二冊目 第一話
『フランスで結婚式を挙げるのが夢だった。 その夢が図らずももうすぐ叶おうとしている。 祭壇の前には、フランスの貴族である傲慢な男。 私は今から妹の代わりにこの男と結婚しようとしている――――。 本来の花嫁である妹は、誰からも愛される娘だった。 両親が交通事故で亡くなってから二人で力を合わせて生きてきたけれど、妹の美しい容姿とくるくると変わる豊かな表情、そして何よりその頭の良さでフランスの貴族と婚約したときは驚いたものだけれど、その貴族には人を見る目があるのだと、変な風にも納得もした。 だけれどまさか、結婚式当日になってベストマンの男性と駆け落ちするなんて! そしてそのことを傲慢な男が後押しして、結婚式に空いた重大な穴を私に埋めさせるなんて――――!』
うん。 ないな。
あり得ないな。
だいたい、妹の身代わりに花嫁になるなんて、あり得ないでしょ!
日本じゃあ神前で結婚式を挙げたって形式的なものなだけだけど、海外じゃそれで正式に夫婦になるんだよね。
なのに、『身代わり』?
でも、お貴族さまと結婚かぁ……どんな生活なんだろう。
贅沢三昧? 社交界の華?
まあ私には絶対縁がないからいいけどね。
いつものように妄想を膨らませ、そしていつものように突っ込みを忘れずにロマンス小説を読み終わり、瞳子はソファの上に寝転んだ。
月曜日から残業だなんて、ついてない。
疲れすぎて戦闘服を脱ぐことも出来ないけれど、でもやっぱり本は読んじゃうんだよね……。
すぅ
疲れた目をちょっと休めるつもりで閉じた瞳子は、そのまま寝息を立てて深い眠りへと落ちてしまったのでした。
**********
コンコンコンコン
「瞳子」
―――――またあの夢だ。
コンコンコンコン
「瞳子。 開けてくれ」
うー。 今日は勘弁してくださーい。
コンコンコンコン
「瞳子。 居留守つかってるな? ……では失礼するぞ?」
ぎゃあああぁぁっ!
どうして勝手に入ってくるんですか、いつも!
ってか、勝手に入ってこれるのならノックする必要あるのかっ!?
重い瞼を開けることができずに、瞳子はソファの上で寝転んだまま。
そこに近寄ってきた、いつもの変態さん。 ――――名前はまだない。
「ふーん。 寝たふりしているな? 頬がぴくぴくと動いているぞ」
ぺろ
引きつる頬を舌先で舐めて、そこを指でゆっくりと撫でまわし始め出した。
「ふぎゃっ!」
「ほら、起きた」
くすくす笑う変態さんに、思いっきり文句を言おうとしたら――――変態さんが、変態さんがっ!
まったくもって見たこともない、別人だった!
「あ……あ……あ……っ!」
「なんだ?」
「うわあぁぁぁっ!!」
ダッシュでソファから起き上がって玄関に置いてある木刀を取りに行こうとしたら、不法侵入者に手首をつかまれた。
駄目だ……今度こそ本当に変質者だ……。
ここで気持ちが萎えたら襲われてしまう。
戦闘服のままでいることに力が湧いて、手首を握られたままくるっと反転。 そのまま足を変質者の股間に思いっきり蹴りあげる。
「ぐぼっ!」
変質者が股間を抑えて蹲ったすきに、手を振り切って玄関まで急ぐ。
悶絶している変質者に走り込みの加勢から上段構えで一気に木刀を振り下ろす!
ばきっ
……え? 木刀が折れた……?
左腕一本で木刀を受け止めた変質者は呆然と木刀を見ている私を羽交い絞めにして、そのままソファに押し倒した。
「……やりすぎではないか?」
はあはあと荒い息をはきながら近づく変質者の顔が怖くて顔を背けると、小説の表紙絵が目に飛び込んできた。
「!」
金髪碧眼で長身の男が、祭壇前で花嫁と向き合っているシーンの表紙絵。
その男の顔が、今私を拘束している男とそっくり同じだったのだ――――!
「まさか……。 またか!」
がっくりと肩を落としたのはいうまでもない。
私ったらまた夢を見ているみたい。
もう勘弁してください。
「何が『またか』なんだ?」
金髪碧眼で、ちょっと優男的な顔立ちの主人公さん。 たしか名前はシャルル?
「シャルル」
「なんだそれは」
なんだ。 主人公の名前でもないんだ。
「アンドレ」
「……それはまた人の名前なのだな?」
っち。
今日も違ったか。
「ってか、どうして顔が違うのよ! 私の妄想ってすごくない?」
この前の夢まではギリシアの黒髪黒瞳のちょっと厳つい感じの男前。
なのに、今日はフランスの金髪碧眼の優男的な美形さん。
……だめだ。 私ったら絶対ロマンスに飢えている。
「妄想? これを妄想だと思っているのか?」
シャルル(注:勝手に命名)の顔が少し斜めを向きながらゆっくりと降りてくる。
――――キス、される!
逃げろ、私! いくら夢でも節操くらいは持とうよ!
ソファの上でシャルルが私を抑え込むように乗っているので、私は暴れることも逃げることもできない。
それにシャルルのその瞳に――――その憂いを含んだ碧い瞳に吸い込まれそうで。
見たことのない、瞳の色。 綺麗なガラス玉のように透明で澄んでいて。 光彩の陰影が気の遠くなるような奥行きをだして、そこに吸い込まれそうになる。
夢だから。
これは私の妄想の夢。
私に抵抗する気がないことを見てとったシャルル(仮名)は、ふっと力を抜いたやさしい顔になり、そのまま私の唇に自分の湿ったそれをつけた―――――。