【28】【番外編】第四席ヴァッサラーエ
――――900年前。物心着いた頃には狭く暗い場所にいた。
そこでは同じような見た目のひとたちがいて、ぼくと同じく首に首輪を嵌められていた。そして時折やってくる色の違う人間に命じられひとり、またひとり消えていく。
やがてぼくしかいなくなり、ぼくの番が来た。命じられると拒めなかった。心と別の意思がぼくを動かし、逆らえない。
連れていかれた場所には……大きな青い龍がいた。鎖で縛られ弱っている。人間たちの言葉が聞こえてくる。
「合成できるのはこれで最後だ」
「失敗すればまたコアにすればいい。そして隠れ住んでる水龍の民を連れてくればいい」
水龍の民……?どうしてか水龍は目の前の龍である気がした。
「やつらは自分たちの守護龍を狩った大罪を負っている。見付かれば即座に我らに引き渡してくるぞ」
守護龍って目の前の水龍?水龍は今、お前たちに囚われているのに?話が矛盾している。
「ほら、とっとと行け」
人間たちに強引に何かの装置にぶちこまれるとまるで身体の中に何かが入ってきたような感覚に呑まれる。
何だ……?これは……水龍の記憶か?人間と交わった水龍の子孫たち。水龍は創世神に神に召し上げてもいいと告げたが、水龍は神としてではなく、あくまでも龍として近しい場所で子どもたちを見守ることを選んだ。
けれど運命は残酷だった。水龍は神にならなかったからこそ魔物の一種であり人間たちに狩られ水龍の子孫たちは奴隷として狩られた。
子孫たちが人ではないものにされていく地獄を見せられながら囚われていたことを自身に適合した俺に教えてくる。
「成功だ!」
「成功したぞ!」
水龍の悲しみの中に入ってくる異音に咆哮を上げる。悲鳴も恐怖も関係ない。お前たちが……お前たちが俺たちを苦しめたのだろう?
怒りは水龍のものではない、俺のもの。意思を取り戻した俺のもの。
やがて俺たちを壊したものを破壊し尽くし、水龍が優しく俺を包み込んだ気がした。
【神になっていればお前たちを救えたか】
その脚は人間ではないものにされてしまった同胞たちの元に向かっていた。
創世神が造ったダンジョンの中で異質な気を放つ同胞たちの成れの果て。
【これは創世神が我に与えたもうた罰だろうか】
「いや、違う」
水龍の問いに答えた男を見上げる。
「……だれ?」
胸元に目のような不思議なエンブレムを携える紫の瞳の男。
【創世神の御子さま】
創世神の……?
「そうだな……ひとは俺を邪神とも呼ぶが」
邪神?
「そ。もしお前がもう一度神になる気があるのなら俺が推薦してやろう。俺の眷属神としてな。創世神もそのつもりだ」
「……あんたの、眷属神として」
「それが条件だ。お前がその内のもんの悔恨を叶えるのなら、救ってやってもいい」
「救う?」
「人間ではないものにされた……コイツらを」
邪神が見据えたのは同胞たちが囚われたダンジョン群である。
「本当に救ってくれるのか」
内なる水龍はそれを願っている。
「ああ。生け贄を捧げることで願いを叶えてやろう」
「生け贄……俺を?」
「お前自身を生け贄に捧げるのならお前の願いは叶えてやるかもしれんが、アイツらは救われないぞ」
「……えっ」
「俺は自らを生け贄として差し出す度胸のあるヤツしか救わない。あくまでも選ぶのはアイツらだからだ」
俺の意思で決めるべきじゃない。それでは人間たちがやったことと同じだからか。
「時間をやる。覚悟が決まったら来い」
そう言って邪神は去ってしまう。来いって何処へ?答えを求めてとぼとぼと歩けば、ダンジョン群にひっそりと建つ神殿を見付ける。
「……これは?」
特徴的な紫の目の下に天秤のモチーフがあしらわれた裁神のシンボルだ。見たのは初めてなのに水龍が教えてくれる気がする。そしてそれは先程の邪神の目だ。
誰が邪神と呼んだ。誰が邪神とした。罪深き人間たちが好き勝手に俺たちを苦しめる。この世界は正しい正義が歪められた世界なのだ。
ゆっくりと神殿の扉を開き中に分け入ればそこに先程の邪神……裁神が待っていた。
「答えは決まったか」
「ああ、決めた。あなたの……眷属神にしてくれ」
「いいだろう、ヴァッサラーエ」
「……ヴァッサラーエ?」
「お前の両親がつけたお前の本当の名だ」
物心着いた頃にはいなかった両親。両親もダンジョン群の何処かにいるのだろうか?コアとして囚われているのだろうか?
「さあ、ヴァッサラーエ。迷える龍の子たちを迎えに行こうか」
女神すらも救ってくれなかった同胞たちを、両親を。たったひとり救ってくれる救いをもたらす神。
裁神のくせに自身を邪神と呼べと笑う神。そんな神に俺は生涯を懸け尽くそうと決めた。
※※※
――――現代・ダンジョン都市裁神神殿。
「なあヴァッサラーエ」
「何だ?タツキ」
地球で名を得たと言うタツキはそう呼べと告げてきた。いつもいつも急だが、いつも必要な時にこの神は姿を現し手を差し伸べる。
ある時は厳格な裁きの神として、ある時は女神の守護の元を外れてしまったものたちに救いの手を差し伸べる神として。
「お前、出会った頃はこんな小さくて可愛かったのに、今は何でおっさんの姿なの」
「魔帝をやってたんだからある程度の貫禄は必要だろう。ずっと子どものままと言うわけにはいかないし……なかなか気に入ってんだ」
「ふーん、お前が気に入ってんならいいけど」
「何が不満なんだ」
この主は時折子どもっぽいところがある。
「キナとソウがサングイオスとイケオジ談義をしていた」
「……嬢ちゃんたちはまだまだ子どもなんだから。サングイオスはともかく……憧れる年齢とかあんだろ」
「ふぐぅ……今までは俺が一番だったのにぃ」
どこに悔しがってんだか。
「そんなの一時期だけだって」
「サングイオスはぁっ!?」
「……アイツだって反抗期のひとつやふたつあったっての。それでも義父子だかんなぁ。それにあの子たちにとっちゃお前も親代わりみたいなもんだろ」
「それは……」
「反抗期が来た時は相談乗ってやるから、ほら」
「あ~~~~っ、そんな……キナとソウが反抗期!?そんなこと……そんなことあり得ないからぁっ!!!」
そう言って頭を抱えて喚く主を横目で見ながらふぅと息を吐く。
「……ったく。ま、暫くすれば落ち着くか」
そんな騒がしくも微笑ましい一幕も同胞たちを解放してくれたタツキのお陰でもある。
いつものことかと慣れた眷属たちがコーヒーやつまみの菓子を出してくる。俺と同じ水龍の民の特徴を持つ彼ら彼女らも俺と同じく眷属の道を選んだのだったな。




