第五話
朝の騒動で、自分の殻に閉じこもってしまった陽菜さんを落ち着かせるために、ウィリアムさんから麻那ちゃんと彩音ちゃんの任された私は、二人を連れて自分の部屋へ戻った。
「おねえちゃん。おかあさん、だいじょーぶ?」
「おにいちゃん、どこいったの?」
不安そうに私の服の裾を掴むふたり。
―――あの後、イリス君は部屋を出て行って行方が分からない。
「お母さんはお父さんに任せて大丈夫だよ。・・・お兄ちゃんは、ちょっと気持ちの整理をしに行っただけだから、きっと帰ってくるよ」
確証のないことを言っているのだが、おそらく外れてはいないと思っている。
というか、イリス君が行くとしたら、あそこしかないしね。
イギリスへ帰ることも、このマンションへ帰ることも出来ず。それはまるで、帰り道が分からず途方に暮れている迷子のようで――。
それから、麻那ちゃんと彩音ちゃんに朝食兼昼食を作って食べさせ、二人がお昼寝をしている間にウィリアムさんに言伝をして家を出る。
念のため、駅員さんにこの町では珍しい外国人が改札を通ったか聞いた。
そのまま切符買ったらもったいないしね。
案の定、年若い金髪の少年が暗い顔をしてここを通ったと教えてくれた。
駅員さんにお礼を言って、ちょうどやって来た電車へと乗ってあの場所を目指す。
突きつけられた真実に戸惑うか、否定するか、はたまたは受け止めるか。人それぞれの価値観、感性と言葉に置き換えることは簡単だ。けれど、それを理解することは難しい。
それまで、その人を作り上げてきた基礎が跡形もなく崩れ去っていったとき、人々は何を思い、願うのだろうか・・・。
陽が西に傾き、茜色に染まった世界の中、イリス君は独りぼっちであの大樹を見上げていた。
私が近くに来ていることも気付かないほど、大いなる生命力を感じさせてくれる大樹に魅入っている。
「・・・その木は三百年近く生きて、ずっとこの町を見守り続けているんだって」
突然の言葉に、イリス君は驚いた顔をして私を振り返る。
「この町がまだ村だった頃、ひどい飢饉に襲われて身寄りのなかった少女を生贄に、この木の下に埋めたの・・・生きたまま土を被せて」
「っ!?」
「それ以来、村では年頃の少女が事故で次々に死んでいった。あるとき、その村を訪ねた僧侶が『これは生贄になった娘の魂が怨霊となってこの村を呪っているんだ』って言ったそうよ。そして僧侶は怨霊となった娘をこの木に封じ込め、年に一度、鎮魂の祭りを行うよう村人たちに伝えて去っていった・・・という逸話がこの木にはあるんだよ」
それまで淡々とした表情で語っていた私がにっこりと笑うと、イリス君は全身の力を抜きながら息を吐く。
「・・・なんで、ここに居ると分かった」
「え?だってイリス君が知ってる場所ってここくらいじゃないの?」
「ぐっ・・・!?」
自ら墓穴を掘るってなんて不憫な人なんだろう、イリス君。
これまでのドジっ子さに思いを馳せて、心の中で涙する私の様子には気付かず、イリス君は自嘲的な笑みを浮かべる。
「・・・馬鹿みたいだな、俺。お祖父さまの望むとおりに兄さんを連れ戻そうと一人で躍起になって、挙句の果て、残酷な真実を突きつけられるんだ」
何やってんだろうな、と悲しみに縁取られた眼には迷いがあった。
「―――『世界は広いようでいて、人が考えている以上に狭い』」
「え・・・?」
「私を育ててくれたおばあちゃんの言葉だよ。
ひと一人の視点から見れば世界は確かに広い。けれど、この世界に私たちは独りで暮らしているわけじゃない。家族がいて、友人がいて、幾つもの見えない糸で人々は”繋がっている”んだよ」
その言葉にイリス君はひどく驚いた顔をして私を見る。
私は満面の笑みを浮かべてイリス君へと手を差し出す。
「だから―――帰ろう」
私の言葉にイリス君はしばらく固まって、差し出した手を見つめていた。
「・・・・・・けど、俺は」
「皆、心配してるよ。彩音ちゃんも麻那ちゃんも、”おにいちゃん”のこと大好きだから」
一緒に帰ろう、と続ける私の顔を見てイリス君は顔を歪める。
「・・・っ」
「え?」
伸ばされた手がしっかりと私の手を握り、そのまま引っ張られると、いつの間にかイリス君の腕の中に納まってしまった。
その状況を認識して慌てふためく私が必死に抜け出そうと力を込めるが無理だった。
「イリス君、そろそろ離して貰えるかな?」
「・・・ありがとう」
ようやく身体を離してもらって向き合うと、イリス君の満面の笑みでお礼を言われた。
「う、うん。・・・帰ろっか」
不覚にもイリス君に見惚れてしまった私の顔はきっと真っ赤になっている。
――今が夕方でホントによかった・・・っ!
空を赤く染め上げ、優しく世界を包み込む太陽は静かにその身を地平線に沈め、安息のときへと入ろうとしていた。
そして火照った身体を冷ますようにそよそよと風が吹く。
葉を擦れ合わせながら流れる風の姿に私はふと、この風はどこに還るのだろうと思った。
―――・・・マンションに帰り着くまでの間中、ずっとイリス君が手を繋いで私の羞恥を煽ったことはウィリアムさんたちに言えない出来事だった。
お久しぶりです・・・m(__)m
何ヶ月ぶりかすら時間間隔のなさにどうしたらいいのか分からなくなってしまいました(・_・|。。
これからも更に鈍すぎる鈍足更新で書いていかれると思います・・・(汗っ
ホントに、暇潰しにもならない話かもしれませんが、気が向いたら読んでくださいませ(>_<)