Twitterで突発的に書く、「即興小話」を冒頭部に据えたもの。
とある【人間】と吸血姫の関係
「運命は私に微笑むのよ」つまらなさそうにそいつは嘯いた。
「運命は決まっているものよ。それでもまだ挑むのかしら」
天衣無縫、傲慢不遜、悠久の時を生きるそいつは俺に向かって「殺せるか?」と問うていた。ならば答えたくなるのが情ってもんだろう? さあ、宿願を果たそう。
「吸血鬼か」
俺は顔をしかめながら昔のことを思い出す。腐れ縁であった吸血姫。結局、俺は奴を殺しきれなかった。その結果が今こうしてある現実だ。あきらめるしかない、とは言えつくづく笑えないと思う。
「ええ、お母様曰く、『最低最悪の同族』だそうよ」
「まったく、子どものお前を伝令にせず、そのまま声をかけろってんだ。あの性悪は」
「くす、オジサマはいつもそうね。お母様に唯一引き分けた【人間】なのに、親愛の響きがある悪態なんて」
「気持ち悪いことを言うな。後、引き分けたんじゃない、殺し損ねただけだ。まったく、お前の父親が気になるよ」
俺の言葉にけたけた可笑しそうに笑う。
「あは、オジサマには内緒よ。それは別にしてお母様からの依頼受けてくれるのかしら?」
「拒否権は俺にはないさ。すでに上からも命令されてるしな」
短い嘆息とともに俺は椅子にひっさげてあった上着引っ掴む。
「ついてこい、そのつもりで今の時間なら学校に通ってるお前をよこしているんだろう? まったく、あいつの掌ってのは気に食わんが、これが宮仕えの悲しい性だな」
「もう、オジサマは性急ね。夜まで待てばいいじゃない」
「昼間から動ける吸血鬼ってのはなかなかいないだろ? だからこそ昼間に動ける場合は動くんだ。お前もその口だしな」
俺の言葉にやっと姿を現したそいつはむくれっ面をさらしていた。
「なによ、日差しは流石につらいのよ? レディーには少しくらい優しくしてくれてもいいんじゃないかしら」
姿恰好は吸血鬼に似合わぬ、白と赤の衣装。俗にいう千早と緋袴からなる巫女服というやつだ。モデル体型というやつか、何を着ても様になる。ただ、胸は残念だが。年齢は外見で中学二・三年というところだ。
「お前らに優しくする義理はねぇよ。まったく、数日家を空けたと思ったらこれだ。ハウスルールくらい守りやがれってんだ」
俺の言葉に流石に恐縮したのか、愁傷にしゅんとする。
「しょうがないじゃない。お母様からは逃げられないのだし」
私だって学校に通っていたところを拉致られたのだし、と続けた言葉は意図的に無視した。
「ほら、いくぞ。そこにいつもの傘は持ってきてある。ついてこい」
俺はドアを開けた。今日も日差しが眩しい。
吸血鬼、と言っても一口にすべてを表せるわけではない。
人外の姿をしたもの、人の姿をしたもの、知能を有するもの、そうでないもの。血を好むもの、好まざるもの。人間がそうであるように多種多様だ。
もちろん共通した点はある。怪力であることはまず外せないものだろう。
人間より優れた身体能力もあるが、これに関しては個人の主観やらに関わって十全に発揮されるとは限らない。怠惰な奴は怠惰だ。環境に左右されてるとも言ってもいい。
血を飲む、という行為ができるのも確かだ。が、なじみの吸血鬼曰く「嗜好の類いに関するもの」だそうで、血を飲まなくても死ぬことはない。また、血を飲んでもあまりメリットはない。しいて言えば、その飲んだ人間を「配下」にできる程度らしい。
昔はその配下を増やすことに血道をあけていた時代もあったみたいだが、最近はめっきりないと言う。デメリットが大きくなりすぎたからだ。
「出る杭は打たれる」まさにその言葉通り、同族間での闘争の火種となった。また、人間からの討伐の対象にされ、科学の発展により多くの吸血鬼が命を落とすに至った。……不死種と呼ばれる吸血姫は殺せなかったようだが。
吸血鬼と【人間】。いや、この世界の裏側と【人間】。その関係はなにも敵対だけではない。契約という名の共闘、純粋な信頼関係による協力。その形は違えど、【人間】と歩むものもいる。
俺もそのうちの一人だ。
とある吸血姫に見初められ、殺し合い、不可侵へと至った。現在はその吸血姫からの依頼を受けたり、所属元の役所からの命令により、敵対的な裏側の対処にあたる【人間】、いわゆる退魔師とか、ゴーストバスターとか言われている胡散臭い家業をやっていると思ってもらえればいい。
なんにせよ、仕事は仕事だ。きっちりこなさなければな。
「オジサマ、見当でもついているの?」
和傘に巫女服の少女はそう聞いてきた。目立つ格好だが、周囲の人間は気にしていない。いや、視界に入っていない。それが吸血鬼の一つのスキル、気配遮断だ。
「まぁな、元々それらしき事件は最近起きてたし、裏側がらみだとはうすうす気づいていた」
「あら、珍しく勤勉なのね」
「勤勉? ちがうな、俺を挑発するような感じだったから、自然と目に入ってただけのことだ」
俺の投げやりな言葉に可笑しそうに笑う。こいつの母親もそうだが、笑い方が上品だ。
雑踏の中を進む。今日も気温が真夏日だそうだ。通りで暑いわけだ。
「……暑くないのか?」
「暑いに決まってるわよ。分かりきったことを聞かないで」
怒られた。涼しい顔をしているから聞いたのだが、やはり、それなりの親交を結んだとは言え吸血鬼のことはよくわからない。化け物らしく振舞えばいいのに、何故か知り合いの吸血鬼は皆、人間らしく振舞おうとする。その中でも、こいつは学校に嬉々として通ったり、鼻歌を歌いながら家事をする。
母親は、まあ、あれだ。お察しくださいのレベルだったから、そう考えると突然変異種なのかもしれない。
「で、いつまで歩くの?」
「ん? ああ、日暮れまでだな。とにかく俺が来たことを相手に認知させる」
俺の返答に、あからさまにげっそりする。
「やっぱり夜にすればいいじゃない」
「夜にしたらいきなり襲われるだろう? 人を巻き込むのもいけないからな。こうして相手に歯噛みさせといて、夜に人気のないところに出れば自然と襲われるという寸法さ。これで場所を指定する」
「そんなにうまくいくのかしら」
首をかわいらしく傾げながら疑問を口にする。
「まあ、いくと思うぜ。情報を分析したところ、こいつは夜型の武闘派だ。さらに俺を挑発してたくらいだからな。ひっかかる」
「ふーん。オジサマって意外と喧嘩好き?」
「喧嘩好きなものか。……売られた喧嘩は全て買うがな」
それを喧嘩好きっていうのじゃないかしら、という呟きを聞き流して空を仰ぎ見る。
雲一つない快晴。今日の夜は月がきれいに見えるだろう。
「ねぇ、オジサマ? これも予想の範囲内なのかしら」
「そうだな、……これは予想外だ」
俺は相手との対峙場所に選んだ神社の境内で、絶賛囲まれていた。
最近の吸血鬼は配下を作らない、さらに、武闘派の夜間型なんていう先入観のせいで痛い目を見そうになっている。
「ふひ、ふひ、ばーか、ばーか」
その元凶たる親玉こと、討伐対象たる吸血鬼に安い挑発をされる。
「そうね、オジサマは馬鹿よね」
「馬鹿言うやつが馬鹿なんだぞ」
と、くだらないやりとりをしている間にも、じりじりと包囲網は狭められる。
まいったな、一対一なら負ける要素はこれっぽちもないが、人間の配下五十名に対して有効な手立てが思いつかない。ないわけではないが、使っていいものか。
「ふひ、ふひ、こ、これで憧れを奪った奴を殺せる」
吸血鬼の言葉に違和感を覚える。憧れ? なんだそれは。
「……お前との接点などないはずだが」
「だ、だまれ、あの方の子どもを連れてる時点でお前は死なないといけないんだよ、に、人間」
あの方の子ども、という言葉で俺は全てを理解した。なるほど、こいつの母親の崇拝者だったやつか。それも飛び切りたちの悪いほうの。だから、俺の周囲で挑発まがいのことをしていたわけか。
「だから言ったでしょ? 最低最悪の同族だって」
わかりきったこと、という風に澄ましているということは知っていたのだろう。
「で、私の力はいるかしら」
こういう風に聞いてくるということは、使ってもいいという許可が下りてるという事か。そもそも、使わないとまずい状況であることは確かだ。
「……お願いしよう」
「うふ、あとで美味しいものおごってくださいね」
そういうと、その場から姿を消す。いや、闇にまぎれた。
こうなれば彼女は強い。
「!?」
包囲していた敵の配下の一人が突然転んだ。何が起こったのかわからないといった風に顔を白黒させている。配下と言えども、操られている人間だ。殺さずにすむならそれに越したことはない。そのために使える力ならば使う。
彼女が使っているのは《霧》と俗に言われる能力。吸血鬼の一部が主有する世界にまぎれる力だ。
「お、お前、何をさせている?!」
吸血鬼は目を白黒させている。そんなにあの方の子供が俺に協力するのが意外だったのか。
「ん? なにって、見たまんまだがな」
「お、お前絶対殺す!」
爆発的に高まる殺意。それも致し方ないとは思うが、俺は憐みの目を向ける。
「いいか、吸血鬼。お前の理想を押し付けるな。あいつはそんな存在ではない」
周囲の戦闘はすでに一方的になっている。ならば俺は俺できっちり仕事を果たさなければならない。
「同族に祭り上げられ、孤高となってしまったあいつの苦難を、決断を汚すんじゃねぇ」
研ぎ澄ますのは、破邪の剣。信頼と闘争の果てに生まれた不可侵の証。
「だ、黙れ。黙れ!」
「俺はあいつが嫌いだ。だが、俺自身も嫌いだ。結局は解き放てなかったからな」
ゆらり、と風景が歪む。吸血鬼が闇に溶けたのだ。一撃で俺の首を狩るつもりだろう。それでいい、俺の間合いまで、無防備に近づけばいい。
「さて、問題だ吸血鬼」
虚空に問を投げる。ふつふつと湧き上がるそれを束ねていく。
「【人間】が吸血鬼を殺すならば何が必要だ?」
一通りオジサマの希望通り、操られていた人間を眠らせておいた。それから見やる、オジサマと対峙する吸血鬼を。
そして思う。やはり、オジサマはすごいと。
吸血鬼を、闇にまぎれる吸血鬼を歯牙にもかけないその強さ。私のお母様が認めた唯一の【人間】。この世界には多くの【人間】がいるけれども、一対一に限ればオジサマが最強だと思う。
そう、それが敵ならば。
「が、はっ」
闇になっていたはずの吸血鬼を文字通り串刺しにする。串刺しにされている吸血鬼も何が起こったのかわからないという表情をしている。
くす、オジサマは本当に最高だわ。
「よく聞け吸血鬼。正解は憎悪だ」
ずるずる、とオジサマの影から伸びていた、一筋の紡錘状の影が戻っていく。
串刺しにされた吸血鬼はどさりと地上に落ちる。身体に空いた穴からは血がしたたり落ちる。
「哀れな最後だな、ちんけな最後だな、みみっちい最後だな。その憎悪、俺が引き受けよう」
「あ、あ、ぁ、あ」
「そうだ、世界を憎めばいい、俺を憎めばいい、だが、あいつを憎むのは俺の特権だ」
一歩も動かず、ただ、物言わぬ屍になろうとする吸血鬼を見下ろすオジサマ。
オジサマの影がどんどん変質していく。
人間ではない【人間】。
私たち、世界の裏側に足を踏み入れた哀れな子羊。お母様が視た死を運ぶはずだった人。
「《揺り籠で眠れ》」
オジサマの影が吸血鬼を包むように伸びる。そして包まれた後には何も残さない。憎悪による揺り籠。
吸血姫の娘としてぞくぞくする。その無慈悲さに、その優しさに、その不死をも殺せる力に、その憎悪に心を焦がすところに。
ああ、オジサマが父親だなんて知らなかったら、きっと決闘を挑んでいた。
そう、吸血鬼の本能として、本懐として、命を賭けた決闘を挑んでいただろう。
不死を殺せる力はとても甘美な誘いなのだ。未来永劫の生き地獄からの救済。
「……恨むわ、お母様」
見上げた空にある月はとても眩しかった。
【人間】とはこの世界の真実を知った人間のことだ。吸血鬼やら妖怪やら怪獣やら、まあ、その類がいることを知っている人間のことだ。他にも難しいことはあるがそう思っていて間違いない。
その【人間】を束ねるのがこの四季家が一つ、春日木家の三女、幽芽である。
「で、君はわたしの捕縛命令より、姫君の依頼を優先したわけだ」
報告に来た瞬間から、目が笑ってない笑みを浮かべていた上司は報告を聞き終えた瞬間に完全に笑みを消した。
「君には減俸を言い渡さないといけないな」
「ちょ、ちょっと待ってください。俺があいつに逆らえないのはしっ」
「半年間、ただ働きしたい?」
「申し訳ございません、以後気をつけます」
それでいいんだ、と満足そうにうなずく鬼上司に軽い殺意を抱く。くそ、宮仕えなんてやめてしまいたい。
それからしばらく、二、三の事柄について確認した後、俺は上司の部屋を辞した。三か月、減俸四分の一に泣きそう。割に合わねぇ。
「くす、お疲れ様」
「ちっ、終わってから現れるんじゃねぇよ」
壁にもたれかかるようにして待っていたのは、くだんの姫様。いるかもとは思ったがはた迷惑すぎる。
「運命は決まっているのよ。この件はあなたの運命。たとえ、私が依頼しなくともあなたに降りかかった火の粉だわ」
「そんな運命なんか捨ててしまえ」
心の底から吐き捨てる。
「……ねぇ、私は殺せないのかしら」
唐突に、俺の目を覗き込みながら尋ねられた。それに俺はいつものように答える。
「はん、殺すも殺さないも俺の勝手だ」
「つれないわね」
儚げに笑ったそいつから無理やり目を背ける。
まただ、心の底からこいつを守りたいと思ってしまう。こいつの隣で歩きたいと思う。
あの「殺せるか?」と問われ、挑んだのちに去来した何とも言えない衝動。俺は憎悪を向けれない、いや、向けたらそれが運命だと証明してしまう。こいつが視た運命を。
「……もういくぞ」
「ええ、また会いましょう。ところで、娘はどこかしら」
「今の時間なら学校だろ、知っててきくな」
「あら、そうだったかしら」
とぼけたように首をかしげる。もう先ほどのような儚さはない。
それでいいと俺は思う。あれから少なくない時が流れたが、俺とこいつの関係は止まったままだ。不可侵と言う名ばかりの関係にすがっている。
【人間】と吸血鬼。
さて、化け物なのはどちらなのか。俺は肩をすくめて思った。どちらも化け物だな、と。