数学好きですか、キライですか? ~数覚スキルとは何か~
算数、数学ほど、人によって好き嫌いが分かれる教科は他にないですよね。例えば、高校生に対する学研のアンケート[1]でも、数学が、一番好きな教科という人が14.2%、一番嫌いな教科の人が28.2%と、見事に割れる結果となっています。
こういったことから、数学には向き不向きがあると推察されますが、それは一体、何によるのでしょうか?
まず、他の教科と共通する要因がいくつか挙げられるでしょう。
・勉強に適した環境がある
・机に向かう習慣がある
・粘り強い性格をしている
・地頭が良い(洞察力、思考力、発想力、理解力、好奇心など)
このあたりは、まあそうだろうな、というもので、あまり意外性がありませんので、ばっさり割愛して、以下では、数学という教科に固有の向き不向きを考えたいと思います。
こういった問題意識の下で、まず取り上げたいのが、「数覚」です。
数覚という言葉で、数学的才能全般を指す場合もあるので、ややこしいのですが、ここでは、ドゥアンヌ[2]の意味で使います。人間や一部の動物が生まれつき持っている、大まかな数量を把握する感覚のことです。
もう少し詳しく述べると、数えなくてもパッと見るだけで3までの個数が分かり、それより多くても、二つの数量のどっちが多いかをおおよそであれば判断することができます。
ドゥアンヌ[2]では、数覚が脳のどのあたりと関連しているかが詳細に解説され、数覚が数学を学ぶ土台として位置づけられています。
脳科学と数学の繋がりは大変興味深いですが、数学への向き不向きを考える上では一つ不満があります。
それは、ほとんどすべての人が生まれつき数覚を持っているにもかかわらず、なぜ多くの人が数学嫌いになってしまうのか、はっきりしないことです。
一つの可能性としては、算数、数学教育が悪いことが考えられます。せっかく持って生まれた数に対する直感があるにもかかわらず、授業において特定の規則を子供に強制していれば、その直感が埋もれてしまう恐れがあります。
ドゥアンヌ[2]においても、フランスの数学教育の失敗例として、数の意味を犠牲にして規則に従った形式的な記号操作として計算を教える流儀が紹介されています。フランスでは、この教え方の弊害を克服するのに一世代かかったそうです。日本でも似たようなやりかたで、算数、数学を教えているところがあるのではと危惧します。
向き不向きの要因の別の可能性を考えるため、数学にもっとも向いていると思われる人々、すなわち数学の探求を職業とする数学者が、どんなふうに数学を捉えているかを参考文献[3]、[2]から挙げてみます。
・小平邦彦 数学を理解するということは、その数学的現象を「見る」ことである。「見る」といったのは目で見るのと違うけれども、ある種の感覚によって知覚することである。
・フランソワ・ル・リヨネ 数学の才能を持った人たちには、数それぞれのパーソナリティと私が呼ぶものに対する感受性が、共通して見られる
・アラン・コンヌ 数学的現実を知覚する能力を発展させることは、新感覚を発達させ、視覚的でも聴覚的でもない何かが一緒になった世界へと、私たちを導いてくれる
・アンリ・ポアンカレ 数学的結果が正しいことは直感で分かるが、あとでそれを形式的に証明するには何時間も計算せねばならない
多くの数学者が、数学的対象を直感的、感覚的に把握していることが分かります。この感覚は視覚にたとえられることが多いので、数を視る、とも言えます(アラン・コンヌのような例外もありますが)。
もちろん、複雑な数学的対象を感覚的に把握できるようになるまでには、膨大な時間の訓練が必要でしょう。楽器の練習のようなものでしょうか。
これで、数覚という概念のもう一つの不満点を説明できます。
感覚の一種と言われると苦労なしに獲得できるイメージが強く、訓練で伸びる、というニュアンスが乏しく感じます。訓練で伸ばせることを強調して、スキルの一種とみなすのがよいと考えます。
そこで、筆者は、「数覚スキル」という用語を考案しました。数覚を基礎として、様々な数学的対象を直感的、感覚的に把握できるスキルです。標語的に言えば、数を視ることができるスキルです。数学と向き合う訓練によって伸ばすことができ、スキルが伸びれば、より複雑な数学的対象を感覚的に把握できるようになります。
どこまでスキルを伸ばせるかは、もちろん人によって異なるでしょう。身もふたもない言い方ですが、どこまでの訓練に耐えられるかが、スキル上限を決めるように思われます。
すべての人が数覚スキルを持っているとは思いにくいです。そこで、数覚スキル保持者の割合を考えてみます。
ある程度の数学を使う職業は数学者の他にも結構、たくさんあり、ものづくり、ITやデータ分析、金融や経済、教育など多岐にわたります。こういった職業を選ぶ程度に数学ができるようになる人を数覚スキル保持者とみなすと、スキル保持者はそこそこ多いことになります。ざっくり全体の3割程度でしょうか。
3割という数値を別の情報と比較してみます。[1]のアンケート結果で、理科、情報が一番好きな人の割合はそれぞれ8.5%、2.3%で、数学が一番好きな人の割合14.2%と合計すると25.0%になります。これら3教科は非常に親和性が高いので、どれかが一番好きな人を数覚スキル保持者とみなしてもよいように思います。この定義だと、スキル保持者の割合は25.0%になります。
いずれにしても、数覚スキル保持者の割合は3割程度と見積もられます。
さて、上で述べたようなことを他の人に伝えてみたい、と思ったときに、小説という形態はどうだろうか、という考えが浮かびました。
数学者の特殊な世界を描いた優れた小説はいくつもありますが、異世界ファンタジーでリアルな数学を展開するのは、浅学で見たことがないです。
なんで異世界ファンタジーかというと、世界を都合よく設定でき、周囲の人との差異を強調することで、数覚スキルを描写しやすいためです。
こうして、拙作「数覚スキルの育て方 ~たった一つのスキルが世界を変える~」は誕生しました。
目立たない作品なので、皆様の目に止まりにくいと思います。偶然、この作品解説を読まれた方は、まさに一期一会です。よろしければ、ご一読いただけると嬉しいです。
参考文献:
[1] 学研教育総合研究所、高校生白書Web版 2025年11月調査、https://www.gakken.jp/kyouikusouken/whitepaper/h202511/chapter6/01.html(閲覧日:2026年5月1日)
[2] スタニスラス・ドゥアンヌ、数覚とは何か?〔新版〕 ―心が数を創り、操る仕組み―、長谷川眞理子、小林哲生訳, 早川書房、2024
[3] 小平邦彦、怠け数学者の記、岩波現代文庫、2000




