別冊 黒綺
黒綺目線のお話です。
時系列は、ちょうど二冊目の第二話あたりになります。
瞳子が泣いている。
この場所は、瞳子のために作った特別の空間と特別な建物で、瞳子の感情がそのまま天候となって現れる。
しとしとしと
瞳子は、泣いている。
しとしとと降り続くこの雨のように。
瞳子を悲しませることがないように、ずっとずっと傍にいよう。
そう思っていたのに、この雨は私が瞳子にもたらしたものなのだ。
この扉の向こうに。
手を出せばそこには泣いている瞳子がいるだろう。
私を黒綺と呼ぶ唯一の人。
瞳子が私を『黒綺』と名付けた日から、私は黒綺以外の何物でもなくなった。
愛しているよ。
名前に縛られるずっと前から、お前を欲していた。
そう、あれは世界を跨いで散歩でも洒落こもうとした時だった。
人のなりのまま世界を渡るとどうしても消耗が激しいからと、渡ってからみつけた小さいけれどしなやかで素早そうな生き物を見つけ、その形をまねて変化した。
その身体はとても軽く、あちこちの建物を素早く移動でき、また魔力の消耗も少なく長い間変化したままでいられた。
楽しかった。
この世界では誰も私を知らない。
見たことのない建物、見たことのない服装、見たことのない乗り物。
子供と老人で溢れている世界。
夢にまでみた希望の地。
一歩一歩に素晴らしい出会いがあった。
ある雨の日。
小さな建物のベランダで一休みしていたら、部屋の中から温かな光が溢れていた。
そこには一人の女が、ゆったりと座って本を読んでいた。
―――――なんてことだ……この女性は……私の半神だ。
自分の属する世界では、未だに見つけることのできなかった、私の半神。
私は私の半神である女性を異世界で見つけたのだ。
それから魔力が貯まるごとに、私は異世界へと渡った。
彼女の姿が少しでも見たくて。
それがちょうど瞳子が一日家にいる日と重なるとは、偶然とは恐ろしいものだ。
彼女の部屋に上がれるようになったのは暫くたってからだった。
彼女の匂い、彼女の笑顔、彼女の長い黒い髪。
彼女のもとにいると、それだけで満たされた。
だんだんと私がいることに慣れてきた彼女は、私に名前を付けてくれた――――黒綺。
その瞬間、自分自身が生まれ変わったような不思議な気分になった。
彼女から名前を得たことで、魔力の質が変わった。
名前から得た力で瞳子の世界に長くとどまれるようになったのだ。
瞳子。
その存在が、私を本当の意味で生かしてくれる。
お前が怖くない様に。
お前が私を恐れない様に。
異世界で人型に変化するときは、お前が想う男になってお前を怯えさせない様にしよう。
うってつけにも瞳子は本をよく読んだ。
その本の表紙絵の男が、瞳子の理想の男なのだろう。
ではその男になれば、怖がられないのでは……?
そう考えて、瞳子の読む本の表紙を見るようになった。
ところが瞳子の読む本の量は尋常じゃなく、理想だろう男の姿もコロコロと変わる。
しかたがない。 その全部になろう。
そうすれば、本当の瞳子の理想もわかるだろうから。
そうして人型に成れるすべての時間を使って、瞳子の家を訪ねるようになった。
―――――失敗だったのだろうか。
瞳子は、どうしてだか自己嫌悪に陥ってしまって、泣き崩れてしまった。
私のせいだ。
いったいどうすればいいのだろう。
今までこんな経験などしたことがないから、対処のしようがない。
瞳子が落ち着くまで彼女の家に行かないという考えも浮かんだが、もしそれをすると、私が耐えれなくなるだろう。
いったいどうすれば。
しとしとと降る雨に濡られ、黒綺はひとり佇むのだった。