【24】冥界の手
――――ファウダーの燻製作りは順調だ。味付けをした後はヴァンの力で水分を抜き、今は燻しているところだ。しかしこれはグルメファンタジーではない。断じてグルメファンタジーではない。
「あ゛ギャァァァアァぁぁッ」
「クククククッ、よい悲鳴だ……っ!」
狂気勇者……いや魔王による人間クッキングタイムである。
「因みにあれは創世神の教えには背かないのだろうか」
「いい質問だな、ヴァン。かつて魔帝だったころはそこら辺の線引きにいつも迷ってたもんな」
しかし教え導いてやるのも主の務め。ついでに水分に関しては元々過剰摂取だったから抜いてかまわない。
「確かに人間が人間を奴隷や核にすれば確かに邪神の裁きの対象な……?」
ここまではテストに出るほど基本。テストなんて予定にないけど。
「でもファウダーは人間の姿もとれるとは言え、既に人間をやめている。さらには今は魔神の姿。そしてあのスィーディーネに人間のまま拷問を科しているだけだ」
「そう言う解釈な」
そしてファウダーに炙られているさなか、スィーディーネが苦しく声を絞り出す。悪辣なファウダーらしい。鳴けるくらいには意識を保たせている。
「私に手を……出せば……っ、世界中の魔女を……敵にする、わよ……!」
苦し紛れに今度はそっちにいったか。
「それはないな……?お前、魔神の魔女フローナを知っているか?世界中の魔女の元締め。あいつ俺の部下なんだわ。だからもう根回し済み」
フローナにもアンテナはついてるからな。個別にやり取りする際はアンテナを頼りに連絡を取り合えば済む。
「……っ」
スィーディーネがカッと目を見開く。
「あの……魔女ょおおぉぉぉっ!!老いない、ウラワカイ、許さないいいぃぃぃっ」
確かにフローナは俺の眷属神だから不老不死。永遠の美を望むこの魔女とは犬猿の仲だろうな……?そしてスィーディーネはフローナのことを何ひとつ知らず、嫉妬に狂う。
「ではお前は何を差し出す?」
「エ……」
「フローナと同じような不老不死になりたいんだろう?何を差し出す?」
「さ、シダス……?」
「分かってねぇのか?生贄だよ、生贄。どんな願いもタダで叶えるほど、神は安くねぇ。願うのならば、祈れ、渇望せよ。贄を差し出せ、対価を捧げよ」
「……な、にを……っ」
「どうした?フローナは迷わず差し出したぞ」
「あ……さしダす……贄、フローナの……永遠の美イイィィッ」
別にフローナは美など気にしない。ただ最終的にそうなっただけである……が。
「差し出ス、アノ骸、手下ドモ、いや……この都市全てヲ生贄にしてもイイィィイッ!だから、ダカラ!ワタクシに永遠の美を!不老不死の身体を……っ!フローナより……美しクうぅぅっ」
「ふーん、そう?じゃぁ俺はあの骸とお前の手下とダンジョン都市の全てのやつらの願いを叶えよう」
「なん……で」
スィーディーネがピタリと固まる。
「俺は自分自身のその身を差し出す覚悟のあるものにしか、願いを叶えなる権利を与えない」
「……そん、なっ」
「もちろん、右ケ左で無罪だった者に気まぐれで与えるだけだし、邪神に願わぬなら叶えないが」
「じゃ……シン……っ」
「何、お前、俺のことも知らずにケンカ売ってきたわけ?――――創世神に」
そのステータス改変は、創世神の教えへの翻意である。
「ファウダー、燻製作りは終わったか?」
「うむ……思っていたのと違う。やはりいらん」
「……っ」
散々弄んだくせに容赦なく捨てるファウダーの言葉にスィーディーネがポカンとする。
いやむしろ、この狂気のファウダーに遊ばれると言うことはそう言うことだ。
「ほんとにねぇ……何なの?この悪趣味な料理は」
そしてその場に舞い降りたひとひらの花にスィーディーネが驚愕する。
「ふ……フローナ」
黒い魔族角、プラチナブロンドに金色の瞳を持つ豊満な美女が微笑む。
そのすぐ側には黒い魔族角、ダークブロンドに金色の瞳の青年が控えている。
「どうも、タツキさま。魔神第五席フローナが参上いたしましたわ」
「同じく魔神第六席ヘンリック、参上した」
「ああ、ローナにリック。これから面白いことになりそうだからな。呼んでおいて正解だった」
「ふふっ。タツキさまのなすこと全て、わたくしには興味深いことですわ」
「フローナ姉さんに同じく」
「それならさっそく邪神さまのお仕事タイムだな」
足元に黒い闇の探湯沼が沸き立てば、そこから這い出るクガタチが容赦なくスィーディーネを引きずり込んで行く。
「イヤァァァァァ――――――――ッ!!!何これ……何よこれえええぇぇぇっ!!!」
「呑み込まれるさまも、醜いな。お前などフローナの足元にも及ばない」
「あら、お褒めいただき光栄ですわ」
フローナの微笑みにスィーディーネが憎悪の眼差しを向けてくるが。
フローナはかつて自らを生贄にと望み、祈りを捧げながら沼の底へと沈んで行ったぞ。まさに雲泥の差。
「ワタクシの方が、ウヅグジイイイィィィッッ!!!」
「どこが?」
フローナの弟から容赦のない一言が飛ぶ。
怒りに目を滲ませながらも、スィーディーネのカラッカラに干からびている肌にも呪毒は容赦なく巻き付いていく。決して逃れることのできない魂に刻まれる呪毒である。
ふぅん……ステータスだけじゃない。探湯沼の裁きはこの女の罪を余すことなく映し出す。
「やはり奴隷呪術を使っていたか」
「我らがタツキさまのご意思に反する大罪人ですね」
「ああ。リック。しかもこの女、自分よりも美しいものから水分を奪って自分に吸収させ若さを保っていた」
「はぁ?馬鹿馬鹿しい」
「まさにな。さらには水分が足りなくなる時へのキープとして、美しいものを奴隷として飼い、必要なくなれば水分を吸い取ってダンジョンに食わせる」
「自分をどこかの女王とでも思ってんの?どんな女王だ」
「だとしたら国民は干からびた奴隷だけなんだろうなぁ?」
そしてさらに罪は続く。
「コイツは……かつての水龍国の民の末裔を見つけ、ダンジョンコアとして人造ダンジョンを造った」
「やはりか。許せねぇっ」
ヴァンが怒りを滲ませる。それはヴァン自身のものか、水龍のものか……どちらもか。
「そして片方は奴隷としてこき使った。リオンがそれだ」
リオンの奴隷呪術は俺自らお前に返してやる。ふいと指を動かせば、リオンの首もとにあった奴隷の刻印がカチリと解けた音が響き……。
「あギャァァァァァァ――――――――ッ」
スィーディーネが更なる苦しみに悲鳴を重ねる。
「イダイイダイイダイイダイ…………っ!!!燃えるううぅぅぅ――――――――っ!!!」
身体中を煮えたぎるような痛みが襲っているはずだ。むしろひとではないものにされたものたちの怨みはこの程度では済まないと思うが。そしてさらに呪毒の痛みも襲うのだ。
脳を揺らすような衝撃、毒の幻覚、痛覚倍増、出血毒から……身体の内外からさまざまなものに焼かれるような痛みに苛まれる。
「エーデルシュタインもタルティオスも裏で手引きしていたのはお前だな……?」
ファウダーがお灸を据えたと言うのに、まだエーデルシュタイン王国に手を出したか。そして……。
「お前のお陰で裏にいるのが誰か分かった」
「……は?」
「ミツケタ……」
「アァァァァァァ――――――ッ!!!」
スィーディーネが絶叫すれば、地の底から俺のクガタチではない手が何本も伸びてくる。
「アンタまで来るのか」
そう問えば、地獄の底からおどろおどろしい声が地鳴りのように上がってくる。
【その女は冥府の裁きを長年逃れてきた】
つまりお迎えの時はとっくの昔に迎えていたのか。その黒幕の力を借りて。
【だからコレは我らがもらう。裁きの神よ】
「勝手にどうぞ?俺はもう魂に罰を刻んだからな。あ……でも女神を責めるなよ?」
【分かっている。自らの主にあだなすとは……愚かな眷属よ。愛と光の女神の慈悲を利用するとは……こちら側に来るのが楽しみだ……】
「俺も地獄の沙汰を楽しみにしているよ」
【クツクツ……】
その似て非なる闇の手はスィーディーネだったものごと地獄の底へと引きずり込み、探湯沼よりもさらに下へ、地の底へと降りていく……。
【ところで】
「……何だ?」
【女神が姉ならば、我は『お兄ちゃん』ではないのか……!?】
「うぜぇっ!とっとと帰れ!!」
【ひど……っ。しかし……女神を苛める杭は共に持っていってくれる】
「そうしてくれ」
冥界の神が持ってってくれるならありがたい。あれは今までのよりももっと最悪な……魂を蠱毒のように詰めて積み上げた骸の柱だから。呪毒の専門家と言えどあれの処理は冥界の神の方が適当だ。
【では、女神によろしくな】
「分かってる」
【……やっぱり『お兄ちゃん』は……】
「キモい、帰れ」
【ひど……っ】
しかし冥界の神はその範疇のものたちをそっくりと冥府に連れていった。俺の探湯沼を通しては、たまにああいうのが紛れ込むんだ。ほんにん的には地上に出る時に楽だかららしいが。




