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【15】Side:第二席シュランガル



その男は神は悠然と歩いてきた。雫一滴跳ねたただけで猛毒をもたらし、致死どころか溶解に至ると言う沼の中を。その身に纏わりつこうとする猛毒の蛇たちをまるで愛でるように不思議な手足に纏わせながら。


そうして目の前に来た神は私の顎をくいと持ち上げ愉快そうに笑んだ。

『お前もその身に探湯沼(くがえ)を持つのか』

確かにこの身を猛毒の沼と変えた人間たちは神の真似事をした。探湯沼(くがえ)の真似事を。


しかし所詮は神の真似事。罪を量ることはなく全てを猛毒に侵し、溶かした。そして真似事をした人間たち、いや……土地ごと猛毒の沼に呑まれた。私たちをひとでないものにするために使った呪術ですら呑み込んで。


『面白いな』

ただの化け物を?いや、化け物すらも呑み込み溶かして喰らう異形のものをか。

しかし何ものをも呪術ですら例外なく溶かしてきた毒の沼は段々と神の探湯沼(ほんもの)に呑まれていく。

そして探湯沼(ほんもの)に浸りながらも混ざり合うように浮かぶ毒液を指で掬う。何をするかと思えば探湯沼(くがえ)で呑み込んだように今度は口で味見する。

『ん……しかもなかなか旨いな。お前、俺のものになるか?』

満足そうにそう告げた邪神の言葉は生涯忘れることはない。


※※※


魔神第二席シュランガル。私には姉がいる。――――とは言え本当の姉であるかは分からない。魔族が開発されたラボで一緒にいた。第一世代と呼ばれる魔物寄りの身体を持つものたちだ。


しかし普段は魔神として得た神通力でその姿を隠し、ごく普通の魔族の青年を演じている。


「姉さん……」

視線の先には崇拝する邪神さまの寵愛児の聖女と姉がいる。最近やたらと聖女の元にもじもじしながら会いに行っているようだった。


「……務めには影響がないのでいいんですが」

魔神として邪神さまから賜った役目は滞りなくこなしている。

魔神は10柱もいるからむしろ務め以外の時間など、魔族たちを見守る者もいれば邪神さまへの耽美な狂喜に浸る時間に費やすものもいる。


特にシスコンでもない。姉である第一席が空き時間に聖女と戯れているのをたまに見かける。それだけである。


そして邪神さまへの崇拝の念は変わらない。それならば何の問題もない。


――――ただ。


「最近邪神さまのことを名前で呼びますね」

どうやって許可を取り付けたのか、姉は邪神さまが地球で得た名を呼んでいた。

いや別に羨ましい訳では……。


「第二席さんは呼ばないの?」

ビクンッ。後ろからかかった声に思わずハッとして振り向く。普段ならば背後など取られない。あのファウダーとて背後に忍び寄ってきたら即座に睨み付けるのだが……。


邪神さまの寵愛児ゆえなのか……どこか似ているところがある。


「このような場所で何を?邪神さまの寵愛児さま」


「いや……ファウダーの魔法レッスンの休憩時間。第二席さんを見掛けただけ」


「……見掛けただけで何故」

近寄って来るのか。姉は逆に近寄って行っているが。


「俺もソウでいいよ?第一席さんはソウって呼んでくる。キナと同じく」

「……いつの間に」

勇者とまで仲がよくなっている。別に勇者は女神の加護を得るとはいえ敵ではない。邪神さまの姉の加護であり、2柱の神は姉弟仲が良好である。女神の加護を得ながら私が崇拝する邪神さまの寵愛を受ける。

思えばファウダーも双方から加護を……だがあれはあれで特殊だからいいと思考の外にやる。


「タツ、別に怒らないと思うよ。俺のこと呼んでもタツのこと名前で呼んでも」

「そんな邪神さまに不敬なことなど……っ」

その場から立ち去ろうとするが、何故かソウもついてくる。

邪神さまへの崇拝の念が強いからこそ第二席には強引に振り払うこともできない。


しかしふと足を止め、ソウを振り返ればサッとそのか細い腕を引く。


「あ……っ」

そしてその瞬間、ソウが立っていた場所に大鎌が突きだし、何もない空間から闇が流れ出づる。


「どういうつもりだ、第三席」

その犯人に冷たく言い放てば、流れ出づる闇が多重奏の嗤い声を立てる。そしてゆっくりと姿をあらわにする。


「あぁ……邪神さま、邪神さま、邪神さまぁ……っ!」

魔族角の男……いや、魔神第三席が大鎌を持ちながら狂気に満ちた叫び声を上げる。

その足元からは腐敗臭を纏う闇の沼がコポコポと湧き出ている。


「あぁ――――……、邪神さまが還って来た……邪神さまの探湯沼(くがえ)が波打っている。あぁ……何とかぐわしい……邪神さまぁ……っ!」

ニタァァッと嗤いながら、私に目もくれずソウをギロリと睨む。


「せっかくの邪神さまの探湯沼(くがえ)の耽美な匂い……なのに邪魔をする不味そうな女神の匂いが紛れているうぅぅぅっ!」

第三席が激しく歯ぎしり、唇からおさまりきらない牙をぐわりとさらけ出す。


「あぁ……いらない……いらない……邪神さまだけでいい……邪神さまの側には我らだけでいい……っ!」

狂気に満ちた第三席の足元からは腐敗臭漂う骨やゾンビが湧き出、第三席の背中を骨でできた翼が突き破り翼の関節に埋め込まれたおびただしい目玉がギョロリとソウを睨む。そして大鎌と腐敗沼が襲い掛かる……っ。


「……っ」

いきなりのこと……いや、恐怖耐性は人並み以上に備わっているようだがソウには敵意がない。


――――仕方がない。


「黙れ」

腐敗沼すらも覆い尽くし溶かすがごとく、猛毒の沼を湧き出たせる。背中から衣服を破り無数の大蛇が這い出し、沼から波打つ毒蛇を第三席に放つ……!


「アギャアァァアァァァ――――――――――ッ!!?」

第三席の悲鳴と共に第三席がつい先ほどまで毒の沼に染まっていた白い床に打ち捨てられる。


「わ……大丈夫?あのひと」

「……他に心配することはないんですか」

異常に順応性が高いのはそのスキルゆえなのか。脅威の混乱耐性はテンパることすらしていない。


「やはり邪神さまの寵愛児。猛毒の影響はないようですね」

「状態異常耐性だってファウダーが言ってた」

「状態異常全般に対するスキルでしたか。邪神さまの寵愛があるのでそれほど心配はしていませんでしたが」

そして服も邪神さまの守護があるからこそか猛毒で溶けていない。


「第二席さんは優しいよね」

「……は?」

思っても見なかった言葉に目をぱちくりとする。


そんな最中、唸り声を上げられるのも第三席は魔神であるがゆえか。


「もう目を覚ましたんですか。まぁ猛毒にしたのは一瞬だけでしたし」

全てを溶かすと言えど、邪神さまの眷属である魔神であるがゆえに第三席は死なず、溶けない。……ダメージはそこそこ与えられるが。

「ぐうぅ……邪神さまぁ……」

それでもなお邪神さまに溶けた笑みを浮かべる第三席に何よりも恐ろしい声が降りかかる。


「呼んだか」

グゲシッと第三席の頭に靴をめり込ませている主の姿である。


「じゃ……じひっ、ぐごおぉぉっ」

呼ばれた主……邪神さまは容赦なく第三席の顔面を踏みつける。床がめり込みヒビが入るほどに。


しかし第三席は嗤っていた。


「ひゃぎゃっ、あぁぁ、ハハハッ、邪神さぁぁっ、ひひゃぁっははハァッ」

「コイツ全然反省してねぇよな?ソウに手ぇ出しやがって。お前には当分血はやらん」

「あ゛……」

第三席はハッとして嗤いを止める。


「今回のは全面的にお前が悪いな」

続いて現れたファウダーが吐き捨て、ソウに神杖を手渡す。

「こう言うときに神杖は邪神の何よりの守護を発揮する。ちゃんと持っておけ」

「あ、はい」

ソウはファウダーから神杖を受け取り、頷く。


「でも第二席さんがいたから、平気」

「一番危ないやつだぞ」

とファウダー。

「あんたに言われたかありません」

しかし私も即答である。


「第二席さんの服、どうしよう」

「え?どうせどっかに替えあんだろ」

第三席は邪神さまの血をもらえないからか向こうで咽びなく中、邪神さまは気にもとめずに寵愛を捧げるソウを抱き締める。


「邪神さまの手は煩わせませんので」

そう告げれば。ソウがふと思い出したように邪神さまを見上げる。


「タツ、あのね、第二席さんも『タツキ』って呼んでいいでしょ?」

「……は?」

まさかこんなところで言われるとも思ってもおらず、呆然とした。一方で当の邪神さまはと言うと。


「好きにすれば?」

それは寵愛児の言葉であったからか、邪神さまはケロリとそう答える。


「……タツキ、さま」

「ん。シュランガル」

タツキさまが呼び、名付けた特別な名。

するとソウがじっと私を見ていることに気が付いた。


「俺もそう呼んでもいい?ずっと第二席さんはどうかと思うし。俺はソウでいいよ」

は……。邪神さまが付けてくださった特別な名。姉だけはそれを呼ぶが他に許したことはない。何せ……。


「……私が恐ろしくはないのか」

まるで怨念のように湧き立つ猛毒の蛇を。


「爬虫類は結構好き」

それで済ますソウもソウだが……。


「それに……さっきの探湯沼(くがえ)みたいでカッコよかった」

タツキさまの探湯沼(くがえ)に。

私の猛毒に耐性をつけたのは女神か。そうであってもその耐性はタツキさまからの寵愛で私の猛毒にすら耐性を附与している。そしてタツキさまが注ぐ……寵愛。これも何かの運命だろうか。


「特別ですよ……ソウ」

「ん、シュランガル」

そしてソウが微笑んだ。


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