【14】Side:第一席ヴォレル
終わることのない恐怖、悲鳴、慟哭。
一体私たちが何をしたと言うのか。ひとり、またひとり、人間ではないものにされていく。
ラボで身を寄せ合った弟も、妹も、みんな、みんな、死んで行く。生き残ったとしても人間ではないものになる。
私と同じ。
人間ではないものに。
そして死に絶え骸となれば私の根が養分としてそれを呑み込んでいく。
あぁ、この地獄はいつ終わるのか。
この首に嵌められた奴隷の印が私たちに抗うことすら許さない。人間ではないものに成り果てて、その異形の力をその身に宿そうとも。
私たちはギフトを取り上げられ人間であることを取り上げられ、女神にすら見捨てられた。
ならば一体誰に助けを乞えばいい。
涙も樹液となりて枯れ果てる。養分となる死骸は投げ込まれない。
みんな……生き延びたのか。生き延びたとしても行く末は決まっている。人間ではないそれはただの生物兵器とされるのだ。
――――私たちは何のために生まれてきた……?
『お前も咎人か』
闇の中から地を這うような声が響いてくる。
【私たちはまだ、人であれるのか。このような異形の身に成り果てて】
『創世神が人間として生み出したものは人間でなくてはならない。人間が人間であることが創世神の教えである。創世神の教えに背くことは許されない』
【なら……私は……人間ではないものに成り果ててしまった私たちは……創世神の教えに背いた存在か】
『全ては創世神が人間の罪を量るために与えたもうた探湯沼で量られる。贄を差し出すがよい。さすればお前の罪を量ってやろう。右ならば有罪、我が呪毒の罰をその身に宿す。左ならば無罪。贄を差し出すのならば、差し出した代償に願いを叶えてやろう』
【ならば……もしも許されるのであれば……私の身を差し出す……だから、弟妹たちを、助けてくれ……】
『良かろう。贄は差し出された。そなたの罪を量らん。その咎は右か、左か。我にその答えを示さん』
闇の中で微笑んだ紫の目が黒い手を伸ばし、異形と成り果てた私ごと呑み込み、中に……入ってきた。
――――それが敬愛する主との、最初の出会い。
※※※
――――邪神神殿の回廊。この世界でそう呼ばれる神の通称にしては、淀みも邪もない白を基調とした内装。
そして天秤を模したエンブレムが所々にあしらわれている。邪と呼ばれながらも正義の秤を持つ神の象徴だ。
そんな回廊で、見付けた。
女神の加護を持ちながらも邪神さまから寵愛を受ける少女。
「……第一席さん、こんにちは」
「これはこれは、邪神さまの寵愛児さま。ご機嫌麗しゅう」
私は邪神さまに絶対服従を誓う第一の魔神。邪神さまが何よりも愛する寵愛児のひとりの前に跪くのは当然のこと。
「キナで……呼び捨てでいいです」
「そんな……っ、それは邪神さまにボコられ……っ、それはそれで、イイッ」
途中まで真面目に述べながらもふと悦に浸る顔になってしまう。
「もっと自分を大事にして?」
む……?
「そのようなこと。私たちにとっては邪神さまあってこその世界。邪神さまのためにこの身を捧げることこそ至高の証……っ」
「第一席さんがドMなことは分かったから止めないけど……キナでいい。タツは私がそうして欲しいって言ったことには反対しないと思うよ」
どえ……む?
「しかし……それはっ」
思わずすっくと立ち上がり……。
「あなたさまは邪神さまの寵愛児。他者に軽々しく自分の名を呼ばせてはなりません」
「第一席さんは他者じゃないでしょ?」
「……っ」
「その……タツを大切に思っていて……それから、タツにとっても大切なひと」
「わ、私など、邪神さまにとっては……邪神さまの名を呼べる寵愛児さまとは比べ物にもなりません」
「そんなことないと思うけど。タツキでも、タツでも呼んであげたら喜ぶと思うよ」
「勝手に呼んだりしたらお仕置きしてもらえません」
それは私の沽券に関わる……!
「じゃぁ、私が頼んでみる?」
「……っ!?眷属神の分際でそんな……っ」
「ファウダーは普通に呼んだけど」
「あんのっ、クソ勇者っ!」
ほんとクソである、あの勇者は。
「ファウダーとタツは仲がいいと言うか……眷属と神ってよりも、どこか友だちに近いような感じがする」
「悔しいですが、私が邪神さまと初めてお会いしたのが1000年前。魔族が産み出された古代と呼ばれる時代。ファウダーはそのさらに1000年前の神代と呼ばれる時代から邪神さまと顔見知りなのです」
「え、ファウダーって何歳……?」
「さて……神代からは一度転生はしているようです。そのブランクがある一方で共に過ごした時間の長い私よりも、ファウダーは邪神さまに近しい。私には決して踏み込めない距離があるのです。あのように名で呼び合う仲には……」
「でも第一席さんもタツのことは好きでしょ?」
「そ……それはもうっ!お慕い……いや敬愛……?狂愛の念を捧げております……!ふはーっ」
「ん、分かる」
そ……そう、か。うむ、この寵愛児たちが邪神さまに懐いていることも、分かる。私だって邪神さまのことを……っ。
「……私も第一席さんと仲好くなったらキナって呼んでくれる?」
「……それは」
その問いに答えようとすれば、自然とある一点に目が向く。
「あのレリーフの意味をご存知ですか?」
「……」
レリーフの方向に向けて歩きだした私にキナも続く。
そのレリーフには邪神のエンブレムの周りに10つのエンブレムが並ぶ。
「一番上は木を模しているエンブレム、それから反時計回りに蛇や、目玉から伸びる骨格だけの翼……こやつは第三席。そしてそれぞれ魔物を象徴するようなエンブレムが並んでいくのです」
するするとエンブレムをなぞり、円の中央に指を滑らせる。
「中心にいるのが邪神さま。そして周りを囲うのが私たち魔神十柱。魔帝国では邪神信仰のための最も一般的なレリーフです。そして私は一番上の……木」
そっと木のエンブレムに指を戻す。
「何故私が木のエンブレムを持つか分かりますか」
「……得意魔法?」
「半分正解ではありますが……真実は……」
静かに瞼を閉じ、そして再びカッと開けば。恐らく今まで白目だった部分が一瞬にして黒く染まっていることだろう。
さらには腕は巨大な爪を持つ木肌のような魔物の手に変化し、背中からは巨大な二対の木肌のような腕が伸びる。その先端には鋭くさらに巨大な爪が現れる。
「これだけでもまだ本来の姿の一角に過ぎませんが」
背中から生える巨大な腕を引き寄せながら、静かにキナを見据える。
この姿をコントロールできるようになったのも言葉を交わせるようになったのも、全ては邪神さまのおかげ。
「魔族とは人間に魔物を掛け合わせて、時には魔物の一部を移植し、混ぜ合わせ造られてきた成れの果て」
およそ1000年前のおぞましい記憶が私の中には未だに消えることなくあり続ける。
それでもそれは邪神さまと出会った大切な記憶でもある。
「今の魔族のほとんどはこのようなおぞましい姿から変化しました。より元の人間に近く、しかし違う生き物であることを示す角を持ちます。ですが私たちのような魔神や魔王のジョブを与えられる魔族はこうして造られたばかりの頃のより魔物に近い、おぞましい姿を持つのです。魔族が崇める邪神の眷属神でなければ、魔王などの特別なジョブや邪神の加護がなければ、私たちとて魔族からは化け物と扱われるやもしれません。私たちは恐ろしく、おぞましい存在なのです」
そして私はその事実から逃れるように、ふいと顔を背ける。
「……」
しかしキナはそっと私の異形の腕に手を伸ばしてきた。
「……何をっ」
「タツので見慣れてる。タツのクガタチと……ちょっと似てる」
「……えっ」
「恐ろしくも、おぞましくもないよ。だって、私はずっとタツの腕に守られてきたから」
そなたもか……。
神判の時が終われば私は今のヒトに近い魔族の姿になっていた。言葉を交わせる姿になっていた。
そして邪神さまもこうして私の腕に触れた。
「第一席さんの腕もタツみたいにとっても温かいよ」
「……っ、私の腕が……」
『お揃いだな』そう言って微笑んでくださった邪神さまの言葉が重なる。
だがその時温かかったのは邪神さまの腕のはずだった。
私の腕も……?
「……失礼だった?男の腕だし」
「いえ……っ、そんなことは……っ!身に余る光栄です」
邪神さまと『お揃い』の腕。
木の幹のような腕と邪神さまの黒い闇の腕は全く違うものに見えたけれど、触れ合った腕は同じものを宿していたのだろうか。
そしてその言葉は私にとっての何よりの宝物……。
「そう、良かった。第一席さん」
キナが微笑む。
「……その……ヴォレルで構いませんよ」
どうしてか伝えたいと思った。邪神さまから『眷属』になれと誘われ、頷いた私がもらった名。
今は初代魔帝も初代魔王も引退し、邪神さまの推薦で創世神によって神に召し上げられた。邪神さまの眷属神として。
創世神に魔族と名付けられた私たちはこの世界で生きることを許された。
「ヴォレル」
そしてキナがゆっくりと反芻する。
「はい、キナに呼んでいただきたい」
「……うん」
ふわりとキナの身体を抱き締める。あの頃あの子たちを抱き締めた腕と何ら変わりない腕で。




