自主製作 第九話
無理。 絶対無理。
一緒に寝ることには同意した瞳子だったが、目を瞑ったもののその実はどうあがいても眠れない状況で。
かたや黒綺は本調子ではないせいか、ほとんど裸の瞳子を抱いていても、すぐ寝息を立てた寝入ってしまった。
―――――――この状況を、どうしろと?
後ろから抱き締められる格好で布団に寝ているので、少しでも動くとすぐに黒綺にわかってしまう。
けれどこの状況に居た堪れなくなった瞳子は、身体に回された手をことさらゆっくりとどかせて、そおっとそこから抜け出した。
瞳子の動きに合わせてベッドが軋む。
その音に気付いたのか、黒綺の腕がすっと伸びて瞳子の手を掴んだ。
「どこにいく?」
「……あ……えーっと、着替え?」
「駄目だ。 ここにいろ」
へ? 命令形?
「黒綺……、寝ぼけてる?」
だいじょーぶ?と冗談で誤魔化そうとしたけれど、もちろんそうはいかなかった。
「寝ぼけてなどいない。 ……ここにいろ」
手首を握る手に力がこもる。
そのままぐいっと引っ張られても説いた場所に着地した。
「こ……黒綺?」
戸惑う瞳子に黒綺は今度は背後からではなくて正面から抱きしめた。
うわーうわーやめてくれーーーっ!
こんなシュチュなんて、ありえなーい!
耳の中でぼふんと音が鳴った。
どくんどくんと血が勢いよく流れだす。
それとは別に黒綺の胸からじかに感じる振動と温もりも、瞳子の動悸を倍増させる。
ひぃーーーっ!
こういうのは小説の中だけでいいですぅーーーっ!!
……って。
あれ?
あれれれ?
なーーーんもない。
抱きしめられて黒綺の胸の中にいるものの、それ以上はなにもなし。
おまけにまた気持ちよさげに寝ているし。
えーっと、別に? 襲ってほしーなーなんていうのはないですけれど(うそ)?
でもちょっとは……なんて思ってしまったり?
裸の私って、魅力ないんですかねー?
ちょっと頭を動かして、上目遣いで黒綺を見ても、安心しきった寝顔しか見えない。
うーん。
これは喜んでいいんでしょうか?
それとも残念がっていいんでしょうか?
瞳子のひそかな野望がこっそりと頭をもたげたが、黒綺が本調子どころか死にかけていたことを思い出して、ちょっと凹んでしまった。
もっと怪我人労らないと。
私がいることで安心するなら、ここにいてもいいよね?
恥ずかしいとか言っている場合じゃないんだよね。
でも私、こうして裸同士で寝るってこと、したことないんだけど……。
黒綺、クロねこ黒綺になってくれないかな。
そしたら撫でまわすのに。
……撫でまわす?
その瞬間、瞳子は黒綺の怪我の状態を思い出した。
たしかに自分の舌で治っていく怪我を目の当たりにしたけれど、ひと寝入りしてからはまったくその痕を見ていない。
力尽きてソファに寝かすこともできずリビングの姿見の前で布団にまるまって寝ていたはずなのに、いつのまにか寝室にいるし。
するり
黒綺の胸にあてていた手をそのまま背中に回し、あのひどかった傷口のあった場所まで手をゆっくりと這わせていった。
―――――あ、なんともない。
えぐられてぱっくり開いた背中の皮膚が、きれいに再生されているようでするっとした感触になっていた。
そのまま手を黒綺の頭のほうに移しても、頭の傷も瘡蓋どころかきれいに塞がっているらしくデコボコと歪になっているところもない。
よかった。
怪我がなければあとは、血になるものを沢山食べたら元気になるよね。
でもこの家に、食材ってないだろうなあ。
マンションに帰ったら多少はあるけど、いつ黒綺が目覚めてくれるかによるような……。
起こさないように気をつけながら、それでも黒綺の身体をまさぐるのを止められない。
すべての傷がないのか、確かめずにはいられない。
手の届く範囲すべてのところを撫でまわし、ほっと一息つくころには、疲れてしまってまた睡魔に襲われた。
あー……、そういや…会社……。
今一体何時なんだろう……。
すぅ
そうして瞳子は再び眠りについた。
**********
「あれ? 東野さんは? 休み?」
薄めの髪を今時七三わけして、なおかつ太めの黒ぶち眼鏡をかけている、まるで古いアメリカ映画に出てくる日本人の典型モデルのような課長が、室内に入ってくるなり瞳子の欠勤に気がついた。
「先ほど電話が入って、熱があるそうで今日は休みますとのことでした」
本当は何の電話もないけれど、このくらいの嘘はついてあげなくちゃと千紗は思った。
「ふーん。 金曜日も休んだよねぇ。 こんなに急に休みだすなんて、本当は何かあるんじゃないの?」
「さあ……? でも病欠明けなのに残業してましたから、体調が狂ったんじゃないですか?」
ちくりと嫌みを言ってみる。
そのくらい言っても問題はないはず。
だって、昨日の瞳子の残業は、確実に課長の凡ミスのせいだったから。
「あっ……あれは、東野さんがミスをしたからいけないんだっ!」
はー、動揺しちゃって、みっともない。
だからその年になるまで浮ついた話ひとつもないんじゃないの?
千紗の、課長に対する評価は最低で、でもそれは一度でもこの課長の下について仕事をしたのであれば皆思っていることだった。
瞳子のやつ。 どうしちゃったのかなー?
まさかあのガラス戸の向こうにいったまま、帰ってきてないのかしら。
何度携帯電話にコールしても、全く出ない瞳子をいぶかしく思いながら、仕事帰りにでもケーキもって寄ってみようと決めた千紗だった。