ワガママ令嬢と平民の話
なんとなく書いてみた。暇つぶしにどうぞ。
私はエーレンベルク公爵家の令嬢ベアリーズ。そう、王家ともつながりの深いエーレンベルク家が私の生家ですわ。比類なき大貴族の家で大切に育てられた私は、欲しいものはなんでも手に入れて来ましたの。
婚約者、高価な衣類に宝飾類。たとえ人間だろうが物だろうが、手に入らないものなんてありませんもの。
公爵家の三女という地位を利用しなくても、生まれ持った美貌を活用してお願いするだけである程度は聞き入れられますし。
今日も公爵邸の自室で、最高級の茶葉を使用した紅茶を婚約者と共に楽しんでいたのですが……何やら部屋の外が騒がしいみたいですわ。
そばに控えていたリリエッタが、すぐに確認に向かってくれましたわ。戻った彼女は私と婚約者の前で一礼しました。
「ベアリーズ様、お客様がいらっしゃったようですので私は一旦失礼します」
「来客?そう、さがっていいわよリリエッタ」
私に深く頭を下げる彼女は私の従妹リリエッタ。小さい頃からずっと私と共に育って来ました。私ほどではないけれど、可愛らしい容姿、品ある振る舞い、公爵家の傍系として申し分ない従妹ですの。
「下がる必要ないわ」
退出しようとしたリリエッタを呼び止めたのは、粗野な声。私は入り口に目を向け、扇で口元を隠しながら、まあ、と呟きました。
公爵邸に相応しくないドレス、貴族と対面するに相応しく野蛮な振る舞い、黒い髪と瞳はまるで烏を連想させるようで不吉ですの。彼女が噂の平民かしら。
答えを募ろうと私は目線だけ隣に佇む婚約者に向けました。婚約者は全然意図に介していない様子でしたが、次の瞬間ぴくりと眉を動かしました。あら、招かれざる客がもう1人入って来たみたいですわね。
一緒に入ってきた赤毛の娘はおそらく子爵家のルミア嬢。珍しく硬い表情をしていますわ。
彼女は子爵令嬢といえ貴族。無作法な平民に対しては声をかける必要性は感じませんが、最低限の礼儀として彼女には挨拶を投げかけました。
「まあ、ごきげんよう、ルミア嬢。今日はいきなり何かしら?そこの粗野な平民は招いたつもりはありませんし、子爵家にも招待状は送っておりませんわ」
「私はあなたを糾弾しに来たのよ」
ルミア嬢ではなく平民の烏が不躾に私の言葉に返答しましたわ。私、躾のなってない平民は嫌いですの。
「あなたが私の何を糾弾するというのかしら?」
「ベアリーズ嬢、貴女はルミア嬢の婚約者を、自分の好みだからといって別れさせて無理やり貴女の婚約者にしたわね」
「そうですわね。紛れもない事実ですわ」
確かに私の隣に立っている婚約者は、元々はそこのルミア嬢の婚約者でしたわ。しがない伯爵家の次男。顔と頭脳は一流でしたが身分は三流以下でしたから、奪うなど造作もなかったですわね。
平民の主張に煽られてか、珍しくルミア嬢が私を睨みつけているわ。
「それにあなたは従妹のリリエッタ嬢を虐めて、何度も婚約破棄に追い込んだわね」
私はリリエッタに目を向けました。彼女は何も言わないですわ。瞳は少しばかり驚いているみたいに見えますけど。
「ワガママ令嬢、これ以上貴女のワガママには付き合えないわ。今すぐ婚約者をルミア嬢に返して、リリエッタ嬢も解放しなさい!」
「そうですベアリーズ様。お願いですからルーカスを返してください!」
2人の主張に私は目を細めて問い返します。
「嫌だといったらどうするおつもりなのかしら?」
「あまり使いたくない手だけどね……マルケス王子と対面したら、貴女だってワガママいえなくなるんじゃないかしら」
ここで王子殿下の名を持ち出すとは。まさに虎の威を借る狐ですわね。かくいう私もエーレンベルク家の威光ありきでワガママをいえるのですけれど。
「そうですわね、私は本人がいいというのならばかまわないですわ」
「え?」
あっさり了承した私に驚く2人。そう、彼女達は知らないみたいですわね。だから教えてあげますの。私は立ち上がって彼と目線を合わせました。
「ねえ、ルーカス。あなたはどうしたいのかしら」
私の問いかけに婚約者のルーカスは端正な顔立ちを歪めましたわ。まるで自分の答えなど知っているだろうといわんばかりに。
「ルミア嬢、悪いが俺はベアリーズと別れるつもりはさらさらないぞ」
「え?」
ルミア嬢の目が点になりましたわね。ルーカスは私に近づくと腰に手を回して言いましたわ。
「俺はベアリーズを愛してるんだ。5年も前の婚約話を引きずられても、俺も伯爵家も困る」
「ルーカス様!?」
悲痛な叫び声もまた小気味いいですわね。私をはめようとしてはめられるなんて無様ですわ。
元々、伯爵家と子爵家の縁談は、困窮していた伯爵家が、家格こそ下であるが裕福な子爵家の援助を受けられるという理由でまとまったもので、ルーカスにしてみればまるで乗り気ではなかったもの。
ルミア嬢は勝手にルーカスの気持ちが自分にあると勘違いしていたみたいですけど、それは婚約者を冷遇して婚約破棄にでもなれば伯爵家にとって大損だという理由で優しくしていたに過ぎなかったわけですの。
ルーカスには恋なんて感情、微塵もなかったのですわ。だって彼、なんだかんだいって面食いですもの。
美の女神にも例えられるほどの美貌を持つ私と、せいぜい中の上くらいの容姿のルミア嬢ではどう考えたって私に分配があがりますわ。それに伯爵家も子爵家より、数ある公爵家の中でも大貴族と名高いエーレンベルク家との縁談を手放しで歓迎しておりますから。
呆気にとられる平民に追い打ちをかけるかのように、リリエッタも困惑気味に答えますの。
「あの、私はいじめられてなど……婚約破棄は私の意思を汲んでしてくださったことですし」
「うそ?!」
そう、三度に渡る婚約破棄は、私に泣きついて来たリリエッタのためにしたこと。本当にこの平民は何も知らないのですわね。ある意味おめでたい頭ですこと。
「平民が貴族の慶事に疎いのは仕方ありませんけれど、しっかりと確認すべきでしたわね。リリエッタと騎士団長の婚約が昨日発表されたのです」
「な、何それ知らない…」
驚愕に染まる平民の顔を、リリエッタがなんとも言えない表情で見ていますわ。想い人との婚約が叶い、改めて感謝を述べにやって来たところ、こんな茶番に巻き込まれて困惑しているのでしょう。
そう、リリエッタと騎士団長の2人にとってみれば私は恋のキューピット。責められる謂れはございませんの。全く詰めの甘い平民ですこと。
さらに、私は混乱している彼女に、親切に教えてあげることにしましたの。
「これはまだ出回っていない情報ですが、特別に教えて差し上げますわ。先ほど貴女の口からも出たマルケス王子殿下ですが…目出度く私のお姉様との婚姻が決まりましたの」
先日内々に御披露目となった事実を私の口から親切に伝えてあげると、平民の顔は見事に青く染まりましたわ。まあ、面白いですこと。
「そんな話聞いていないわ!マルケス王子だって何も…」
まあそうでしょうね。何せまだ正式な公表をしていないどころか、王子殿下本人にも伝えられていないでしょうから。あの少々頭が残念な王子殿下は、自分のお妃選びのことさえ忘れ去っているでしょうし。
「私のお姉様はそれはそれは優秀な方ですから当然ですわ。貴女だってご存知でしょう?あらそれとも知らなかったのかしら?我が国の王妃は家柄、性格、礼儀作法、そして何より政治的能力の優秀さを重視して選ばれるということを」
私のお姉様は公爵家の跡継ぎとして、幼いころからありとあらゆる教育を施された優秀な令嬢で、その才女ぶりは貴族の間でも有名ですのよ。あまりに優秀すぎて、嫁にだすのがもったいない……要は平民に夢中になるようなあの王子の妻にするのは惜しい、と少し渋っていたお父様ですが、結局は国の将来を案じてお姉さまと王子殿下との婚約をお認めになりました。公爵家の後継は、二番目のお姉様が然るべき婿をとればいいだろうという話に落ち着きましたの。
まあ、この平民はそんなこと知らなければ興味もなかったのでしょうね。
「陛下も安心してらしたようですわよ?エーレンベルク家の長女を迎え入れることができれば王家も国も案素だと」
平民との付き合いに夢中になって、公務を顧みない息子に、陛下は悩んでいたらしいですわ。これ以上なく頼れる私のお姉様が妃に決まったことで、胸を撫で下ろしていらっしゃるみたい。
そんな次期王妃の妹で、王家と縁戚関係になるエーレンベルク家の娘である私を、王子殿下が罰せられるわけがありませんわ。そんなことをすれば、我が家からだけでなく、陛下からも顰蹙をかって継承権剥奪すらあり得るのですから。
さらに言えばお姉様は三姉妹の末っ子である私を溺愛していますの。
将来王子殿下が即位してから私を糾弾したとしても、我が国において王と変わらないほどの権力をもつ王妃となったお姉さまに止められること間違いないのです。
まあ、流石にそこまでは説明しませんけれど。さて、この場をどうしようかしら。馬鹿の相手をするのも疲れますし、そろそろ出て行ってもらいましょう。
「さて、王子の威光を借りてここまで乗り込んできたお馬鹿な平民さん。そろそろ退出願いますわ。ここは貴女のような方が身を置いていい場所ではありませんことよ」
そういって目配せするとすぐに部屋の片隅に控えていた侍女や護衛が彼女を手荒く追い出します。
抵抗虚しくあっという間に平民とルミア嬢は扉の向こうへと追いやられましたの。まあ、怒りに満ちた顔が滑稽ですわね。私は最後に一言付け加えることにいたしました。
「そうそう、私平民を蔑むつもりはありませんし、嫌いではありませんが…身の程を弁えずに突っ走る馬鹿な平民は嫌いですの。よく覚えて置いてくださいまし」
蛇足
主人公は三姉妹の末っ子。公爵家の跡目として厳しく躾けられた長女、長女の補佐としてそれなりに躾けられた次女の反動で、両親や周りに散々甘やかされて育った弊害があの性格。ちなみに公爵は三姉妹を溺愛しているので、本音では誰も嫁に出したくない。
ちなみに長女は後に王となるマルケス王子を尻に敷いて妃として国政を取り仕切る活躍ぶりを発揮し、次女は婿をとって堅実に公爵家を治める予定。主人公は公爵領の一部を譲渡され、妹を溺愛している王妃の権限により、領主の地位を得た婚約者と幸せに暮らす予定。