自主製作 第二話
コンコンコンコン
―――――ガラス戸を叩く音がする。
コンコンコンコン
「瞳子」
「……まじ?」
ぶははははははっ
お腹を抱えて笑いだしたのは、もちろん千紗だった。
「瞳子。 入るぞ」
にゅる
いつものようにガラス戸から現れた黒綺をみて、爆笑していた千紗の笑い声がぴたっと止まった。
「……すっごい美形の魔術師さんだねー。 無料で間近で見れるなんて、ラッキー」
まじまじと黒綺とガラス戸を見比べて、いたって普通で当たり前の感想を述べていた。
まあその口調がさすがというか、『悪魔』千紗。 すっごく平べったかった。
そんな千紗を見向きもせず、黒綺はまっすぐ瞳子のほうにやってきて床の上に直に座っていた瞳子を立たせ、そのまま抱きしめて肩に顔を埋めた。
「会いたかった」
「きっ……金曜日も会ってますが?!」
千紗の前で(前でなくても)なにするんだぁっ!
絶対後からネタにされて遊ばれてしまうじゃないの!
「んっ! ん~っ!! んん~っっ!!」
気づいたら塞がれていた唇から『止めて』と叫んでみても唸り声になるだけで、黒綺は意に介さずどころかとうとう瞳子から積極的になってきたのかと間違った方向すぎる結論を出して余計に口づけを深めてきた。
だんっ
黒綺の胸を力いっぱいぐーで押した。
さすがにぐーで殴られると、やっと何かがおかしいと気づいた黒綺が唇を離した。
ぷはっと息をついて顔を真っ赤にさせている瞳子と、自分のせいで真っ赤になっている瞳子を見て喜ぶ黒綺を架空の尻尾を揺らして眺めている一人の女性がいた―――――もちろん千紗である。
「へえ? ここって外国だったんだー。 いきなりラブシーンを見せつけられるなんて思わなかったわー?」
「ちっ……千紗!」
「……この程度、挨拶だが?」
ひっ
挨拶でこっちの顔が真っ赤になるほどのキスをしてるんじゃなーい!
っていうか……黒綺、他の人にもするんだ……?
「あら? その『挨拶』は私にはないの?」
「何を言っている? あるわけないだろう」
えーっとえーっと。
初対面のはずの二人の間に、どうしてか険悪な空気が流れているんですけど。
千紗はわかるけれど、黒綺……性格変わってない?
「「瞳子」」
「はいっっっ!」
「「この不愉快な男(女)の名前は?」」
ハモってる。
二人とも見事に、シンクロしてるよ……。
「「名前!」」
お互いの顔を全く見ずに指だけ指して、私に命令するのは止めてください。
「えーっと。 千紗、この人が話していた黒綺」
「黒綺? こちらは私の友人で、千紗。 今日は泊まりに来たんだ」
バチバチバチ
なにやら二人の間で火花が走ったように見えました。 不思議です。
「へーえ? あなたが夜中に奇術で独身女の家に無理やり上がりこんだ変態の男、ですか」
「なんだそれは?」
「夜な夜な顔を替えて独身女の家に夜這いかけておきながら変態じゃないだなんて、まさか言わないわよね?」
「……千紗っ!」
「あー、瞳子は黙っていなさい! だいたいねー、異世界とか魔法使いとか、そういうのは空想の世界なの! 瞳子の話はどう聞いたって変態な男が女をうまく誑し込んでるようにしか聞こえないの!」
「誑し込む……? そうだ……よね。私って簡単な、引っかかりやすい女ってことなんだよね?」
「「瞳子!」」
「やだ! 違っ!」そんなつもりで言ったんじゃない。
小さな声で千紗が言っているのが聞こえてきたけれど、でもそう思っているから口に出るんだよ。
人って、思っていないことは口からはでないんだよ、千紗。
じわっと涙が出てきそうになったその時に、暖かい腕が回された。
――――――黒綺。
「お前の友人というのは、口が悪い。 だが、お前のことを心配してくれるよい友人だな?」
それってやっぱり私が軽いってこと?
「そうじゃない。 心配の仕方は人それぞれだからな。 おろおろしかできない者もいれば、心配を見せない者もいる。 瞳子の友人はお前のために私に喰ってかかっただろう? それは見知らぬものに対してはとても勇気がいることだ」
黒綺の腕の中で、うんうんとしか頷くことしかできなかった瞳子は、自分のために力を振り絞って動いてくれた友人に疑ったことを謝ろうと彼女のほうを振り向いたら――――そこには顔を真っ赤にして黒綺を見ない様に横を向いた千紗がいた。
「千紗。 ごめんなさい」
「……何をあやまるの? 私の口が悪いんだから、瞳子が謝る必要はないわよ」
「それでも! ……ごめんなさい」
「……もう! 瞳子は変にそうなんだから!」
二人でちょっと笑いあって、お互いに小さい声で「ありがとう」と言っていた。
少し空気が落ち着いたころ、黒綺がいきなり話を持ちかけてきた。
「実は、瞳子の家で会わせたい奴がいるんだが……今、家で待っている」
――――――はい?
えーっと。
黒綺、この部屋に来てから随分と経っていると思いますけれど?
「どうしてそういうことを早くに言わないの?」
「あいつは少しくらい待たしておいても大丈夫だからな」
いやいや、そういう問題ではなく。
ってか、待たしている人に対して『あいつ』呼ばわりかよ!
「でも、今日は千紗が来ているし、いけないよ?」
「大丈夫だ。 友人用に魔法具を作ってきたからな」
はい?
どうして千紗の分があるのかな?
どうして前もって用意されているのかな?
「千紗は奇術だといったな」
「それ以外考えられないから」
あらら。 なんとなく拗ねてる?
「ではその奇術を試してみないか?」
「……いいわよ」
そうして黒綺から私に渡された首輪を、千紗の差し出された細い手首にはめてあげた。
「これが魔法具?」
「そうだ。 瞳子に聞いているのだろう? 今さら説明がいるのか?」
「いえ。 大丈夫」
「瞳子、お揃いだね」なんていう軽口を言えるほど落ち着いてきた千紗だけど、無理してるんじゃないかととても不安になる。
それくらい私に起こっていることは、私自身が体感していても嘘っぽいから。
「ではあちらに渡ろうか」
「……あ! ケーキが! ちょっとまって、持っていく!」
「瞳子……。 あんたねー」
だって、大好きなんだもん。 ここのミルクレープ。
一番おいしい状態で食べたいじゃない!
私の行動に呆れながらもほほ笑んで、黒綺は異世界の扉であるガラス戸に手を入れた。