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滅殺のオーバーライン  作者: 7GO
トゥーレイト・トゥーファー
17/19

1


 地区09。

 ヘイトレッド本部、その一室にて。


 硬い茶色のソファーにマリは腰掛けていた。

 マリの机を挟んで向こうに、白髪の中年の男性が座っている。


 彼女がこの本部に訪れることは、あまりない。

 普段の処理任務はサイバーグラス端末によって指令が来る。

 またマリの住処は他のヘイトレッドのオーバラインとは違い、地区06にある。


 彼女がここに来ると言うのは、何かしら重要な事柄があるということなのだ。



 マリは、目の前の電子端末から表示されている平面ホログラムを見ていた。

 宙に浮かぶ電子情報を一頻り確認した彼女は、さっと右手を下げる。

 机に置かれている端末のスイッチを切ったのだ。ホログラムは素早く消えた。


「おいおい、勘弁してくれよ」


 彼女の対面に座る男は、ぼりぼりと頭の白髪を掻いた。

 辺りにフケが飛び散り、吸殻と灰に汚れたリノリウムの床へ落ちた。マリは無表情だった。


「私の仕事じゃない」


 マリは言い切った。

 男は溜め息を吐いた。


 男、イチローは彼女の上司だ。処刑機関ヘイトレッドの長、それが彼だった。

 しかし、マリは上下関係なぞ存在しないかの如く、冷たく平坦な言葉を彼に告げた。

 イチローは困った様に顎に手を当てる。不精に伸びた髭を乱雑に抜いて、指に摘まれたそれを床に落した。


「分かる、分かってるよ。でもな、分かってるだろ、お前も、なぁ」

「私の仕事じゃない」


 取り付く島のないマリの言葉に、イチローはまたわざとらしく溜め息を吐いた。

 マリの超過した嗅覚は、空気に混じる吐息の匂いを鼻腔に捉えていた。煙草とそれに――

 サイバーグラスの向こうで、マリの眉がぴくりと動いた。

 だが、彼女の鉄面皮は揺るがなかった。彼女の態度もだ。


「貴重なんだよ。全体で見ても」


 イチローは言う。

 彼はマリともう長い付き合いだ。

 分かっていた。彼女がどう言う反応を見せるのか。

 しかし、それでも、彼はやらなければいけないのだ。

 管理職の辛いところだ、イチローは心中で一人ごちる。


「メンタライザー不使用。長期任務可能。実績もある」


 イチローはポケットに手を入れて、くしゃくしゃになった煙草の袋を取り出し、内一本を抜き口に咥える。


「おまけに美人」

「……」

「……一応褒めてんだから、お前、もうちょっと、なぁ」


 全く表情を変えないマリを見て、イチローは苦く笑って煙草に火を点けた。

 だがしかし、ここでマリが照れて顔を赤くでもしたら彼はソファーから転がり落ちてしまうだろう。

 分かっていたのだ、こうなることは。

 けれども、イチローもやすやすとは退けない。

 煙を吸って肺に入れ、吐き出す。紫煙がきばんだ部屋に舞っていく。


「お前は十把一絡げのそこらの有象無象とは違うんだよ、分かってるだろうが、なぁ」


 マリは変わらず無言。

 人形の様に白い肌も、顔を覆う通信用デバイスである青いサイバーグラスも、何もかも変わらず。

 マリは、ただそこにあった。言うことはない。命令の拒否。

 あからさまな拒絶の意思。それが見て取れた。


「……じゃあ、どうすればいい? どうしたらお前は動いてくれる?」


 紫煙をくもらせながら、イチローが問うた。

 碌な答えが返って来ないことは、分かっていた。

 整った白い顔にある口をひっそりと開き、マリは言う。


「0系列地区の治安安定。部隊員の増加。それに伴う任務効率性の……」

「分かった、分かった。すまん、聞いた俺が悪かった」


 そう来ると思っていたと、イチローは手で制止しながら嘆息した。

 無理だ。マリの要望は、殆ど夢物語だ。

 仮に出来たとして。後何年掛かる? 答えは分からない。イチローにも、マリにも。


 要約すれば、マリの言い分はつまりこういうことだ。


『0地区から自分が離れることはない』


 守護天使。

 殺戮人形。

 滅殺。


 マリを指す言葉は多いが、どれにしても、それは彼女の強大さを物語っていた。

 それは単に実力だけじゃない。彼女が持つ影響力もだ。

 一種の抑止力なのだ、マリは。この絶望郷、0系列地区にとって。


 一時的にとは言え、彼女がここから離れてしまえば……

 イチローはそこで考えるのを止めた。そこから先は、まだ考えるべきではない。

 今は、この強情な女の腰を上げさせるのが、彼の仕事なのだ。


 咥え煙草のままイチローがどう攻めようか考えていれば、先にマリの方が口火を切った。


「私である必要性が感じない。『外』に行く仕事……それはユータさんの役割」

「ユータが『外』に出る時は、専ら俺のコネクションのチャチな現場行きさ。いや、それでも重要なクライアントには違いないが……今回は規模が違う」


 言って、イチローは机に置かれているキューブ状の端末を触った。

 その折、マリがまたスイッチを切らないよう、気休めながら目で制する。

 ブン、と再び音を立てて現れるホログラム。

 宙に浮かぶ映像に表示されるは『アルラクイック社』の文字。


「知ってるだろ、お前も。機械工学関係のメガコーポレーションだ。こいつらがご所望なんだよ、強いオーバーラインをさ」

「……」

「ユータの『強さ』は、それはもう知っているさ。だが、アルラクイック社が求めているのは、その強さじゃない。もっと分かり易い強さだ」


 青いサイバーグラスの奥で、マリの瞳が忙しくなく動いた。

 オーバーライン特有の情報処理能力。刹那のうちに、マリはホログラム上に書かれている情報を読み取る。


 弊社所有の工場、三つ、未登録オーバーライン、集団、違法占拠、処理求む。


「……なんでわざわざ私たちに頼む? メガコーポなら、子飼いのオーバーラインがいる筈」

「手が足りねぇんだとよ。俺たちに依頼をしたのは三つの工場だけだが、他にも火種を抱えているとさ。ま、巨大企業の性よな」

「だとしても、私が」

「だとしても、お前が必要なんだ」


 イチローはマリの言葉を遮った。

 根元まで火が迫った煙草を床に落とし、それを靴で踏む。

 次いで二本目を取り出し、口に咥えて火を点けた。


「いいか? 先ずネルクは駄目だ。あいつは『外』出身で、あっちの異常格差に絶望して狂ったオーバラインだ。外には行きたがらない」


 煙が吐き出される。白い靄は天井を目掛けてゆっくりとくもり、そして霧散した。


「ユイもアウト。あいつなら、ある程度は上手くやるだろうが……けどもし、『暴走』したら? ユイが一番何を為出かすか分からん」


 イチローはマリを見据えた。彼女は黙って話を聞いている。

 まるで人形の様だった。身動ぎ一つせず、冷たい圧迫感を放っている。

 常人なら気圧されてしまいそうな、静かな圧力。


 しかしイチローとて、伊達にヘイトレッドの長を務めてはいない。

 彼はヒトであるが、易易とオーバーラインには屈しない。


「ヒロキは論外中の論外だな。あいつは精神崩壊のオーバーラインに執着している。救済だとかでな。色んな意味で向いてないんだ、あいつは」


 イチローは半眼で睨みつけるごとくにマリを見る。

 動かない。黙す。

 煙草の白煙が部屋にうねった。


「ユータでは……少し、荷が勝つ。俺が命じれば、あいつは必要性を読み取って任務に勤しむだろうが……下手すれば、ユータを失う危険性がある」


 それはマリへの挑発だった。


 純粋戦闘力が低いユータでさえも、この『仕事』の必要性を認識すれば、命を受ける。 

 お前はどうなんだ。お前しかいないんだ。そんな発破する如き言葉。

 マリは何も言わない。

 彼女と長い付き合いのイチローは、その無言が考えているのではなく、拒絶の表れだと言うことを知っていた。

 煙草を床に落とす。三本目を取り出す。


 イチローはここで虎の子を出すことにした。

 これが切り札になるかは微妙なところだったが、手札を伏せたまま負けるのも馬鹿馬鹿しい。


「アルラクイック社は、な。この仕事に用意してくれてんだわ、色々な」


 言って、キューブ端末を弄るイチロー。

 平面状だったホログラムが、立体的な映像に切り替わる。

 そこに、電子映像特有の揺らぎを持って、無骨な人型の機械が映し出された。

 マリはサイバーグラスの奥で眉を上げた。彼女が見る前に消した、未確認の情報だ。


「ほれ、これが報酬。しかも、事前報酬だ」


 見せ付けるように、その場を回転する映像の中の人型機械。 

 映像の端々に浮かぶ、様々な数字、文字列。

 薄緑色のホログラムが、マリの青いサイバーグラスに反射した。


「戦闘機体……」 


 立体ホログラムに映るは、アルラクイック社製、遠隔操作式人型戦闘用機体、ナイトバーン。

 それらのカタログスペックだ。


 これが、アルラクイック社の仕事の報酬だった。


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