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【36】聖女の願い



――――フロルレゥールの開いた道から創生樹……いわゆる世界樹までの林道を進む。


「入った」

「入った」

その間もフロルレゥールの声が木々から響いてくる。


「おかしいね」

「おかしいね」


「めがみ?」

「ちがう、あれはめがみじゃない」


「でも、めがみだといっている」

「めがみさまのにせもの」


「邪神さまのおねえさまじゃないね」

「そう、邪神さまのおねえさまじゃない」


「邪神さま」

「邪神さま」


『おきゃくさまがきたよ』


「なら出迎えないとな」

「……ねえ、タツ」

その時キナが俺の袖を引く。


「誰が来たの?何だか……女神さまに似てるけど嫌な感じがする」

「そうだな……女神と似ていることは俺も分かるよ。けど嫌な感じってのは本人の行いのせいだ」


「どう言うこと?」

「それはな……ソイツこそ今回の黒幕」

目の前に見えてきた荘厳な白い大樹。


探湯沼(くがえ)の源流である最深部に毒はなく、澄んだろ過された清らかな泉が湧く。


「ここは俺の神域だ」

「タツの?」

「そう。全ての生命が還る場所」

この神域に通常入ろうとすれば多くの困難が待ち受けているが俺の場所だからこそフロルレゥールに協力してもらえばキナたちも連れ容易にに辿り着ける。


そんな神域に困難を乗り越え、創生樹に辿り着いた女がいる。


「女神さまに似てるけど……違うね」

「ああ。女神に成り代わろうとした偽物の女だ」

そしてそのさらに傍らに面を着けた白い少年が立っている。


俺たちは偽物に向けて歩を進める。

女神の美しい金色を纏うこともできない、白い髪と肌に血走った目。


「お……お前はっ」

「何だ、創生樹に縋りに来たんじゃないのか?それなのに俺にそんな目を向けていいのか。それは……俺の本体だ」


「お前じゃない!お前じゃ……私が欲しいのはっ」

偽物が面の少年を掴む。


「私は本当の女神になるのよ!」

偽物が叫ぶ。


しかしその瞬間、面の少年の姿が消え失せる。


「ど……して」

絶望の表情を向ける彼女の視線の先にはソウと向かい合う面の少年がいる。


「タツのバカ」

ソウがそう吐き捨てれば、面の少年がソウに吸い込まれるようにして消えていく。


「どうして……」

キナが驚愕しているがヴォレル、シュランガル、ファウダーは悟ったようだ。


「そう言うことだったのですね。私は……ソウにどこか懐かしさを覚えていました」

ヴォレルが静かに告げればシュランガルも頷く。


「はぁ……お前らはどこに行こうと一緒か」

「当たり前だろ、ファウダー。だってソウは俺の……」


「半身だから。第八席なんだね」

ソウの目尻から涙が溢れる。


「ああ。だから俺だけ離れたらお前は寂しがる」

「1300年……ひとりにしたくせに」

「悪かった。俺もお前をどうすればいいか分からなかったんだ」

神としての知識の中にそれがなかった。考えることがなかった。


「でも……一緒に連れてってくれたから」

ソウが俺にピタリと寄り添う。

「俺も……本当は待ってたのは1200年。決めるのに100年もかかったから」

「ああ……それでも俺を選んでくれて嬉しい」

優しくソウの髪を撫でる。


「そんな……そんなことっ」

そして相対する偽物が驚愕する。


「何でよ!あなたも私と同じ捨てられた部分でしょう!?」

「ソウが羨ましいのか?ならお前は何故女神の手を取らなかった?俺がソウを眷属神に迎えた時、女神はお前に手を差し伸べたはずだ。それから……700年」


「だって……だって私はっ」

「悪いけど、我が儘を聞いて上げられる期間も程度もあなたは越えてしまったのよ」

その声に神域が開かれ金色の髪を靡かせる美しい女神が通される。


「あなたは私の半身」

そう、女神が生み出されたときに女神には不要だと捨てられた一部が彼女。


「違う!私こそが女神なの!」

女神は彼女をかつての自分の半分であり、自分と同等だと言っているが、彼女はそれでは満足できないらしい。


「邪神の半身も手に入れたはずだったのに!」

偽物が悔しそうに俺を睨むが、ソウはずっと俺の半身としてこちらにいる。


「何で……どうしてよ……!邪神だってあんたを捨てたはずでしょう!?」

「……ずっとひとりだったけど……でも迎えに来てくれたから」

ソウがぎゅっと俺を抱き締め告げる。


創世神が地上に落とした種から創生樹が生まれ、その実から俺たちは生まれた。しかし生き神として実態と役目を持ち神になったのは俺だけだ。


「ソウは選ばれなかったが故に神にはなれず、かといって人間にもなれず、ずっと生まれ堕ちた創生樹と共に在り続けた」

「私だってそうだわ!」


「そうだな。俺たちとは違い神に忘れられた存在。迎えに行くのは……少々遅れてしまったが」


「私も半身のことを思い出し、彼女を眷属に迎えたかったけど、彼女は眷属神となることをどうしてか拒否したわ」


「ま、彼女は本物になりたかったんだろ?眷属神になると女神よりも下になってしまう。女神になりたい彼女にとっては屈辱だ」

「そう言うことね」

「だから眷属として女神の加護だけを横取りし、虎視眈々と女神に成り代わるのを狙っていた」


「タツキがこの世界を離れた隙を狙ったのね。異物となった彼女は創世神にとっても予測不能な事態を引き起こした」

「そして俺がギリギリで聖女のキナと半身であるソウを連れて喚び戻されたのか」

「そう言うことね」

全ては創世神の掌のもと、繋がっていたのだ。


「どうしてこの世界は……この世界は私を女神にしてくれないの!?こんな世界……創世神ごと、滅びてしまえばいい……!」

「貴様、創世神を滅ぼすだと……?」

俺だってこんな世界、人間ごと滅ぼしてしまえばいいと思ったことがある。けど創世神は違う。創世神は俺の創造者で俺を構成する全てだ。


「そうよ!全ては創世神のせい!創世神が女神を贔屓し、私を見捨てたから悪いのよ!私を選ばなかったから悪いのよ……!」


「黙れ」

「……っ!?」


「創世神を侮辱することは許さない、許されない。万死に値する……!貴様を許さない……!」

途端に泉が探湯沼(くがえ)の色に染まりクガタチが彼女を呪毒の沼に引きずり込む。

「ひ……ひぎゃ……ァあぁぁぁぁっ!熱い、イダイ、くるじいいいぃぃっ!助けて!タスケテ、誰かぁぁぁっ!!」


「女神を騙し、女神に成り代わろうとした!創世神を愚弄し滅ぼさんとした!貴様など助けるものは……どこにもいない!」


「ひ……っ、いや……嫌、死ぬのはいやぁぁぁっ!」

「死ではない。永遠の消滅だ」


「嫌よおぉぉっ!そうだ、私は女神の眷属!だから……だから死なないのぉっ!!」


「悪いわね。さすがに……もうあなたを眷属とすることはできないわ。あなたを追放します」

「どぉして……どぉして……!?全部全部、お前が女神になったから……っ、選ばれたからだろぉがぁぁぁっ!!」


「その女神の慈悲を無碍にしたのはお前だろう?」

「そして創世神を滅ぼそうとするあなたを、私は受け入れることはできないわ。私も……創世神の子だもの」


女神が差し出した手印に俺の手印をそっと合わせれば、創世神の輝きが放たれる。


「そん……な、そう、せ……しん……っ」

女神の半身は動けない。


『君を生み出してしまったのは私の罪でもある。だからこそ、最期は探湯沼(くがえ)ではなく私が消滅させよう。探湯沼(くがえ)は魂の罪を浄化し、冥界から現世へと循環させるためのものだ。君にはもうそれは必要ない』


「そん……な……ど……して……」

【私を捨てたの……?】

探湯沼(くがえ)がまた、人間ではないものの声を聞く。元々は女神の一部であったからだろうか。


「ソウを見れば分かるだろう?この子が選んだものとお前が選んだものが答えだ」

【分からない、分からない!このまま……このまま死ぬのはいやぁぁぁっ!】


「……ダメだよ!」

その時、キナの声が響く。


「そのひとだって愛されたかったんでしょ!?愛されたくて、見てもらいたくて、でも誰にも見てもらえなかった」

神代の誰かを思い起こさせる意思の強い眼から目が放せない。それは女神とて変わらない。


「確かにそのひとは女神さまの手を取らなかったのかもしれないけど、だからって滅ぼすのは違うでしょ!」

「キナ……」


「ソウは私の半身でもあるから分かるよ。双子だからって、ふたりでひとつだからって個性はあるんだよ!ソウの選択とそのひとの選択が違うのは当たり前だよ!」


『では聖女キナ、汝は何を望む?』

創世神はの厳かな声が響く。キナはソウと目を合わせると頷き、そして創世神に向き合う。


「あなたはタツや女神さま、そのひとのお父さんなんでしょ?」

『……その表現は新鮮だが、この世に生まれしものはみな私の愛しき子どもたちだ』


「なら子どもの面倒くらいちゃんと見たら!?親に相手にされなくて放っておかれる子どもがどれだけ辛い思いをしているか知らないの!?」

キナは自分の生い立ちに重ね合わせているのか。


「自分が思ったように育たなかったからって殺すだなんて最低だよ!親ならちゃんと最後まで責任を持ちなよ!」


『……ならば、私が生み出してしまった哀れな子。その詫びに聖女キナ、そのの願いを叶えよう』


創世神が微笑む。


そして女神の半身は創世神の光に包まれる。泉の色は既に澄みきり彼女が呪毒に苦しむこともない。


この世界から魂以外は持っていけない世界で、記憶も魂もリセットされて転生する。


――――今度は忘れられることのない世界へ。


『ありがとう……聖女キナ』

そしてそんな穏やかな声が響いた。


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