【25】水龍の子
ひとり片付いたか。黒幕のことは女神にも別途伝えるとして。
「さぁーって、終わった終わった~~」
「相変わらずのチート。で、タツ。途中から出てきた……あのクガタチと違う手って、誰の?」
キナが問うてくる。
「ん?あれは冥界の神だ。世界は3つに分けられる。神の住まう神界、人間や魔族たちが暮らす地上、そして地上に生きるものが死ぬ時に魂を循環させるために降りる、冥界」
「やっぱりそう言うの、あるんだ」
「まーな。そして神界は創世神が管理し、地上は女神が管理する。冥界には冥界で管理を任された神がいる」
「それがさっきの……タツのお兄ちゃん?」
「俺は認めてねぇっ!」
「いやいや、お前な」
ヴァンが吹き出す。いや……だって。
「と……ともかくだ!アレは冥界でもきっちり裁かれる。もうアレに苛まれるもんもいねぇよ」
「……」
それを聞いてリオンはそっと俯き、奴隷の印のなくなった首元を指でなぞる。まだ安心できないものを抱えているのは分かっている。
「さて、残りのダンジョンに向かうか」
「ダンジョン……?」
「……お前の知り合いなんだろ?そしてスィーディーネによってコアにされた」
「どうして……」
「それを把握するのも探湯沼に大罪を問う邪神の特性だからな」
「本当……なんですか……?邪神て……」
「そうだが?」
「どうして邪神さまが……邪神さまは魔族の神ですよね」
「そうでもあるが、別に人間だろうが半魔だろうが崇めたいのであれば種族にこだわりはない」
ただ信徒に魔族が多いというだけだ。
「そして人間をダンジョンコアにしたのなら、それを破壊するのも俺の役目だ」
「破壊……破壊したらミラが死んじゃう……!」
それがコアになった人間の娘の名か。
「ならばこのままダンジョンコアとして生かすか?さすれば娘はコアとして一生苦しむことになる。だが、創世神の教えに反することを俺が見逃すはずがない。あれを裁き壊すことこそが俺の役目であり、お前に選ぶ権利などない」
「そんな……っ、ほかに方法は……っ」
リオンが俺にすがろうとする手をヴァンが止める。
「ないな。それしかない。いくら探せども、神に祈ろうが、それしかない。2000年前からずっとだ」
気の遠くなる時間。まだ水龍国が守護龍・水龍の暮らしていた神代から。水龍と合わさったのはおよそ900年前。しかし水龍の記憶がそれをヴァンに見せる。
「女神もその眷属神たちもどんなに方法を探そうと不可能だった。女神の力だけでは、コアとなったそれを救うことはできない」
あれは大罪の末に産み出されてしまった人類の進化が引き起こした異物。
「創世神から人間として生きることを許された己の子らが迫害され、核にされ。壊すことで解放してやることができなかった地獄。ヴァンも水龍もそんな地獄を見てきたからこそ言うんだ」
魔物でありながら高い知性を持ち、特別な信仰を集めた水龍は神となることは望まなかった。自らを慕う子らを見守ることを選んだ。
人間が水龍を受け入れ、水龍が人間を受け入れ生まれた。それは魔族が生まれる前に、水龍に守護される人間として暮らした。
特別な龍の血を引く子らはコアに馴染んだ。魔物をコアとするよりも、魔物と無理矢理結合させられた魔族をコアとするよりも。
ヴァンは水龍と共にずっと見てきたのだ。その悲劇を。だからこそその言葉はどこまでも、重い。
「タツ、本気なの」
キナの手が俺のローブをきゅっと握る。
「本当に方法はないの?」
ソウも沈痛な面持ちを向けてくる。愛し子たちが悲しむのは辛い。
「選ぶのは誰でもない、彼女だ」
人間をコアとする禁忌のダンジョン。それを神の天秤にかけることは俺がこの世界に存在する理由。
黒く広がる闇の探湯沼がダンジョンと言う不可思議な空間をまるごと呑み込んでいくその中心に浮かぶのはダンジョンの心臓【ダンジョンコア】。
「人間が人間ではないものになった成れの果てよ。しかし創世神が人間と定めたものならば、人間の罪を量る裁きの神は人間の声を聞く」
魔族は魔族と言う新たな種となりつつも、彼らも水龍国人も元より創世神の造りたもうた人間。
その欠片を受け継ぐのならば探湯沼は声を拾う。
「全ては創世神が人間の罪を量るために与えたもうた探湯沼で量られる。贄を差し出すがよい。さすればお前の罪を量ってやろう。右ならば有罪、我が呪毒の罰をその身に宿すがよい。左ならば無罪。贄を差し出すのならば、差し出した代償に願いを叶えてやろう」
【ーーー】
言葉にならない声が入ってくる。
「……良かろう。贄は差し出された。そなたの罪を量らん。その咎は右か、左か。我にその答えを示さん」
【ーーー】
言葉にならない声が残響を残す。
ダンジョンコアがパリンッと結晶となって砕け、闇の中へと溶けていく。
そして腕にしゅるりと巻き付いた白い枝が、何かを回収していくように探湯沼の中に神々しい波を立て連れていく。
【何だ、やはりこちらには堕ちぬのか。情状酌量は与えてやってもよいが】
「彼女が選んだことだ」
【それもそうさな。ならば創生樹の元でよい】
闇の中にいつの間にか湧いてきた冥府の神が頷けば闇が弾ける。そこには最初から何もなかったように更地が広がっていた。
「うあぁぁぁぁぁぁっ!!!」
ダンジョンがなくなったことでコアも消失したリオンが彼女の消失を悟り崩れ落ちる。
「……帰るぞ。用は済んだ。女神も回復しつつある」
冥界の神が原因を根こそぎ回収していったからな。悲しい慟哭を背に、俺たち生者は前に進むしかないんだ。
※※※
――――邪神の主神殿
「んー、私は元気いっぱい、スッキリよ。冥神もたまにはいいことするじゃない」
「はい、女神さまが元気になられて何よりです」
元気になった女神に寄り添うアリーシャ、そして留守を見守ってくれていたヴォレルの姿を捉える。
「それにしても私をこんなにして何をしたかったのかしら」
女神にもその黒幕のことは俺と女神の固有のリンクで既に悟っている。
「フローナちゃんも用事と言って急に出掛けて行ったわね。今回の魔女のせいかしら」
こっちに連れ帰ろうとしたら急にリックを連れ立ち出発してしまったのだ。
「関係はあるかもな……それと、ほかにもあるはずだ」
そうまでして女神と俺の意識を反らした理由が。
「それでキナちゃんとソウくんたちは?あの水龍の子、連れ帰って来たんでしょ?」
「リオンはヴァンに任せたよ。ヴァンも久々に生きて再会できた子孫だ。放っておけないんだろ」
そっちはヴァンに任せているとはいえ……。
「キナとソウも近々お使いに出すよ。ヴォレル、良ければ話、聞いてやってくれ」
「タツキさま……よろしいのですか……?」
ヴォレルはキナたちと仲がいいからやはり心配してくれている。
「今はどうにもなんねぇよ。少し時間が必要だ」
生身の肉体も全部失ったコアには時間が必要だ。




