アンデッドスタントマン
少し不思議と言う意味でのSF短編連作ストーリーを目指してます。
ねぇ、マスター?こんな話聞いたことあるかしら。
【アンデットスタントマン】
ここは駅から少し歩いて入り組んだ路地の一角にある喫茶店。カフェでもなく、コーヒーショップでもなく、喫茶店という言葉一番しっくりであろう少々古風な店構えをしている。
ぽちゃん、。
カランカランカラン…。
カウンターの向こう側で彼女は、カップに注がれたばかりの珈琲に砂糖を落とし入れ、装飾の凝られた金の小さなスプーンでカップの中を混ぜる。そしてゆっくりとミルクを注ぎ入れ
カランカランカラン
また、ゆっくりと掻き混ぜる。
ねえ、マスター。
知ってる?スタントマンっていう仕事。
そうそう、映画やドラマ、いわゆる演劇。において、演者の代わりに危険なアクションをこなす仕事のこと。
その世界にね、面白い人がいるの。
どんな人かって?どんな危険な動きもやってのけて、絶対に死なないんですって。それでついた異名が、人呼んで"アンデットスタントマン"ふふ。疑ってるでしょ?でも本当なのよ。現に彼は今日も映画の撮影インタビューに答えてたわ。
ぽちゃん…。
『なぜこの仕事をしてるかって?好きでしてると思うかい?僕は死にたいんだ。だけれど自分で死ぬのは怖いだろう?だから役になりきってスタントで失敗して死にたいんだ。しかしだな、何度失敗しても僕は死ねないんだ!全く、なんなんだ!!』
え?やらせ?
もう、マスターったら疑い深いんだから!
他にも関係者からの証言があるのよ?
とぽん、と、とぽん。
『いやぁ、首から落ちた時は死んだと思ったよ。本当に。僕も人生終わるかと思ったほどさ。え?なんで笑い話になってるかって?そりゃ彼が無傷だったからさ!骨も折れてなければ、擦り傷一つなし。まったく、そっちの方が今でも驚きさ。』
『炎のスタントってご存知?そうそう、あの有名な映画のワンシーン。あれね、本当に種も仕掛けも無かったのよ?彼はただ、頭からガソリンをかぶって、ただマッチ棒を擦って、ただ自分にその火を向けただけ。普通だったら人間ステーキの出来上がりよ?だけれどね、不思議な事に消火後の彼の体には傷はなく、服が多少黒く焦げていただけ。』
ほら他にも一部の熱狂的なファンはこんな考察をしているわ。
『彼は神よ!神だから不死身なのよ!!』
『否、あいつは悪魔だ。悪魔だから火だるまになっても自分の炎で相殺したに違いない。あいつは我々をどうするつもりなんだ!!』
ふふふっ。彼はとっても人気者ね。良くも、悪くも。
ぽちゃ、ぽちゃん。
でもね彼にはもう一つ不思議なことがあるの。彼って作品の外では、全くと言っていいほど存在感が無いんですって。誰も彼のプライベートを知らないのよ。
ぽちゃん…
ぽちゃん…。
彼女は興味があるのか無いのかわからないトーンで淡々と話し続ける。彼女のぬるくなったであろうカップには一体幾つの砂糖が溶けているのだろう。
彼女はまたカップの中を覗き込み、スプーンでゆっくりと掻き混ぜる。
ぼーん、ぼーん。
ラジオのボリュームを落としていたせいか、時計の鐘がやけに大きく響いて聞こえる。
いつの間にか、彼女のカップは空っぽになっていた。きっと最後に一気に飲み干したに違いない。
それにしても今日はお客さんが少ない。
あら、もうこんな時間?
じゃあ、またねマスター。ごちそうさま。
シャランシャランシャラン
「すみません。
とびきり美味しい珈琲をお願いします。
なんなら毒入りで。」
彼女が帰ろうとした時一人の男が入ってきた。彼の顔はどこかで見たような。見たこと無いような。何処にでもいそうな、そんな雰囲気を醸し出していた。
彼に気を取られていたら、いつの間にか彼女の姿は消えていた。
お読み頂きありがとうございございます。毎回主人公が入れ替わる一人づつの短編連作ストーリーとなる予定です。今後ともよろしくお願い致します。