自主製作 第六話
夢じゃなかった。
朝起きて、隣に寝ている千紗の、その華奢な手首に付けられた額飾りを見て、瞳子はなぜかほっとした自分に驚いた。
どうしてほっとしているんだろう。
この前までは夢か現実かわからなくなっていて、千紗が家に泊まりに来るっていったときにも本当はまだ夢かもって思っていたから……だから、千紗という証人がいてくれることにほっとしているのかな。
まだ寝ている千紗を起こさないようにそっとベッドを抜け出した瞳子は、朝のルーチンをこなしつつ、千紗に食べてもらうための朝食をいつもよりも少し豪華に作っていた。
ジュージューと、ベーコンと卵が焼ける音と美味しそうな匂いにつられて、千紗が起きてきた。
「おはよう」
「およよう、千紗。 ご飯もうすぐできるから、先に顔を洗ってて」
「うん。ありがと」
寝ているときに乱れないように長い髪をゆるく結えて、起きたての締りのない格好をしていても、千紗は絵になるほどの美人さんで。
そんな千紗と自分を比べても、馬鹿らしくなるなあと苦笑しながら、ぱりぱりに焼けたベーコンとスクランブルエッグを皿に取って並べていく。
瞳子がテキパキと朝食をしている間に、千紗も洗面と着替えを済ませ、リビングに戻ってきた。
「うわー、美味しそう! 朝から豪華だねー」
瞳子から手渡された珈琲の入ったマグカップを持ってソファに座ると、今度はバターがたっぷり塗られたフランスパンを渡される。
「まあね? 千紗が来てくれたから、これくらいはしますよ。 ……普段はこんなんじゃないけどね」
「ほんっとに瞳子は料理上手。 手慣れてるしねー」
「ありがと。 さ、早く食べて会社に行こっ」
そういいながらも二人は朝食をゆっくりと堪能して、戸締りをして二人仲良く家を出て会社に向かった。
「カイ」
「なんだ」
「いいのか? あのままで」
姿見に映し出された瞳子と千紗。
見たこともない珍しい形の部屋と、珍しい衣裳。
箱の中の文字らしきものが動くたびに瞳子と千紗は「やばい」といってあわただしく動く風景。
面白い世界。
こんな世界にいれば、自分たちの住む世界はとてもつまらないものではないのか?
「……そうだな。 そうかもしれない」
壁のボタンを押すと部屋が明るくなったり暗くなったり、ちいさな箱からはこの姿見のようにいろいろなものが映し出されていく。
瞳子の作るご飯は匂いまでこちらに伝わってきそうなほど美味しそうなものだった。
瞳子は瞳子の世界に満足している。
私がこちらの世界に連れてきたいとどんなに願っても、瞳子が悲しければそれは別だ。
その場合は私があちらの世界に行けばいいということか。
「それは国王として認めることができかねる」
ライは辛そうにそう言った。
そうだろうな。
私以上の魔法使いが現れない限り、私はリエンから離れることはできないだろう。
「帰るぞ、ライ」
ブーン……
姿見に手をかざすと、そこに映し出されたのはリエンの城の、北の塔にある見慣れたカイの居室だった。
にゅるり
先にライを渡らせ、部屋に入ったことを確認すると、黒綺は自分も鏡の中に手を入れて瞳子のために作った屋敷を去ったのだった。
**********
「つっかれたー」
瞳子は夜遅く帰宅したとたん、化粧も落とさずそのままソファにダイブした。
相変わらず残業三昧な日だったなあ。
課長のやつ、現金が一円合わないからって、それは私のせいなのか?!
今日の小口現金管理は課長の担当だったのに!
入金伝票の記入ミスしたのも、課長だし。
ほんと、疲れた……。
あーもういやだ!
そう思いだすと、ストッキングが身体にまとわりついていて、ものすごく不愉快になってきた。
下着の締め付けも、もういや!
ぱぱぱっとそれらを全部脱ぎすてて、解放感いっぱいになった瞳子は、ソファの横に置いてある読みかけのロマンス小説を手に取った。
でもなあ、この話最後まで読むのもどうかなあ。
アレッシオ……だしなあ。
あ。そうか。
ふふふ。もしかしたら、黒綺、アレッシオでくるのかな?
ちょっと楽しみかも。
そう思いながら、アレッシオが表紙のロマンス小説を読み始めた。
やっぱりか。
こうくるだろうなあって思った通りのエンディング。
最近のロマンス小説の最後って、必ず子供が産まれてるような気がする……。
ほとんど読み終わっていた小説だったから、読みきるまでは大した時間もかからなかった。
もう一冊でも読もうかな。 それとも風呂にでもはいろうかな。
……でもいつもなら、そろそろ黒綺がやってくるんだけど。
そう思ってガラス戸をみても、何の変化もなく、いつも通りの当たり前のガラス戸で。
待っていても必ず来るというわけでもないのだろうから、素直にお風呂に入ることにした。
ゆっくりバスタブに使って、一日の疲れと汚れを落とすと、ほっと一息つけたような気がした。
そういえば前にここでお風呂から出されたこともあったっけ。
一週間くらい前の話をもう遠い話だと思っている自分に驚きながら、風呂を上がって身体を拭いていると……
どんっ!
「と……瞳子……!」
ガラス戸が割れる勢いで叩かれ、切羽詰まった黒綺の声がそこから聞こえてきた。