【3】邪神の寵愛
探湯沼の産み出す神判の場に呑まれれば、決して逃れることはできない。
「探湯沼に呑まれその身に呪毒と言う罪の証を刻まれた人間たちは呪毒のもたらす無数の痛みにもがき苦しむことになる」
アデリーナだけではない。それに荷担したであろう人間たちもだ。
「……苦しむのか」
キナはあんなやつらでさえ慈悲をかけるのか?
「妬けるな。もっと酷い目に遭わせてやりたいところだ」
「タツ」
「分かってる。やらねぇよ」
「もったいない……邪神さま」
その時、やけに冷静な声が響く。
「……ファウダー、お前は一体何を残念がっているんだ」
何となく分かるし、クガタチを通して読み取れる。
古今東西、どこの世界でも脳筋勇者と言うのは分かりやすいものである。
「このまま宮殿……いや……城……国ごとでも構わないな……?邪神さまの力で全てを探湯沼に引きずり込んで……裁きの粛正をおおおぉぉぉ――――――――っ!!!アヒャヒャヒャヒャヒャッ!!!!!」
「……」
……だと思った。だいたい俺の想像と合っている。全くもって勇者らしくはないが、悲しいことにコイツはこの世界では最狂の勇者である。
「あの……タツ……そのひと……大丈夫?」
は……っ。キナが脅えている!
「ファウダーお座り!!!」
久々にこんな地獄の底から声を這いずり出したな。
「……っ!?」
ファウダーは元のただのクールなイケメン勇者に戻った。いや、ほんと何なのお前。まぁこいつも人格破綻者にならざるを得ない事情があったものな。じゃなきゃ女神の寵愛児のくせに邪神狂にはなってないわな。
「キナ、コイツはただのクズのファウダーだ。気にしなくていい」
「いや、タツ。言葉の選び方」
「キナは何も気にしなくていい。お前は俺の天使だかんな」
ぎゅっとキナを抱き締めてやれば。あ、これいい。やっぱりすごくいい精神安定をもたらす。
「邪神さまの寵愛……懐かしい」
ファウダーが再びクール顔を崩して口角を上げる。
俺の寵愛……か。前回は神代だったな。そしてファウダーと出会ったのも。
――――だが。
「今はソウも迎えに行ってやらないと」
「そうだ……タツ!ソウも連れていかれて……っ」
キナがハッとする。
「どこへ」
キナの記憶を読むか。
「勇者……に、」
「あ゛……?」
ついついファウダーを見やる。
「俺は知らん」
本当に知らないらしいな。むしろ俺のことしか見てなかった可能性もあるが。
「タツ……?ファウダー……さんって」
ファウダーにさん付けだと……っ!?
キナはどんだけ天使なんだ。女神が聖女ジョブを与えたのも納得だ!女神はいい選択をしたな。
「俺も勇者だ」
「え……っ」
俺の眷属になったのに未だに女神がジョブを取り上げないのが不思議だがな。
「さて、ソウは勇者の元だと言うが」
「うん」
女神が勇者のジョブを与えたものが俺のソウを……?何だかもやもやするものを感じるが、今はとにかくソウを迎えにいかねばなるまい。
そっと瞼を閉じ足元から地脈を這うように根を伸ばす。
「クガタチ、探れ」
本当は咎人を追い求めるための探索スキルだが、顔を知っていれば人探しにも使える。まぁ顔を知らなくても名前やジョブでも探せるが……今はソウだな。
そして今まで上手く探れなかった違和感の理由が分かる。
女神の加護や信仰が満ちてるならまだしも違うもので塗り替えられた地など気持ち悪いに決まってる。
だがここには女神の加護を得るキナがいる。ファウダーも勇者だから女神の加護は持つが……中身があれだからな。キナの纏う神聖な気が心地よい。
遠い昔の……懐かしい……。
いや、それよりも……。
あぁ……いた。クガタチが探し求めた。
「……捕まえた」
「タツ……?」
「場所が分かった。行くぞ」
その瞬間、俺たちの身体が探湯沼の中に引き込まれる。
「ひ……っ、タツ、これっ」
「心配いらねぇよ。俺たちには無害だ」
邪神の眷属や寵愛を受けるものにとっては……な。そして探湯沼の闇をくぐり、目的地に向かう。
「ハァハァ……っ。邪神さまの追跡からは何者も逃げられない……ひひひ……ヒャハハハハッ」
その最中こちらの勇者が久々の邪神の気でハイになってやがった。お前は相変わらず頭がおかしいな。
「ファウダーさんのこと、さん付けやめようかな」
「やめていいぞ?キナ」
ファウダーは気にせず不気味な笑みを浮かべてるし。
「あと、犬」
「ハァハァ……っ、何?」
「お前その邪神はもういい。地球での名でいい。タツキと呼べ」
「……それは」
ファウダーが急に真顔になる。
何故かふと、思い出したことがある。
【初代勇者でも、勇者でもない。俺はただの混沌だ】
その時俺は何も持ち合わせていなかったから。
「受け取れ、あん時のやつ」
「仕方がない」
俺相手にそんな傲岸不遜な態度をとれるのもファウダーならではだよな。
「そんじゃぁ、ソウ!迎えに来たぞ……っ!」
目当ての場所に、着く……っ!
『……ケテ』
『ミ、サマ……』
またあの声もする。
女神の力が弱まっている根源もそこにあるんだな。
そして声が遠ざかると共に闇が晴れ、見知らぬ悲鳴が轟いた。
「ギャアァアァァァァ――――――――ッ!!!助けてくれぇっ!!!」
「ハァハァ……いい悲鳴っ」
そしてコンマ一秒で崩れるファウダーの顔。ほんと何でお前はこんなに残念なんだ。




