【33】【番外編】古代の記憶
――――side:リック
「異世界転生なんてのが本当にあるのか」
ひとりの魔女が言った。
「今の時代じゃ知られていることなのか?イチヤ」
俺の時代にはなかった。
「俺のいた30年前は完全にお伽噺の中の話でした」
とは言え彼の年齢が20代で止まっているのは俺の眷属だからだ。
「今の若い子には知られていると言うか、創作と言うファンタジーなものとして、です。本当に異世界転生があるかって聞かれると空想の話だと言われますよ」
イチヤがくすりと笑う。確かほかの召喚者とも集まったり連絡先を交換したりしているのだったか。
「けれどリックさま。リックさまはどのくらい前の日本から来たんですか?」
「800年前だ」
「800年って……今からだから……鎌倉時代!?」
「今の日本じゃそう呼ばれるのか?」
「ええ、まあ。でもリックさまが鎌倉時代のひとだったなんて」
「そうだな。しかしただの農民だった。それなのに異世界に呼ばれて魔法に関するギフトをもらった」
「びっくりですよね。順応とか出来たんですか?」
「まさか。当時のことを思い出したのは邪神さまの眷属神……魔神となってからだよ」
「じゃぁそれまでは?」
「わけも分からぬまま召喚国の連中にモルモットにされ、異形のものとしてフローナとヘンリック……俺と言うふたつのものにされたんだ」
「その……俺が聞いてもいい話なんでしょうか」
「……任せる。お前がこの世界の召喚者の歴史を知りたいって言うのなら話すし、今の召喚者として悠々自適に過ごしたいって言うなら今日の話は忘れてくれ」
「そんなこと……っ。この世界で、魔女として見聞きしてきたことは悠々自適に気軽に暮らせるような内容じゃありません」
「だろうな」
魔女だからこそ、見てきたこともある。コイツ自身、勇者や聖女ではなかったことで捨てられた。
けれど女神は魔法系の才能を見出だしギフトを与えた。だから邪神さまが女神から頼まれコイツを迎えに行ったんだ。
「少し……長い話になる」
「はい、リックさま」
※※※
気が付いた時には痛みが全身を駆け巡っていた。自分ではないものが混ざり合い神経と言う神経を異質に繋ぎ合わせていた。
鏡面に映るそれは人間とは言い難い化け物。獣のような金色の目。耳は頭上にあり獅子のようで、頭の左右からは魔族のような角。そして頭の前方からは山羊のような角。手足は人間のものとはいいがたい獣の皮と爪を持った姿。背中からは2対の白い蛇。
「成功だ」
「ああ、今度こそ動くぞ!」
「これを核にすれば今度こそ」
そんな声すら聞こえているのに脳内では理解できず制御できない感情が渦巻く。
痛い……痛い痛い痛い
憎い憎い憎い
この人間たちを……殺したい。
「ア゛ァァ゛ァァ――――――ッ」
獣の咆哮を上げれば、そこは血の海の化していた。
「いっひひ……ギヒヒ」
己の中の獣が、魔物が笑ってる。それは旨いものだと。魔物の本能が食らえと。
次々と、鋭い爪を振り下ろした。暴れ、血を浴びることが正解だと訴えてくる。
やがて狩り尽くすものがなくなれば、傍らにメスの何かがいた。いや、違う。
同じもの。同じものの欠片を持つメスだ。そしてそれは『魔物』の部分が魔族角を持つハーピーだと告げてくる。思えば『魔族角』だって元はその部分が教えてきたものだ。
俺は……いや俺たちは何だったんだ……?
「ア゛イ゛イィギィィ」
しかしまた猛烈に襲う痛みと魔物の本能に呑まれる。
「知りたいのか」
その瞬間周囲から音が消え、黒い沼に囚われていた。それでも構わない。黒い沼を獣のように4足で駆けた。
「誰……?」
メスのハーピーが鳴くその先に誰かが立っていた。黒ずくめの中に妖艶に宿るのは……紫の光。
「ア゛アァァァァ――――ッ!!」
光を目掛けて食らい付いた。獣の牙と双蛇の牙、爪、全てが。その光が欲しくて堪らなく、そこに行きたかった。どうして……?分からない。
「随分と熱烈だな」
意外にも光は優しい声を降らせてくる。ゆっくりと髪を撫で、包み込んでくれる。
「お前みたいに懐っこいのは嫌いじゃないぞ」
こんな化け物を嫌いじゃないと言うのか……?
「さて……迷える仔羊たち」
「私たちを知ってるの?」
ハーピーの声だ。
「ああ。女神に頼まれて迎えに来た」
「……女神」
「召喚された時に会ったろう?いや……お前の方には記憶はないのか。人間ではないものになった痛みも悲しみもこちらが持っていったんだな」
「どうして」
「守りたかったんだろう。もうその記憶もないが」
光が優しく異形の頬を撫でる。いつしか牙は剥がれ、爪は剥がれ光に寄り添っていた。
「お前たちは女神によって召喚されたんだ。けれど勇者や聖女の素質はなく、反対に魔法の才があった。だから女神は魔法系ギフトを与えたが……この世界の人間たちは気に入らなかったようだ」
魔法……ギフト。記憶の奥底にその言葉が引っ掛かる。
「女神も全部に干渉は出来ない。人間たちの蛮行を止めようにも過剰に干渉すれば創世神の意思に背くことになる。だから……こうなるしかなかった」
「私たちは化け物になったの」
「そうだ。だがお前たちは女神が招いた信徒になるはずだったもの。だからこそお前たちを救ってくれと女神に頼まれた」
「私たちを?」
「そうだ」
「あなたは何者なの?」
「そうだな……人間たちは俺を『邪神』と呼ぶ」
「救うものなのに、邪神?」
「そうだ。人間たちは神によって裁かれるとき不当だと見なした判決を邪神と見なした」
「そんなの……八つ当たりじゃない」
「そうでもしなけりゃ受け入れられなかったのさ。だが罪を裁くことこそが俺の存在意義」
「私たちも裁かれるの?」
「そうだ。創世神が定めたものではないものになった罪」
「望んだわけではないわ」
「そうだな。だがこれ以外に方法がない。もちろんお前たちをその姿にした者どもも裁かれる。もう絶命しちまってるから冥界神が罪を問うが、当然救いなんてものは用意されていない」
それだけでも俺たちにとっては救いだ。
「だがしかし邪神は気まぐれに救いをもたらす存在だ。もしも生け贄を差し出すのならばお前たちの願いを叶えてやろうか?」
「生け贄を……それは私自身でもいいの?」
「ああ」
それならば、俺も。
この身を差し出そう。
彼女を救って欲しい。
「ふむ……お前たち、互いにそれを望むか」
え……?彼女は何を望んだ?
その表情がそれを教えてくれる気がした。
「いいだろう、なかなか面白い。お前たちの願いを叶えてやろう」
闇の沼が俺たちを呑み込む。
彼女は俺を救ってくれと願った。
俺は彼女を救ってくれと願った。
互いに自身の身を差し出すことで。
身体の痛みが消える。奇妙な神経の暴走が鎮まる。目を醒ました時には白い大樹の前にいた。
その傍らにひとりの少年がいる。白っぽい色合いなのにどこか邪神に似ていると感じた。
「選ばせてやろう」
俺の傍らにいつの間にか邪神が立っていた。
「人の輪廻に戻り人間として転生するか、輪廻を外れ我が眷属となるか」
「眷属……?」
「そう、眷属神。我が眷属神となればお前は魔神となる」
「……そうなれば彼女はどうなる?」
「彼女は彼女の望むままを授けよう」
「なら俺は……」
彼女が眷属神となろうと転生しようと、彼女を見守れる立場でありたいと思った。
「あなたの眷属になる」
そしてあなたの側にいたいと思った。
「いいだろう。片割れ同士で同じことを望もうとは」
クツクツと邪神が笑えば、その傍らにはいつの間にか白い少年が立っていた。
「片割れと言うのは似るものかな」
邪神は少年の髪を微笑ましそうに撫でている。
「お前も望むか?いや……答えはまだ先でいい。俺はずっと待っている」
そう告げれば少年がこくんと頷き、そしてこちらを見る。
邪神の眷属となる俺を見送りながら、少年は何を考えていたのだろうか……?今となっては分からないが、邪神に神殿を与えられた俺と彼女は名を授かった。
「昔……偉大な魔法使いと讃えられたありがたい名だ。フローナ、ヘンリック。俺は愛称でローナとリックと呼ぼう」
邪神の手が俺たちの頭を優しく撫でる。
邪神を呼ぶ名はないのかな?俺の人間だった部分が告げてくる。
その答えを知るのは……これから800年先である。
※※※
「とまぁ、こんなことがあったわけだ」
「……」
イチヤが黙りこくる。やはり語るには重い話だったろうか。
「今の召喚者はさすがにこんなことにはならないか。そんな古代技術も邪神の裁きと女神の神罰と共に消え去った」
「俺は……平和な時代に生まれたんですね」
「ちょこちょこいざこざはあるがな」
「この時代を守れるでしょうか。リックさまやフローナさまのためにも!」
「……それは俺ら次第でもお前次第でもあるが、少なくとも邪神さま……タツキさまがこの世界に帰還されたんだ。守って見せるさ。魔神の1柱としてな」
見守り続けると望んだのだから……。




