エゴイスト
とある日の午後。昼食を終え、リビングでテレビを見ていた静香が、
「こいつら、絶対に別れると思った!」
と、ドヤ顔をした。テレビの方へ目をやると、ワイドショーで有名人カップルの破局報道が流れている。そのとき、仕事が休みで部屋に籠っていた美和がやってきた。静香がもう一度同じことを言い、
「こいつ、あんたと同じで、振られっぱなしよ」
と、リポーターに破局原因を追究されている女優さんを顎で指し、美和に彼氏が出来ないことをからかった。すると、美和は声を荒げて
「私は振られたことないから!」
と反論した。美和は、確かに振られたことはないらしい。だけど、それは自分から告白したことがない……とゆうだけのことだろう。そして”白馬に乗った王子様”からの愛の告白を、今でも心待ちにしている。
柊花がこの家に嫁いできた頃、美和にお見合いの話があった。お相手の男性は美和の1つ年上で、大手の自動車メーカーに勤めているエンジニア。柊花は、その男性を写真でしか見たことがなかったのだけれど、背も高く端正な顔立ちをしていて、美和も乗り気でお受けした。
しかし、実際にお会いしても話が弾まず、たった1回デートしただけでお断りしてしまった。美和は、
「普通は『アドレス交換しましょう』って言ったら、ケータイ取り出すでしょ?」とか、「普通は、次に会う約束するでしょ?」など、「普通は、普通は…」と、その男性への不満を爆発させていた。もっとも、眉目秀麗で素敵なエスコートが出来るような男性なら、周りの女性がほっとかないのでは?と思ったが、柊花は「そうね…」と、相槌するしかなかった。
その後も、1度だけお見合いの話があったけれど、そのときは静香がお相手の男性のお見合い写真を見るなり断ってしまった。顔が不細工だから……とゆう理由で。その男性は大学の准教授だったのだが、後にバイオテクノロジーの研究結果が評価され、昨年、ノーベル賞にノミネートされた。
一躍時の人となった彼は新聞や雑誌、そしてワイドショーでも取り上げられた。そこで、「妻のおかげです」と、顔を赤らめて答えている姿がとても微笑ましかった。そして、奥様との馴れ初めを聞かれ、「お見合いです」と答えた彼を、静香はまるで凶悪犯を見るような目で睨み付け「フンッ!」と鼻を鳴らしていた―。
いつものように入浴を済ませ部屋に戻ろうとした柊花を、静香が呼び止めた。
「日曜日、シャルロットでレモンケーキを買ってきてもらえる?」
レモンケーキは、静香の姉・明美の好物だ。
「伯母さん、お見えになるんですか?」
「お昼は寿司でもとるから心配しなくていいからね」
「はい、わかりました。それじゃ、おやすみなさい」
柊花がペコリと頭を下げたが、静香はテレビから視線を外すことはなかった。
柊花は駅前通りのパン屋・シャルロットを訪れていた。クルマなら30分もあれば来れる距離なのだが、この日は和樹が早朝から隣県のゴルフ場に行ってしまったので、柊花は仕方なくバスでやって来た。花梨は前日から菜月家族とキャンプに出掛けていたので、少し寂しくも思ったが気楽でもあり、久しぶりに履いたヒールを小気味よく鳴らしてアーケードを闊歩した。そして、つかの間の独身気分を満喫すると、シャルロットでレモンケーキと、花梨の好きなマカロンを購入して家路を急いだ。
玄関に伯母さんのところのセダンが停車しているのが見え、柊花は慌てて駆け寄った。しかし、クルマは走り出し国道へと消えてしまった。家に入ると、伯母の明美が静香と楽しく談笑していた。
「伯母さん、おはようございます」
「はい柊花さん、おはよう。今日、みんなお出掛けなのねぇ」
「はい。あの、伯父さんは?」
「パチンコですって。まったく!」
柊花はキッチンでお茶の支度を始めた。すると静香がやって来て、
「柊花さん、後は自分でやるから」
まるで柊花を厄介払いするように外出を促した。そのとき明美がやって来て、
「いいのよ。ほら、ゆっくり羽を伸ばしていらっしゃい」
「あ……、それじゃお言葉に甘えて」
明美は玄関まで柊花の見送りに来ると、
「いつもご苦労様」
と、柊花に労いの言葉をかけた。明美の優しい笑顔に柊花はとても幸せな気分になり、足取りも軽くなった。
柊花は再度バスに乗り駅前広場へとやって来た。外出することなど考えていなかったので、何をすればいいのか途方に暮れてしまった。仕方なく駅ビルでウィンドウショッピングでも楽しもうかと思ったが、そのとき、美術館のポスターが目に入った。それは、柊花の好きなマリー・アントワネット展。さっそく美術館へと足を運んだ。
前売り券を購入しておけば料金が少し安くなったのに……と思いつつも、仕方がないので窓口に並ぼうとすると、突然、若い女性に声をかけられた―。