第一話 奔放な令嬢
拙い文章ですがどうか読んでやってください。
――あれはまずいな。
少年は手に持つ弓を捨てると顔に面をして、木々の間を縫うように森の中を全速力で駆けだした。行く先には同い年位の少女が茫然と立ち尽くして動けないでいる。
問題はその少女の目の前にいる存在。猪を巨大化させたような黒く禍々しい魔物だ。
『ブモォオオオオオオ!!!!』
魔物が絶叫のような咆哮を上げた。それは大気を揺らすほどの衝撃となって少女に叩き付けられる。竦み上がった少女はその場にペタンと腰を落として顔を青よりも白くした。
地をニ三回蹴った魔物は少女に向かって肉薄を開始しする。
このまま少女に魔物が突っ込めば、そのか細い体は拉げて美しい金髪は赤く染まることになるだろう。
――間に合ってくれ!
スッと右手を体の横に出した少年は、
「天鱗!!」
と叫んだ。
すると少年の手元に極小の光の粒が集まって結晶化していく。結晶は徐々に大きくなり形を変え一本の斧になった。それは形こそシンプルだが美しい白銀の斧。
見るからに重量を感じる斧を手にした少年は、重さなんてないように軽やかに持ち上げ。迫り来る魔物と少女の間に割って入った。
少年は魔物にとって不意の乱入者だったが魔物がそれに動じることはない。魔物は少女もろとも少年を突き飛ばそうと肉薄し、その勢いは留まることなく増すばかり。
土煙を巻き上げて猛然と迫り来る魔物がいよいよ二人の間近に到達しようとしたとき、少年はタイミングを見計らって振り上げた斧を勢いよく下ろした。
直後、激しい衝突音が鳴り響き、土煙が舞い上がる。
徐々に晴れてく土煙の中から先に姿を現したのは、立っていた少年の方だった。
白銀の斧で頭をカチ割られた魔物は地面にめり込みピクリとも動かない。
少女の方を見れば、余程驚いたのか目を丸くして茫然としていた。
――はぁ良かった。なんとか間に合った。
少年は内心で安堵の溜息をつく。
ふと少女を見れば未だに固まって動けないでいた。
「オイ。生きてるか?」
少年に声をかけられた少女はビクッとして、こっちに顔を向けた。
一時の間を置いてやっと舌が回るようになったのか少女は口を開く。
「……誰?」
いきなり誰とは随分なご挨拶だと少年は思ったが、まだ混乱しているのだろう。少女の質問に素直に答える。
「オレはミコト。この森に住むものだ」
***
リセルマイン王国/エルステイン侯爵領/ミーツ山の麓に広がる樹海の森の中。
顔に面をした幼い少年が慣れた足取りで獣道を進んでいく。少年の背には同い年くらいの金髪の愛らしい少女が申し訳なさそうに背負われていた。
「さっきは助けてくれてありがとう」
「礼はいい。それより少しは落ち着いたか?」
「ええお陰様で。もう大丈夫よ」
「そうか、ならいい。ところでお前…」
「ルミア」
「…ルミア。ここへは一人で来たのか?」
面の少年ミコトとルミアが出会ったのはついさきほど。魔物に襲われていたルミアをミコトが助けたのが二人の出会いだった。
話を聞いたところ、ルミアは一人で森に来たと云う。そこでミコトはルミアが再び魔物に襲われないように森の出口まで案内することにした。
「それにしてもお前一人で森に入るなんて無茶が過ぎるぞ」
ミコトは彼女を咎めるように云う。
ルミアはミコトの背中で「ごめんなさい」と云って、首から下げていた銀色の首飾りを手にした。
「これがあるから大丈夫だと思ったの」
彼女が手にしていたのは魔物除けと呼ばれる魔導具だった。
この世界には魔法が存在する。
人が魔法を使うには大気を漂う精霊に命令する必要があり、そこに至るまでには様々な工程が存在する。
と云ったもののそんな工程を踏まえるのは魔法を研究・開発する側の人間だけだ。
大多数の人間は彼らの開発した魔法が魔法式として道具に刻まれた魔導具を用いて魔法を使用する。
事質上、使用者はただ魔力を流すだけで魔法が使えるようになっている。
この魔導具には身に着けているだけで常時発動し続けるものと任意で発動するものの二種類存在する。
と云うようにルミアもまた魔物除けに刻まれた魔法を発動して、その恩恵を得ているはずだった。にもかかわらず効果を実感出来なかったのには何かしら理由があるようだ。
その疑問はすぐに解ける。
「魔物除けの魔導具か。でもそれじゃダメだな」
ミコトはルミアの持つ魔物除けを脇目で見てその理由を口にした。
「お前の魔物除けは低級の魔物は退けても中級以上の魔物には効果がない。さっきの豚は中級だったからそいつが効かなかったんだ」
「そうだったの知らなかったわ」
ルミアは素直に驚いた。
「魔物除けにもいくつか種類があるからな。まぁそれでも子供が一人で森に入るのはどうかと思うが」
「こ、子供って。自分のこと棚に上げて、ミコトだって子供じゃない」
ルミアは頬を膨らませて整った眉を眉間に寄せる。
「オレは良いんだよ森に住んでるわけだし慣れてるから。それに…」
「それに?」
「魔物は本能でオレを避けてくから」
そう云ったミコトはどこか寂しそうな顔をした。
「それにしても魔物除けなんて高価なものよく持ってたな。さてはお前、貴族の令嬢か裕福な商家の娘か?」
問いかけながらミコトはルミアのことを観察する。
ルミアの格好はどこにでもいる町娘のそれと云って差し支えない。しかし、彼女からはそこはかとなく余人にはない高貴な印象を得た。
ルミアはそれを肯定する。
「ええ私は貴族よ。私のもう一つの名前はエルステイン。ルミア・エルステインよ。今日ここへはお忍びで来てたの」
驚いた。
ミコトは知らないことだがエルステインといえばこの地一帯を治めている侯爵家の家名だ。エルステイン家は優秀な宰相を数多く輩出した王国の信頼の厚い貴族だ。当代のエルステイン侯爵も宰相として辣腕を振るっているという。
ミコトが驚いたのは本当にルミアが貴族だったと云うことにだ。
その疑問は最もである。いったい誰が想像できるだろうか貴族の令嬢が伴の一人も連れず森にやって来るなんて。興味が湧いた。どんな目的があって森まで来たのか。
「ここへはね。花を摘みに来たの」
「花?」
頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。
「そうスリカって云う小さくて愛らしい空色の花」
「なんでまた花なんて? そんなもん使用人に摘みに行かせりゃ済むだろ」
それを聞いたルミアは少し寂しそうに笑った。
「そうね。ミコトの云うとうりだわ…」
「ならどうして?」
「そうねぇ…」
そう云ったルミアは一呼吸おいて意を決したように再び口を開く。
「家はとても裕福なの。だから私が何かしなくても望めば欲しいものは何でも手に入るし、身の回りのことは全て使用人たちがしてくれる」
ミコトはそれを神妙に聞く。
「それはとても恵まれたことなんだと思う。けれど私はただ与えられただけのものに価値を見出せない。だから欲しいものは自分で手に入れるよう努力するし、なんにでも挑戦してみたいと思ってるわ。そうしてみなければ終わった後の達成感も幸福感も失敗したときの喪失感も何も得られないから」
それはまるでルミアと云う少女の生き様のようで、そこには強い意志と決意のようなものを感じる。十二歳の少女とは思えない達観した考えをもつ彼女はとても大人びていた。
「今だってそう最初から摘まれた花を受け取るのではなく、自分の足で探して自分の手で自然に咲いている花を摘んでみたいと思ったから。きっとそうすれば今まで知らなかった色々なことを知ることが出来るわ」
ミコトは驚いていた、同時に呆れもしていたが。
「はぁ、それにしたって無茶が過ぎるだろ」
つい溜息が漏れた。
「あはは、そうね私って何かしてるとき周りが全然見えなくなるみたいだから。今回は本当に危なかったわ。でも、得る物も多かったのは事実よ。だって森がどう云うところか知れたんですもの、お屋敷の中にいたらきっと知らないままだったわ」
ルミアは晴れやかに笑った。その笑顔はとても先程まで恐怖に震えていた少女が見せるものとは思えないものだった。
「はぁ、…お前よく変わってるて云われるだろ」
「そう云われればそうね。なんでかしら」
「たっりめえだろ。普通貴族はそんな考え方しねーだろ。オレの知ってる貴族ってやつはふんぞり返って、自分より下の連中をこき使うやつらだ」
「それは少し偏見が過ぎないかしら」
ルミアは眉を八の字にして口元を引きつらせた。
「……………」
「…どうしたの?」
急に黙り込んだミコトをルミアは怪訝に思う。
「その花、今でも見たいか?」
「見せてくれるの‼」
途端にルミアの表情が明るくなる。眼なんかもうキラキラして背中越しに熱い視線を向けられるミコトは居心地悪そうだ。
「まあまて、とりあえず落ち着いて聞け。お前の云う花の特徴と一致する花のある場所に心当たりはある。ただし、そこにお前を連れてくには条件がある」
「条件…?」
不安そうにルミアはミコトの言葉を待つ。
「あぁ条件てのはこれから連れてく場所を誰にも云わないことだ」
「それだけ?」
ミコトは無言で肯定する。
「どうして誰にも話しちゃいけないのか聞いてもいい?」
「詳しいことは云えないが、まぁ知られると困ったことになるからだ…」
「そう………。いいわ誰にも云わないことを約束します」
ルミアはそれをミコトの肩から乗り出すように顔を近づけて云った。
「決まりだな」
ルミアから言質をとったミコトは目的地に向かってくるりと向きを変えた。
1話でした。
いや~それにしても投稿するのって緊張しますね。
ここまで読んで下さった方ありがとうございました。近いうち2話更新します