むら
「倒れる気配が全くねえ!」
村の屈強な男たちは、塀に体当たりしながらそう口を揃えて言っていた。
塀の向こう側からは、応援とも嘲笑ともとれる笑い声やかけ声が聞こえてくる。
この村では、ほかの村の人と接触することがなかった。取引や物々交換はこの村の中だけで行われていた。
しかし、ある晩を明けた次の朝のこと。この村のとなりに新たな集落ができていた。厳密に言えば、この村のそばに、陣地を囲むように塀が立てられていたのだ。
スンマは友人と村の中をぶらぶら歩きながら雑談をしていた。
「そういえば、オレ、最近向こうの女の子と話してんだぜ」
「へえ」相槌を打ったのはスンマ。
「でさ、そいつがめっちゃかわいいんだよ」
「実際に会ったんだ?」
「いや、会ってないさ。見たこともない。でもきっとかわいいんだよ、今度会う約束をしようと思う」
歩いている内に、二人は塀の一角に近づいてきた。
スンマはうん、とだけ言って目を塀に向けた。彼は歩む方向を少し変え、塀から遠ざかろうとした。
しかし、スンマの友人はスンマを尻目に塀に駆け寄った。
「おーい、そこにいるか?」塀の向こう側にいる対象に声をかける。
スンマはため息をつく。
「はーい、いるわよ」小鳥がさえずる音のように、甲高い声が返ってくる。
スンマは静かに舌打ちをする。負けじとスンマは「今日は天気がいいね」と友人に尋ねるが、反応してくれない。
「調子はどうだい?」
「いつもどおりよ」
「そうか、それはよかった。で、……」
スンマは友人と見えぬ相手の会話に耐えられなくなり、その場を歩いて離れてしまった。
あとの話だと、スンマの友人は壁の向こうの女の子と会う約束をしたらしい。
会う約束をした友人は、今までにもまして塀の向こう側の見えぬ会話相手と雑談していた。スンマは友人を遊びに誘おうと思ったが、友人は話すことでいっぱいいっぱいのようだった。
ほかの友人を誘おうと思ったが、誰もが塀の向こう側の人々と話していた。
スンマは苛立ちを抑えられなかった。ここに自分がいるのに、なぜ会ったこともない、直接見られない人たちとそれほどまでに話し込めるのか。
誰もいない塀の一辺に行った。そして、高くそびえる塀を力いっぱい蹴ってみた。塀は微動だにせず、ただカコン、と音がしてスンマの足に激痛が走っただけだった。
スンマは怒りと悔しさとが混ざった感情で、ひたすら塀に体当たりをした。塀は全く倒れる様子を見せない。
ハハハ、と塀の向こうから声が聞こえる。
「うるせえ!」最後に一回、体当たりを試みたが、努力は報われず塀は突っ立ったままだった。
翌日、暇を持て余してスンマは石を蹴り転がしていた。相変わらず、村のみんなは塀の向こうの声と話をしている。
スンマは何気なく石を塀に向かって思い切り蹴ってみた。すると、塀に穴が開いた。穴といっても、塀の中を見通すくらいの穴だ。
塀の前にしゃがみこんで、片目を穴にあてた。
スンマは鼻で笑いそれ以降塀に近づくことはなかった。
しかし、スンマは塀の中のことを誰にも言わなかった。
年月が経って、スンマは死んでしまった。とほぼ同時に、村は農耕の不足がたたって没落した。