導入部再考③
そして放課後。今日の授業も快眠を貪り、すっかりクマが消えた桃子はユーフォリアオカルト研究サークル、通称うろぼろす部の部室に向かう。
うろぼろす部の部室まで着き、桃子はあくびをしながら扉を開けて部室に入る。
「ふぁーあ、よく寝た」
うろぼろす部の部員は一人を除いて3人が集まっていた。
一年生ながら部長を務める環はホワイトボードに今週と来週の予定を曜日ごとに書いている最中だ。
窓側のホワイトボードに近いほうの席に座っている、目つきの悪い男の子はうろぼろす部のメンバーの一人、岡琉瑠人。琉瑠人は桃子と環と小学校からの幼馴染み、高身長な上に顔立ちは整っている方だが、長いまつ毛に三白眼の目つきが人相を悪くしており、見る者に神経質そうな印象を与える。いわゆる悪人顔の男子高校生である。
扉側のホワイトボードに近いほうの席に座っている、男女どちらの目からみても明らかに美人の女の子はうろぼろす部のメンバーの一人、能勢一葉。一葉はオカルトに関心があってうろぼろす部に入ったメンバーの一人、高校2年生。生徒会の実行委員をしていて、うろぼろす部と掛け持ちしている。
「おいおい、桃子、遅いぞっ。 今日もお前が最後だぜ? これは一言詫びを入れるのが筋ってもんだろうな。 まともな高校生、いや、人間ならな。 俺達のお前に対する評価がチンパンジーに成り下がりたくなかったら、今すぐにみんな遅れてごめんなさいの一言をだな」
琉瑠人は桃子が部室に入るなり、蔑むような口調で説教臭い言葉を愚痴っぽく漏らした。
「チッ、言われなくてもわかってるよ」
桃子は琉瑠人の文句が少々鼻につき、あからさまに反抗的な反応をする。昔から、桃子は琉瑠人のキザったらしい所が生理的に受け付けず、基本的に彼に対しては嫌悪感を含んだ態度になる。
「あ、舌打ちした、聞こえてるぞっ」
「いやぁ、カンフー映画徹夜で見てたら今日も眠くて。 遅れちゃってごめんさい。 あ、ちなみにこれ、琉瑠人以外の環と一葉先輩に言ってるから」
あえて琉瑠人以外、と強調する桃子に琉瑠人はイラっとくる。
「あん?」
「なにか文句でもあるのかなぁ、琉瑠人君?」
「あるに決まってんだろっ! 常考!」
「そのネットスラングすでに死語だろうがぁああっ!」
「どこでキレてんだよ桃太郎!」
「桃太郎ってふざけんなぁああっ!」
「かかって来いよ桃太郎っ!」
二人の口論が取っ組み合いに発展しそうになったところで、人徳があり、人柄のいい一葉が桃子と琉瑠人の険悪なムードに割り込んで仲裁に入る。
「2人ともっ、ケンカはダメだよー。 桃子ちゃんも琉瑠人君も仲良くしようね? ね?」
一葉の仲裁に桃子と琉瑠人の動きが止まる。
「チッ……一葉先輩がそういうならしょうがねぇな。 むかつくがここは先輩に免じて水に流してやるか」
「お、えらいね琉瑠人君」
一葉は琉瑠人の方を見てニコッと微笑みかける。美少女一葉の笑顔には不思議と周囲を癒す効果がある。
「そりゃあ、一葉先輩に優しくお願いされたらこいつの非常識な行いに目をつぶるぐらいわけないですよ、ははは」
全く女の子にモテない上に女の子と仲良くなる機会を得られず悩んでいた琉瑠人は、環の勧めで学園内で5本の指に入ると言われているほど美少女の一葉と時間をともにできることを理由にうろぼろす部に入部したのだ。そんな彼にとって勿論大事なことは桃子とケンカするより一葉のポイントを稼ぐことである。琉瑠人はデレデレしながら調子のよい態度をとる。
「うんうん、仲良くするのが一番だよね。 じゃ、桃子ちゃんも。 私と環ちゃんにだけ謝るんじゃなくて、ちゃんと琉瑠人君にも一言ね」
一葉先輩に諭されるのは別に悪い気はしないのだが、どうも琉瑠人の入部した事情を環から聞いている桃子にとっては、調子のいい琉瑠人に普通に謝るのはしゃくに障る。
「まぁ、一葉先輩がそういうなら……琉瑠人遅れてごめ」
「感情こもってないのが丸わかりな凄まじい棒読みだな……」
一葉に優しく諭されても、桃子が琉瑠人に対してだけはあからさまなのはいつものことである。
「はいっ、じゃ、ひとまずこれで仲直りね、2人とも」
「はい……」
「はい……」
遺恨は残るがひとまず一様に免じて両者とも引く。ここで環がホワイトボードに書いていたうろぼろす部の今後の活動予定を書き終える。
「よし、書き終わった。 来週までのうろぼろす部の行動計画を書いたのでみんなホワイトボードに注目ーっ」
「あれ、雲田先輩は今日も来ないの? ってかあの人いつ来るんだ?」
桃子はうろぼろす部のメンバーの一人、ほとんど部活に来ない、というか学校に来ない雲田伊織について環に聞いた。
「えーとね、雲田先輩は」
「伊織は今日も来ないみたい、ほとんど学校も休みっ放しだね。 お父さんの会社のIT事業のお手伝いがすごく忙しいみたいで」
伊織と同じクラスの一葉が環に代わって伊織がうろぼろす部に来ていない事情を説明する。
「うん、そうそう。 雲田先輩にはもうメールで今週と来週の行動計画を伝えてあるんだ。 来週の廃工場地帯に忍び込むのには参加するって。 なんか気になる都市伝説の噂があるんだとかで。 うーん、伊織先輩の持ってくる都市伝説気になるなぁ、私が聞いたことないのだと嬉しいなぁ」
「雲田先輩のことはわかった、だから環、話が都市伝説の噂に脱線する前にひとまずうろぼろす部の予定を話せよ。 一葉先輩は生徒会があってあんまり時間がないんだからな」
一葉を自分が気遣っていることを彼女にアピールしたいのか琉瑠人はきりっとした顔つきで若干、凛々しい声を作って発言した。
そんな琉瑠人に桃子はウザったそうな顔をする、一々イラッとくるようだ。
「あー、そうだったね。 ごめんごめん」
「私のことなら気にしなくて大丈夫だよ。 でも琉瑠人君、ありがとう」
「いえいえ、こんなことは当然ですよ」
「顔と声を作るな鬱陶しいっ!」
「あん?」
また両者の間で火花が散り始めそうになったが、収拾がつかなくなると面倒なので、環は無理やり大きな声を出して注意をひきつけて話を進める。
「はいっ! じゃあうろぼろす部の今週の予定として、月火は部の活動資金を調達する目的でりんりん堂のお店番とお掃除のバイト! 水木金は土日に零限神社でフリマがあるから、その準備のお手伝いをしに行きます! お手伝いとか言っちゃったけどお金は出ます、こちらも部の活動資金目的です! 来週、月曜から金曜ぐらいまで放課後はずっと廃工場地帯に忍び込んで色々物色、探索します! 雲田先輩は来週月曜まで私用、一葉先輩は生徒会の仕事が今日と明日まであるみたいなのでりんりん堂のバイトは3人で、異議のある人は!? いないね、おーけー!」
「待て待て。 大ありだっ」
うるさそうな顔で琉瑠人は暴走気味の環に言及する。
「はい、琉瑠人っ」
「廃工場地帯ってユーフォリアの危険立入禁止区域じゃねぇか。 環、お前は危険立入禁止区域という言葉の意味をわかって廃工場地帯に忍び込むだなんて言ってるのか?」
「危険立入禁止区域とは、最高に楽しい場所のことです」
「ダメだな、うん。 環、お前は頭は悪くない奴だと思ってたし、実際悪くないどころか頭はいいんだろうが、そういえば常識とか一般的な感覚がほぼない奴なんだったな、失意とともに思い出したよ。 だけど廃工場地帯の入り口は封鎖されてるらしいし、どうやって忍び込むつもりなんだ?」
「あー、そういえば。 うーん、じゃ、頭のいい上に常識と一般的な感覚を兼ね備えている琉瑠人が考えてっ」
「そう言われてもな……」
「正面突破しよう、そうしよう」
「案がでないので桃子の作戦を採用っ」
「いや桃子が発言してから1秒たってないだろ。 早すぎるわ、もうちょっと考えさせろよ」
「あ、私、そろそろ生徒会の時間だから行かなくちゃ。 ごめんね」
「はーい、一葉先輩お疲れ様。 じゃ、水曜日からフリマ準備の手伝いお願いしますっ」
「おーけーおーけー、イエスマンっ! じゃ、まったねー」
「おーけーおーけー、イエスマンっ」
一葉が生徒会のために部室を後にした。
「は? イエスマン……? なんだそれ? その変な挨拶みたいなのは一体……」
「あ、なんとなく使ってたけど今からうろぼろす部の挨拶にしよう」
「え?」
「賛成っ」
「あー、廃工場地帯に忍び込む作戦はとりあえず後にしよう。 りんりん堂のお店番と掃除は5時からの約束だから私たちもそろそろ行こうっ」
「おーけーおーけー、イエスマンっ!」
「お、おーけーおーけー、イエスマンっ」
時計の針が午後4時27分を回ったところで桃子、環、琉瑠人も部室を後にし、環行きつけのオカルトショップりんりん堂に向かう。