自主製作 第五話
「ほんとうにここのミルクレープは美味しいね」
「そうだねー。 これでドリンクが緑茶じゃなければねー。 もっと美味しいでしょうね」
「緑茶じゃ合わないのか?」
「ん~。 まあ紅茶も緑茶ももとは一緒の茶葉だけど……。 ケーキだったら紅茶か珈琲がいいよね」
「では今度ここに来るときに持ち込んではどうだ?」
「え? いいの?」
深緋色の使ったことが全くないキッチンには、なぜかパーコレーターや炊飯器、エスプレッソマシーンなどのキッチン用品と言われるもののほとんどが勢ぞろいしていたけれど、食品といえるものが何もなかった。
唯一、なぜか緑茶があったので、それを淹れてケーキを食べようということになった。
「こういう菓子は、リエンにはないな」
「そうだな。 千紗の世界にはけーきが菓子の主流か?」
「主流ってわけじゃないけど。 国によっては全然菓子の種類も違うしねー。 でも日本では多いと思うわよ」
ケーキは二人分しかなかったので半分に分けて出したためもとの形が分からなくなっているのが残念だけれど、それでも四人で仲よく(?)食べるケーキはいつも以上に美味しかった。
「あ、そうそう。 黒綺、さっきの約束」
「約束は違えないが、ではなんと呼ばせればよいのだ? 名は呼んで欲しくはないしな」
「何の話?」
「いや、大したことではないんだが……。 ああ、そうだ。 私も瞳子に名を付ければいい……ということか」
は?
確か約束ではライに『義姉上』と呼ばせない、と言うだけだったはずなのに、どうしてそこから勝手に発展して私の名付けになるのかな?
そしてそのことを人の手を握りながら(こっそり指の腹で私の指の間をなぞってくるのは無視をしつつ)熱く語ってくれなくてもいいのではないでしょうか……。
目の前にいる千紗に助けを求めても素知らぬ顔でケーキを頬張っているし、兄の無謀な計画を止めてもらいたくても弟であるライは笑って見ているだけだし。
二人とも、酷い!
「ちょっとまって。 私には親に付けてもらった立派な名前があるんですけど。 だから今さら名前を黒綺に付けてもらわなくたって大丈夫」
「駄目だ。 今後リエンに来てもらうには名前がなければ辛いぞ?」
「……はい? いつ私がリエンに行くといいました?」
「義姉上がリエンに来ないとなると、我が国は稀代の魔法使いを失ってしまう。 是非ここはカイに名付けて貰って、リエンに来て戴きたいところ、だな」
なんで話がどんどん勝手に進むんですかね? 本人を差し置いて。
「私は行ってみたいわー。 リエンってどういうところ?」
日本に似てる?と頬杖ついて黒綺に聞くあたり、さすがファンタジー大好き女子だと思うけど、今はそれどころじゃないと思うんですが。
ってか、絶対に状況を楽しんでる!
「では千紗に我が国の賓客として来てもらおうか。 そうすれば義姉上もリエンに来やすいだろうし」
「それは瞳子のためか? それとも自分のため、か?」
「あ! でもそうすると私も名前を付けてもらったほうがいいのかしら?」
「千紗? 何をそう簡単に……」
「瞳子が深く考えすぎなの。 ニックネームくらいに思っておけばいいでしょ?」
あー、なるほど。
ニックネームかあ。 それは思いつかなかったなあ。
でも、ニックネームといえば……。
「さっきライが黒綺のことを『カイ』って呼んでいたけれど、黒綺って本当はカイっていうんだね」
黒綺と言う名は私が黒ねこに付けた名前だから、もちろん本名じゃないんだろうけど。
でも私の中では黒綺はすでに黒綺としか言いようがないから、カイって言う名前が本名だと分かっていてもすぐそういう風には呼べない。
「いや。 私の名前は瞳子が付けてくれた名前だけだが?」
「へ? 何言ってんの? カイ、なんでしょ?」
「たしかにそうだが、瞳子が名付けてくれたときからその名前は私の名前ではなくなったようだ。 カイと呼ばれても心に響かなくなっている」
なんですかそれは!
なにかのホラーですか!?
「なるほど。 だから名前を呼んでもなかなか返事をくれなったのだな、兄上は」
もしも~し?
納得するとこですか、そこ?
「へえ? 面白いわねー。 じゃあリエンの名前を付けてもらうと、私は『千紗』ではなくなるのかしら」
リアルファンタジーよねー、と眼がハートになって喜んでいる千紗を、何か違うだろと突っ込みたくて仕方がなかった。
お願いだから黒綺を挑発するのはやめてください!
「では千紗はライに名付けてもらうといい。 私はもちろん瞳子に名付けよう」
「やだ!」
間髪いれずに即答してみたら……お。 黒ねこ黒綺の(見えない)耳が垂れた!
うーん。 なんとなく黒綺の性格がつかめてきたような気がする。
ふふ。 かわいいな。
-----あれ? 今私なんて思った?
「駄目だと言われても、名づけるが?」
「なにその横暴? 黒綺ってそういうことするの?」
ちょっとむかついたので残っていたケーキを一気に頬張った。
くーっ。 おいしーい。
甘いケーキは腹立たしさも無くしてくれて幸せを運んでくれるよね。
だからケーキは大好き。
「大好き?」
「うん。 大好き」
「私もだ」
目を閉じて美味しそうにケーキを食べる瞳子の、口の端についたクリームを指ですくってそのまま自分の口に運んだ黒綺を見て、ライと千紗は「人前でここまでするか?」と顔を見合わせて疲れたように笑いあった。
「カイも変われば変わるものだな。家臣に見せられないほど締りのない顔をして」
「瞳子だって、これで『羨ましい』なんてよくもほざけるわ」
「「はあ」」
カイと千紗が目の前で繰り広げられる喜劇(?)に疲れてさっさとリビングに戻ったことに、瞳子と黒綺は全く気付くことはなかったのでした。
瞳子の心はどうしていつもダダ漏れなんでしょう・・・。口は慎みましょう。