一冊目 第一話
『ギリシアの海運王である男が、お忍びである島にバカンスにやってきていた。 そこに男好みの女がイギリスから妹を訪ねやってきた。 男は女を一目見るなり自分のものにしたくなり、あらゆる手を使って彼女を拘束。 彼女も押しの強い男に負け、気がつくと愛人に。 恋人だと思っていた彼女は自分の扱いが愛人で将来の約束もなにもないのに耐えれなくなってイギリスに帰るが、男は彼女が自分を振るなんて思ってもみなく、心の痛みが理解できず彼女をイギリスまで追いかけて説得する。 そこで見たものは自分に似た髪の黒い息子。 この息子を取り戻さねば……!』
ちーん。
はい、終了!
くーっ! いつもながら、ななめ読みだわ。
瞳子は、疲れたようにローテーブルに読み終わったペーパーバックを投げ捨てた。
このシュチュエーション、何冊目だ?
あんまりにもこの手の話を読みすぎて、頭の中はロマンスでいっぱいどころか、突っ込みでいっぱいになっている。
まあそれでも、読んじゃうんだけどね。
一人暮らしのマンションに仕事で疲れ切った身体をひきづりながら倒れ込むように帰ってきたとたん、お気に入りのソファの上で脱げるものは全部脱いだ状態でテーブルにあったペーパーバックを手にとって読む。
それが瞳子の平日の日常だった。
でもこの手の男ってみんなマッチョなんだよね。 そして必ず色男で大金持ち。 おまけに彼女を落とすときは必ず休暇がばかすかとれる。
不思議だ。 さすが自己都合満載のラブロマンスだ。
いくら一人暮らしの気ままな暮らしとは言え、さすがに独り言はおかしいと思ってできるだけ口にださないようにしているけれど、よく考えると一人なんだからしゃべっていても誰が聞いているわけでもない。
だから一人ぼけ突っ込みを誰もいない空間で声に出してもいいわけで。
矛盾だ……おもいっきり突っ込みたくなる矛盾。
莫迦だ。絶対私、莫迦だよ、今。
ちょっと自己嫌悪に陥りながら、気がつけば疲れのために下着姿のままで寝入ってしまった瞳子だった。
**********
コンコンコンコン
ガラスサッシを軽く叩く音がする。
コンコンコンコン
「東野 瞳子どのは御在宅か?」
ベランダから耳に響く低い声が聞こえた。
「こちらは東野 瞳子どのの御宅ではないのか?」
―――――え? ベランダ?? なんで?!
がばっとソファから起き上がって、とりあえずそのあたりにあった布で身体を覆う。
こういうときに役立てるようにと親が武道を無理やり習わせていたことに感謝しつつ、玄関にあるちかん撃退用の木刀をそおっと取りにいってから、ベランダに続くガラスサッシの前でゆっくりと上段で構えた。
コンコンコンコン
「おかしい……たしかにこの家のはずなんだが」
「どっ! どちらさまですかっ!」
声がひきつったのは仕方がない。 ベランダに不審者なんだから!
「おお! 東野 瞳子どのか?」
「違います! そんな人はこの世にいません!」
あー、いっちゃったよ……。ってか言いすぎだよ、わたし。
ベランダにいる不審者の空気が思いっきり悪くなったよ。
「まさか……亡くなられたのか? 失礼だが、そなたの名は?」
はいぃぃぃぃ? 「そなた」って今言いませんでしたか?
それに! 今気がついたけど、「どの」って言っていませんでしたか?
いまどきどこの人がそんな言葉使って話しするんですか!
不審者に対する不審度はさらに上がって、今さらながら足ががくがくと震えてきた。
「中に入れてくれぬか? ここは……なんだか狭いんだが」
「い……入れれるわけ、ないでしょう!? あの……あのっ、警察呼びますよ?」
「ケイサツ? ケイサツとは何だ?」
何ですか? ケイサツを知らないなんて、どこの国のひとですか?!
「ポリス! えっとえっとフランス語っ!ドイツ語ではなんていうんだ?」
「……もしかして、何か問題があるのか?」
「問題だらけです! だいたい変態が偉そうにものをしゃべるな!」
ぎゃあああ!
いちゃった、いっちゃったよぉ!
不審者相手に『変態』っていっちゃったよ。
やばい。これは絶対にやばい。
不審者が激怒して侵入してくるよ!
馬鹿馬鹿、私!
「ヘンタイ……。 貴様、今私に向かって変態だとほざいたな?」
うわあ。 カーテン越しにものすごい怒りのオーラがみえるんですけど!
「……失礼!」
そういって変態(もとい不審者)は、ガラスを壊すことなく、にゅっと部屋に侵入してきた。
まさに、にゅっとという言葉がこの場合あうのだろう。
だって、その変態がガラス面から両手をつきだしてそのままベランダから部屋に入ってきたのだから。
あまりの衝撃に瞳子は木刀を振り落とすことなく、呆然とゆっくりとつきでてくる手や体を見ていることしかできなかった。
ガラス越しに確認した変態の姿は大柄で、剣道二段の瞳子の力でも叩きのめすのは難しいとはおもっていたけれど、実際目の前に現れるたとなるとその大きさは半端なかった。
それに。
変態さんは、大変美形だったのだ!
自分が今どういう状況に置かれているかということをきれいさっぱり忘れて、瞳子はまじまじと変態を上から下までなめ回すようにチェックした。
この変態……コスプレーヤー?
それにこの顔、どこかで覚えがあるんだけど……。
男の迫力に押されそうになって後ずさりしたとたん、ローテーブルにひっかかってこけそうになった。
痛いぞ、ローテーブル!
意識をローテーブルに向けるとそこにはうたた寝前にてきとーに読んでずさんに置かれたロマンス小説が表紙が上になってそこにあった。
……あ!
その表紙に描かれていたベッドの上で絡みついた主人公の男と女の、男の顔が、不法侵入して偉そうに仁王立ちしている目の前の男と同じだったのだ!
木刀使用は正当防衛だからゆるされる、ということにしておいてください。