【2】邪神の怒り
大聖女の宮殿。まるで成り上がりの大富豪が自らの財力を誇示するかのような、趣味の悪い豪勢さ。
「うわぁ……何じゃこりゃ」
「内装は白を基調とした落ち着いたものだったと記憶している」
「ああ、俺もだ」
壁やら柱は派手な色に塗り替えられ、いたずらにさまざまな宝石が装飾に取り入れられている。
「しかもいつの間に増築したんだ」
これは知らねぇ区画だ。
「女神の神殿の元々の部分はそのまま捨てられたが、長い歴史の中で増設された部分を宮殿に改築したらしい」
「女神を崇め、仕えるものたちが増えたことで拡張された部分を宮殿としたのか」
しかしその宮殿と祭壇を結ぶ回廊は切り離され寂れた空気を纏っていた。
「しかしどうやって入る……?さすがに宮殿の入り口には見張りがいるようだ」
宮殿の前には異世界ファンタジー特有の部分鎧に槍を持った男たちが立っている。
「あれは聖騎士だ。本来は女神の神殿を守るが、大聖女が女神の化身を騙り女神に成り代わって崇められているから大聖女のいいなりだ」
「最高にカッコ悪いな?」
「まあな。その上大聖女は気に入った見目麗しい聖騎士を進んで自らの親衛隊として任じているらしい」
「しかも面食いかよ。少なくとも本物は面食いではないからその時点で偽物……」
うん……?突然降ってきた記憶の欠片だがやはり段々と思い出しかけてるみたいだ。
「それで……?邪神さま。どうやって入る……だったっけ。脳ミソ取り出すかそれとも臓物にするか。あ、腹の中でクリーチャー生成して食いやぶらせる?」
「いや、待て待て待て。何だその選択肢は!もっと穏便なのはないのか」
恐ろしすぎんだろ……!
「……みねうち?」
ものっそい不満げな顔向けてくるんだが!?
「大聖女に騙されている聖騎士たちに対する判断を下すのは女神だ。女神が罪とするならば俺は役目として相応の裁きを与えるまで」
「む……」
「あくまでも目的は俺の大事なもんを取り戻すことだ。みねうちでいくぞ」
「ふーむ……仕方がない。ちょっとやりたかったんだけど」
ちょっとどころの所業じゃねぇだろ、お前の選択肢!だけどどうしてだか……見たい……?
「邪神さま?」
「何でもねぇ」
「……では、邪神さまのお望みのままに」
ファウダーは腰に帯びた剣を抜き去ると、人間の目に止まらぬ速さで聖騎士たちに切り込みみねうちで気絶させていく。
「今のお前のスペックがどうなってるのか気になる。レベルは……今は1000か」
それくらいは即座に見ることができる。
「まぁな」
時折すれ違う人間がいても、すかさずファウダーがみねうちにしていくから問題なく宮殿内を進んでいく。
――――しかしながら分からないこともある。
「この世界の今のレベル上限ってどのくらいだ?」
「邪神さま基準なら9999だが」
あ……そういやいつの間にか俺にレベルがあることを認識する。創世神はレベルと言う概念は全ての生き物に与えた。だから人間ではない魔物や魔族も生き物ならばレベルを持つ。生き神である俺にも与えられたのだろうが。
「いやいや通常基準」
「……うーん」
やはり人智を越えるとそう言う感想かな。
「神代の限界値は99、今は999と言われていた。俺は純粋な人間ではないものになったとはいえ、1000を突破した以上は、人間の可能性は進化しつつある」
「まあそうかもな。でも生き神だからこそレベル概念を得たとは言え……さすがにギフトは受け取ってないが」
「邪神さまはむしろ授ける側だろう?」
「まーな」
女神と違って役目ではないから眷属や信徒にしか与えないが。
「だからギフトを与えられるからこそ自分でも自由自在でレベルが限界値か。あれ……なら何で俺は殺されたんだ……?正確には死んでいないが」
「邪神さまったら忘れたのか?過去に俺に倒されてるじゃん」
「は……?」
ファウダーに……?
「でも今なら分かる。たとえ伝説の初代勇者だろうが、女神の加護を得ていようが。人間のレベル限界値に至った勇者とは言え邪神さまにかなうレベルじゃない」
「お前勇者なの……?」
「忘れてたのか?」
「記憶がまだぼんやりしてんだ。でもステータスを見れば確かに」
俺の加護とギフトを受けているとは言え、コイツは女神からの加護とギフトをそのままにしている。女神もまた然り。
「そうそ。でも、まだただの勇者だった俺に倒された時……」
ファウダーが思い出すように口を開く。
「邪神さまはわざと倒されたふりをしていたんだ」
わざと倒された……?何の、ために。
――――飽いたから
――――失望したから
――――何に。
そう、人間に。
けれどあの子たちは俺の大切な……。
「何となく……分かってる」
こくんと頷くと、ファウダーはにんまりと顔に笑みを浮かべる。
そして奥へ奥へと進んでいけば女の怒号が響いた。
「この醜女が!お前みたいな醜女が女神の加護を獲るなんて決して許されないことなのよ……っ!」
ビシィンッと鋭く響く音。これは鞭の音か。
「うぅ……っ」
そして嗚咽のような声。
たったそれだけでも聞き間違えるわけがない。俺は見せしめのように開け放たれた荘厳な扉の中へ駆けた。
「わたくしは大聖女。女神の化身なの。だからお前のような醜女が女神の加護を与えられるだなんて、生意気なのよ!不敬よ!だからその罪を裁いてあげましょうか……?」
それはあの時召喚の間で俺を無能だから殺せと命じたあの大聖女だ。何が大聖女だ。聖女になれなかったただの嫉妬の塊ではないか。
そして大聖女は再び鞭を振り上げる。目の前で脅えながら踞る少女に対して。あれは間違いない、キナだ。
あの女……っ!
「貴様っ!」
俺の怒号に呼応するように、闇色の探湯沼が足元から手足のように部屋の隅々まで呑み込んでいく。それはまさしく神話の壁画のごとし。
「……堕ちろ……堕ちろ、堕ちろ……っ!この罪人どもが……っ!」
探湯沼からどす黒いクガタチがどっと湧き出、中に巣くう人間どもを大聖女もろとも引きずり込む。
「大聖女、女神の化身……そんなものはこの世界に存在しないジョブだ……!」
女神がそんなジョブを作るはずがない。それは分かる。俺は女神が与える膨大なギフトの数々が俺の知識の中にある。
女神や俺が今までにないジョブやスキルを産み出したとしても共有されるものである。
――――だからあり得ない。
女神の与えたギフトを不正に改変した罪からは逃れられようはずもない。
探湯沼に呑み込まれていく右ケ左を問われる者たち。
そして裁きの手を下す神の寵愛を受けるものが探湯沼に呑み込まれることはない。
その場に生じた黒い闇の海の中で呆然と顔を上げる少女。安心しろ……コイツらは全員。
「堕ちろ……いやそれだけじゃ足りない!!呪毒に呑まれて苦しめ!脅えろ、嘆け!」
「タツ!」
その時、小さな手が俺の腕に抱き付いた。
「タツキ、落ち着いて」
愛称ではなく本名で力強く呼ばれる。地球でキナとソウが与えてくれた名が俺を冷静な司法の化身に戻してくれる。
「キナ……」
キナが色素の薄いその瞳を俺に向ける。まだ15だと言うのに、何て芯の強い眼だ。
「私はタツが生きていてくれただけでいい」
「俺は死なねぇよ」
フッと笑みを漏らしキナの髪を優しくすく。
今なら分かる。創世神から与えられた役目を遂行することで全て思い出したから。
「悪い、悲しませたな」
「ほんとだよ。また、会えるなんて」
滅びを望まれたことはあれど、不老不死……生きていることを喜ばれたのは初めてだな。だからこそ愛おしい。邪神の寵愛を受けるにあたいする愛し子。
小さくも力強い。そんなキナを抱き締めれば、温かな気に呑まれていく。
そしてキナがもぞもぞと腕の中で周囲を見渡すように顔を上げる。
「この黒いの、いつもタツの足元にあった」
「……見えいたんだものな」
今なら分かる。クガタチと繋がっているから。コイツらはいつの間にやら俺自身の目の届かない場所でキナたちを守っていた。2人が俺にとって大切な存在だから。
「さて……と、だいぶ落ち着いた」
「ならあれの始末をするか?」
いつの間にやら後ろにはファウダーがいる。
「そうしよう。お役目もあることだし」
「タツ、何かするの?」
「ああ。悪いことをしたら責任を取ってもらわにゃぁな」
視線の先には闇の沼に溺れる人間たち。
「またさっきみたいに……」
「安心しな。我を失ったりはしねえよ」
少なくともここにキナがいてくれるのなら。
少しだけ沼の深さを浅くしてやれば外気に触れたことで声が響いてくる。
「ギェァアァァァァッ!!何なのよコレええぇぇぇっ!助けて!助けなさい!わたくしは……わたくしは女神なのおぉぉっ!!」
その鬼気迫る顔はかつての美しさなどどこにもなく、恐怖で歪んでいる。
「それでもまだ女神を騙るか」
言ってることが端から矛盾している。もし本当にその女が女神ならば、自分の加護くらい自由自在にコントロールできるはず。
俺のことを分からぬはずがない。
「そして罪を裁くのはお前じゃない。俺の役目だ」
ニタァッと口角を吊り上げる。
「あ゛アァぁぁァ――――――――――っ!!」
女神を騙り、大聖女と自称し本物の聖女を前に嫉妬に狂った愚かな人間……名をアデリーナ・エーデルシュタインと言うか。
「探湯沼がお前の罪を量ろう」
そこには嘘も真実もない。それは犯した罪を量るだけの救いのない神罰だ。
美しかったアデリーナの肌は呪毒にまみれ、髪はところどころ抜け落ちていく。
「アァぁぁァ……っ、わだぐじの……うづぐじぃ顔があぁぁっ、髪があぁぁぁっ!!」
必死にこちらへ手を伸ばしてくるアデリーナだったが……容赦なく探湯沼に引きずり込むクガタチにより、どぷんと底なし沼に堕ちていった。
クガタチの意思は俺の意思。
逃すはずがない。
魂の髄まで、その罪を贖うまで、決して逃れることはできない。




