに――」
「あら、あっちの花は何かしら」
ルミアはスッと立ち上がるとすぐ側に咲いていた赤い花の方へ足を運んぶ。
「オイ――」
「まあ! こっちにも見たことのない花が」
今度はその反対側へ。
「おま――」
「この花はお婆様の好きな花――」
「聞けッ!」
「イタッ、なにするのよ!」
再三の問いかけを散々無視し続け、あっちにフラフラこっちにフラフラしていたルミアは遂に堪忍袋の緒が切れたミコトに強烈なチョップをかまされた。
「はぁお前。人の話聞かねーのな」
「……?」
ルミアは「何のこと?」と頭を押さえながらクエスチョンマークを浮かべる。
額に手を当てて溜息を付いたミコトはスッと佇まいを正すと真っすぐルミアを見て先ほど思ったことを口にした。
「お前、花なんかによくそこまで夢中になれるな」
「あら、どうして素敵じゃない」
「何を当たり前な」とルミアはキョトンとして云う。
それを聞いたミコトはどこまでも続くような花畑を眺めて云った。
「まあ、確かにこれだけの数だし壮観だとは思う。でもそれだけだろ。種類によって色や形は違えど花は花だ。それがいくらあったところでどうしてそこまで夢中になれる?」
「ん~どうしてかって。単に面白いからよ」
ルミアは顎に人差し指を当てて答える。
「は?」
「さっきミコトは色や形は違えど花は花だろって云ったわよね?」
「ああ……」
「けれど知ってた? ここに咲いてる花をあなたは一括りに『花』と云ったけどその花一つ一つで全然違うのよ」
「――」
ルミアの雰囲気が変わった。彼女は先ほどまでの能天気な少女の面影を消し、少しだけ大人びた顔を見せてミコトに云って聞かせる。
「あの花もこの花もみんな違う。同じ種類の花でも比べてみれば少しずつ色や形が違っていて面白い。ずっと見ていたって飽きないわ。それに何もこれは花に限ったことではないわよ。私にとって鳥や魚、道端に転がってる石ころだってそう。みんな違っていて夢中になれる」
そう云って笑ったルミアの顔は元の子供らしい表情に戻っていた。
「違っているから……夢中になれるか……」
「どうしたの?」
話の直後に見せたどこか鬼気迫るミコトの様子に疑問を持ったルミアは怪訝な顔をした。
「いや何でもない」と首を横に振ったミコトにルミアは「そう」と云ってこの話はここまでとなった。
それからしばらくして、
「日が傾いてきたな。森の出口まで送っていく」
この日はお開きとなった。
中学・高校の国語の授業、寝てないでちゃんと聞いとけばよかったよ……(涙)
物語は思いついていても語彙が足らなくて書き起こすのにこんなにも時間がかかるとは……
頑張って勉強します。