【32】繰り返される記憶
――――皇国
エーデルシュタイン王国をライバル視しながらも、女神の召喚の地を抱えるかの国には決して及ばなかった国。
「さぁ、ここにあるは化け物……魔女である!この魔女どもは世界にあだなす敵!女神の敵!ゆえに女神の敬虔な信徒である我々が裁きを下す!」
壇上で豪勢な衣装の女が叫ぶ。
「あれが皇王です」
フローナが睨むように女を見る。
「なるほど。この魔女狩り裁判を主導しているってことか」
「皇国の王はいつでもクソみたいなやつらだ」
リックが乱暴に吐き捨てる。昔は【魔女狩り】をしたエーデルシュタイン王国を怨んでいた。だが今は魔女狩りを禁じ橋渡しになっているからこそ我慢している。
そしてエーデルシュタイン王国はリックとフローナも一時過ごした国である。皇国はそれを魔女と呼び責め立てた国。
しかもまたエーデルシュタイン王国がやめた魔女狩りなんてものを追い抜きたいがために復刻させるこの国は許せないらしい。
「女神さまが召喚してくださった我らが国の勇者さまがいつもの通り魔女どもを処刑してくださる!」
皇王が招いたのは黒髪黒目の東洋風の顔立ち少女だ。手に握られるのは聖剣に似た剣だが聖なる力は宿してないな。
「ねぇ、タツ。あれ」
「日本人……だよね」
今回も同行したキナとソウもその姿を見て身をこわばらせる。
「そう……だな」
この世界は召喚者に対しこんな蛮行を繰り返す。初代勇者の時から変わらない。最近はましになってきたと思えば逆戻りさせた大罪人がいる。
「とにかく魔女たちを助ける!」
リックが魔神の姿をさらし、処刑が行われる広場に躍り出る!獅子の耳に魔神の角の他に山羊の角が生え、背に蛇を纏う。魔族の祖は元々合わせものだが地球の伝説上の生物に例えるとキマイラだ。
「あのバカ……っ!」
そしてフローナもまた腕を翼に、脚をコカトリスのように変えれば突撃する。突然の魔神たちの襲来に広間には悲鳴が響き渡る!しかしふたりは構わず磔にされていた魔女たちを救出していく。
「ひいぃっ!?まさか魔女フローナ!?」
皇王が叫ぶ。フローナの隣にいるやつのほうがヤバいのだが、いいのか?
「勇者さま、早くあの化け物どもを殺すのです!」
皇王が勇者の影に隠れ、首もとの印を指しながら命令する。
「ファウダー、お前はあの偽物勇者の相手をしていてくれ」
その隙にフローナとリックが魔女たちをどうにかする。そうでもしないとリックがあの偽物勇者と皇王を殺して広間の人間たちごと殺し尽くすだろ。
「それはいいが……殺っていいのか?」
お前もかよ。いやリックよりは理性が利いているか。狂いまくりのファウダーだが魔女問題で言えば関わりはあっても当事者ではない。
「探湯沼用だからダメ」
「ち……っ」
――――とは言えファウダーも露骨だな。まぁアイツにも神代の記憶がある。彼女たちが魔女と呼ばれる発端になった記憶をこいつも勇者の立場から見てきたのだ。
召喚され騙され使われ、真実を知り悲嘆に暮れた。
彼女たちはファウダーの唯一の天敵だが、やはり脳裏をよぎるのはあの巫女の記憶か。
「しかし首に奴隷呪術、状態異常:狂混乱。アイツは何と言われて奴隷呪術を嵌められたんだか」
女神の召喚ではないからギフトはない。こいつを喚んだのは神ではないから加護もない。
しかし生物である以上はレベルを持つ。あれにあるのは奴隷呪術で動けなくした人間を殺すレベルと呪術でドーピングした力、それから偽物のステータス。
「状態異常……?私に治せる……?」
「あぁ、キナなら多分イケる。だが状態異常を解けば多分アイツは今まで自分が混乱状態でやってきた真実を思い出す。壊れるかもしれねぇな」
俺はどうでもいい……が、キナがそうすることで傷付くかもしれないと言うことは気がかりである。
「でも……だからって自分のやったことから逃げても、あのひとのためにはならないよ。いきなり知らない世界に召喚されて、自由も正常な状態も奪われて生活しても何にもならないでしょ」
こう言う時キナは割り切ってんなぁ。
「元の世界には戻して上げられないんでしょ?」
「そうだな。この世界でやらかしたことをなかったことにして地球に戻すとかあり得ねぇし。地球に戻れば自ずと混乱は解ける」
創世神が記憶を封印すれば何とかなるだろうが。それは魔女たちにとってあまりにも理不尽である。
そしてどう生きようとあの偽物にとってはどれも理不尽である。
「それじゃぁ、私がやる」
キナが俺をまっすぐに見上げてくる。やはり魂は同じだからか。違う人間なはずなのに、被るな。
「……タツキさま。その子は多分」
魔女たちを保護して戻ってきたフローナがハッとして口を開くが。
「構いやしねぇよ。それでもキナは俺の……」
ずっとずっと……神代の頃から変わらない。
「タツ……、その」
「気にするな。かけてやれ。レベルもあの偽物よりは上がっている」
ダンジョンで上げといて正解だったな。
「分かった。でも展開してもファウダーは大丈夫かな?」
「あれは性質的な問題だから、状態異常ではなく正常だ。問題ない」
「なるほど……ある意味正常。それじゃぁ【ヒーリングフィールド】」
それはキナが指定したすべてのエリアの状態異常を無効化する。
キナは聖女である。そして女神がキナにふさわしいスキルを授けた。
キナが地球でも俺の姿を正しく認識できたように。神代は【魔女】と呼ばれたものを、女神がスキルとした。
時折生じる世界の異物、バグ、そして自分たちとは異なるものたちへの迫害。
神代は本来ならば巫女として、聖女として目覚めるべき彼女ら時には彼らを奴隷として縛り、人間ではないものにした。そしてあわよくばその力を自分たちのものとして利用しようとしたのだ。
「そして皇国も……お前たちも同じか」
魔女を迫害し魔女狩りなんてものをやりながら、本来の目的はそこにある。
この国もまたエーデルシュタイン王国になりたがった。女神になりたかった偶像と同じく。
しかしエーデルシュタイン王国が神代に働いた大罪すらも真似るとは。やはり単なる真似事は根本的な部分を見誤っている。
キナのヒーリングフィールドが満ち、偽物の勇者に降りかかれば剣を持つ手が震え剣をカランと落として崩れ落ちる。
混乱が……解けたか。
「あぁぁぁぁぁぁ――――――――――――っ!!!」
偽物の勇者が慟哭する。
「真実を認識したのか……?これくらいで壊れるとは情けない」
神代、同じ真実を知り壊れたことのあるファウダーは冷たく一蹴し、慟哭し動けない偽物の勇者に背を向け立ち去る。
――――が。
「何をしている!戦え!我らが皇国の勇者こそ真の勇者だとやつらに見せつけるのだ!」
自分では戦わず、あくまでも道具として使おうとするか。こんなところまで神代のエーデルシュタイン王国王と初代勇者を踏襲しなくても良かっただろうに。
「いやだ……っ!嫌だァァァァッ!!!」
奴隷の首輪が圧をかけ、偽物の意思を無理矢理ねじ曲げようとする。
「タツ、あれは……」
「あればかりはキナでも無理だ」
あれは状態異常じゃない。神代の人間たちが生み出した、魔法でも、異端の力でもない奴隷呪術だから。
「俺がやってやる義理もないんだが」
しかし単なる呪術と言うのなら俺の専門であり奴隷呪術もまたその延長線上。
「俺がやります」
リックが戻ってきて力強く告げる。
「俺たちは魔女ですから。魔女は正義の目から目をそらしちゃならないんです」
「……そうだったな。やってやれ」
「はい」
魔神の姿を解いたリックが勇者の前に立つ。
リックが呪文を唱えて指を鳴らせば、偽物勇者の首の奴隷呪術の印が弾ける。そしてこれは呪術師に反る。
「あぁぁぁぁぁぁ――――――っ!!?」
皇王、お前だな。かけたやつもまたその呪術の源流をたどれば辿り着ける。
禁忌に手を染めてひとりだけ逃げ勝ちだなんて正義の目が許さない。
「よくやった、リック」
難なく呪術返しを成功させ戻ってきたリックの頭を撫でてやる。ほかの魔女には呪術を解けても、呪術返しを俺以外でできるとなるとリックくらいだな。
「さすがは俺の愛弟子だ」
「はい、タツキさま」
「さて、無事に解呪も成ったし……そろそろお前の罪も量ってやらなぁにゃぁ?」
女神の真似事に手を染めたのだ。例え主犯が別にいようと、惑わされ手を貸した罪は俺の範疇だ。
「引きずり込め、クガタチ」
探湯沼が一帯を呑み込み、そして皇王やあの使者、魔女狩りを嬉々として叫んでいた皇国民をクガタチが引きずり込んでいく。
「女神さまぁ――――っ!」
「お助けを!」
「我らをお救いくださいいいぃぃっ!!!」
「その女神ってのは誰のことだよ」
お前らが偽物を女神として喚ぶ限り、本物の女神が救いの手を伸ばすことはない。何せここには女神の加護が満ちていない。お前たちは女神を崇めていない。
「罪がなけりゃぁ無実となるだけだ。だが今の俺は機嫌が悪い。慈悲は期待するな」
願いは叶えてやらない。まぁ、無実となるとも思えんが。
――――その日、皇国を覆った闇の海は後世に語り継がれることとなる。
女神への信仰を捨て、偽物の女神を崇めたことで邪神の災禍から逃げることができなかった。多くの国民が呪毒に苛まれ、取り分けひどい呪毒に苛まれたのは当時の皇王である。
そして当時の皇王はその後まもなく儚くなったらしい。
「姉さん、そいつ連れてくのか?」
リックが機嫌悪そうに告げる。
「えぇ。私たちが見捨てればこの子は生きてはいけないわ。タツキさまは範囲外と仰るでしょうし」
フローナの言う通り。キナが気にやんだら嫌だし面倒見てやる義理もねぇ。
「それに多くの魔女たちから怨まれる。私と一緒ならば襲われることはないでしょう」
「俺は襲うかもしれねぇぞ」
「リックはそのようなことはしないでしょう?」
「……分かんねぇじゃんっ」
「なら、そろそろ姉離れの時かしら」
「……そ、それだけはダメだ!俺たちは……っ」
同じものを素材にされているふたりは、切っても切っても離れられない関係だろう。
「なら、あなたも受け入れなさいな」
「……ぐっ」
「元々私たちも源流を辿れば同じ世界の住民よ」
「姉さんにその記憶は……」
「それでも……このまま見捨てることはできないわ。意思も心も操作され私たちは分かたれひとではないものにされてしまった。でもこの子はまだ人間でいられる」
「……」
「だからこそ、私たちは見捨てちゃならないわ」
「……俺たちの悲しみも知らないで」
「知っているからこそその悲しみをもう生みたくない」
「……分かったよ」
「いい子ね。リック。それに女神さまもこの子に本物のギフトを与えてくださった」
意図せずこの世界に喚ばれてしまったとはいえこの世界の住民として、人間として生きるなら女神の範疇だ。
女神は偽物にもギフトを与えた。
「さぁ、行きましょうか。あなたの名前は?」
フローナの差し出した手をリックは不満げに見やるが。
「……リリカ」
それでも彼女はその手をとるしかない。彼女に手を差し伸べるのは多分フローナたちしかいないのだ。
これも同郷の欠片を受け継ぐか故だろうか。




