新世界
柊花は静香のことを許せず心を痛めていた。静香がテレビを見て馬鹿笑いをしている姿を見ると、なおさらだった―。
柊花はやりきれない怒りをメールで美央にぶつけた。パソコンに向かってメッセージを入力して読み返していると、突然画面が暗くなり電源が切れた。そこには眉間にしわを寄せ、怪訝な表情をしている自分の姿が映った。その表情はあまりにも醜く、柊花は唖然とした。パソコンにアダプターを繋いで再起動させると、今度は怒りではなくただ辛かったことだけを記した。
しばらくすると美央から返信が届いた。そこには『姑を反面教師として、自分はそうならないようにって思えばいいのよ』とあった。そして『子育てと両立出来るような趣味を見つけてみては?』ともあった。柊花は胸のつかえが、ようやくとれた気がしたのだった。
いつものように入浴を済ませて部屋に戻ろうとしたとき、美和が自室から顔を出して柊花を呼び止めた。「金曜日の夜、付き合ってくれない?」
話を聞くと、SNSで知り合った男性と会う約束をしたとゆうのだ。
「映画を見に行くことにしようよ。金曜日はレディース・デイだし。ね? お母さんとお兄ちゃんには、私から言っておくから」
そんなことに付き合わされるなんて、とんだ弱みを握られたもんだ……と、柊花はため息をついた。
「すみません、お義母さん。それじゃ……」
美和とは駅で落ち合うことになっている。そこから電車で移動するらしいが、詳しいことは聞いていない。
「ママ、いってらっしゃ~い!」
花梨には買い置きしていた付録つきのこども雑誌を渡していた。新しい本なら、飽きることなく集中して遊んでくれるだろうと思ったからだ。罪悪感を感じつつも、柊花は久しぶりの夜の空気に少し胸を弾ませた。
「柊花ちゃん、こっち!」
美和の甲高い声が耳をつんざいた。
「あ~! 柊花ちゃんもオシャレしてきたのね」
美和の鋭い指摘に、柊花は心臓をバクつかせた。普段は滅多に着ないワンピースに紺色のハイヒール。美和にそう言われても仕方なかった。
「素敵よ。さ、行こ!」
美和は柊花の腕を取ると、ご機嫌な足取りで駅の改札へ向った。
「どこに行くの?」
「横浜よ。ここ品川でもよかったけど、やっぱり家から近すぎるのも、ねぇ……。はい、切符」
「……ありがと」
美和から切符を受け取ると、柊花は観念して改札を通過した。
電車には乗客が多く、美和との会話もままならなかった。相手の男性のことを聞いておこうと思っていたが、結局、改札口を出るまでは騒々しくてそれどころではなかった。
「それじゃ、ここで待ちましょ」
美和は西口のショッピングモールのエントランスで足を止めた。
「みなとみらいじゃないの?」
「それはデートのときね。まず、相手の容姿を拝まないと……」
美和はソワソワと辺りを見渡している。
「う~ん、あれかな~?」
そのとき美和の携帯電話にメッセージが届いた。
「ビンゴ! やっぱりあの人だ。想像以上のイケメン! それにエリートだし」
「そうなの?」
「銀行マンなの。メガバンクだって。それじゃ……、この辺で待ってて」
「え?」
「ごめん! だって、相手が不細工だったら会話も弾まないじゃない? そのときは柊花ちゃんになんとかあしらってもらおうかと思ってたんだけど……。でも、あの人なら大丈夫そうだし」
柊花は美和を見送ると、とりあえずショッピングモールを見て歩いた。しかし、一人で食事するのも、なんだか寂しい。それに、ほとんどのお店が満席だった。仕方なくショッピングモールを出て適当に歩いていると、オシャレなブックカフェを見つけた。通りからそっと覗くと、まるで異国を思わせるような内装とインテリア。柊花は美和から連絡があるまでここで過ごすことにした。
店内のソファーやスツールは素材からカラーまでいろんな種類のものがあって、遊び心のあるコーディネートだった。本棚は大きく天井に届きそうなくらいだった。柊花はちょうど目に入った女流作家の小説を手に取ると、一人掛けのアンティーク調のソファーに腰を掛けて、ロイヤルミルクティーを注文した。
柊花が手にした小説は恋愛小説の短編集。あらすじを読んだだけでも、とても興味深いストーリーだった。柊花は、しばし読書に没頭することにした―。