【11】魔帝
その少年は見た目は10代後半だが、実年齢はおよそ300である。ダークブラウンの髪に赤紫の瞳、そして魔族特有の黒い角を有している。その両耳には邪神のシンボルを象った耳飾りが揺れている。俺の前ではひと懐こく子どもっぽい笑みを浮かべているのは相変わらずだ。
「兄上、兄上、兄上ぇっ!あぁ、本物の兄上、久しぶりすぎて嬉しすぎるなぁ……っ!」
首筋にすりすりしてくる少年を不思議そうに見上げるキナとソウ。
「タツの……弟?」
キナが首を傾げる。
「いや、昔からこう呼んでくるだけ」
「はぁ……」
「む……?その人間2人……兄上の寵愛児」
「そうだぞ、サングイオス。俺のかっわいいキナとソウだ」
2人を訝しげに見やるサングイオスにどーんとアピールしてやれば。
「かわいいは余計」
キナにピシャリと言い付けられるが、そのツンツンしたところも素晴らしいっ!
「でも寵愛児がいてもいいんだ……っ。俺が兄上を何よりも大好きなことには変わりないからね!」
「あのひと……顔が歪まないタイプのファウダーじゃん」
キナのひと言が真理を突く。そしてファウダー!お前は首を傾げるな!
「でも兄上、どうして直々に俺に会いに来てくれたの?ばあちゃんからの通達受け取ったから俺の方から会いに行こうと思ったのに」
「あぁ、それな……?邪魔するぞ」
サングイオスは俺に抱き付いて暫く離れたがらないだろうから、そのまますっくと抱き上げて中に進めば。魔帝国の重鎮であろう魔族たちが俺の姿を見てサアァッと青ざめ、跪く。
「俺がここに来たのはタルティオス司法国の件だ。信徒が拐われていると言うのは本当か?」
「事実だよ。だから魔帝国としては取り戻すための交渉をするつもり。でも兄上がそれに干渉するなんて珍しいね」
「いや、俺はそれに関しちゃぁ干渉するつもりはねぇ。交渉にしろ、何にしろ、現在魔帝国を治めているのはサングイオス、お前だ。魔帝であるお前の好きにすればいい」
「魔帝……なんだ」
「そんな予感はしてたけど」
「ん?そういやキナとソウにはまだちゃんと紹介してなかったもんな。コイツが当代の魔帝」
ニカッと笑えば、顔のすぐ隣でサングイオスがムスッとする。
「どうした?サングイオス。好きにすればいい」
「兄上……。まぁ、いいもん。こっちはこっちで好きにやる」
何か拗ねてねぇか?コイツ。
しかしサングイオスがそう言ったところで声が上がる。静かに俺とサングイオスのやり取りを聞いている忠臣たちも正気かと目を疑っている。
魔帝の言葉に異を唱えるのをサングイオスがどう捉えるかは勝手だが、サングイオスと邪神である俺との会話に割り込むのは感心しねぇな。
ヴォレルはファウダー相手じゃないから抑えているが、シュランガルは笑顔なのにこめかみに青筋が浮かんでるぞ。
つーか……魔帝国が拐われている同胞を取り返しに行けていない原因はこやつららしいな。
10人ほどの忠臣の中の3人が声をあらげる。
「あのものたちは魔族ではありません!」
「人間の血を入れた下賤なものどもである!」
「それからそやつらを庇い立てするものたちですや!?魔族とは呼べない!つまりは魔帝国民とするのもおこがましい!」
こやつらサングイオスの前でよくもそんなことが言えたわけだ。
「我が信徒を帝国民とするか否かはお前たち魔帝国の決めることだからどうでもいい。だが……」
足元の探湯沼が煮立ち、クガタチが威嚇するように彼らに迫る。
「魔族を魔族とし、人間を人間とするのは創世神の教えだ。我が信徒なれどお前たちが決めていいものではない」
『……っ』
意見を言ってきた魔族たちが押し黙る。しかし震えながらひとりが口を開く。ほう?創世神の教えに背くことをほざいておいて、勇気があるな……?
「ですが邪神さま、あのものたちは魔族と人間の間のもの……!そしてそれらを庇い立てするものたちです!純粋な魔族ではないでしょう……っ!?」
魔族も元々は人間をベースにしていたのだが……。しかし魔族が魔族となってから交わったものを魔族と見なさない考えは自ずと生まれてしまうらしい。
「間のものたちに対する見解は俺がサングイオスに伝え、そしてサングイオスを通し魔帝国でも信徒らに教えを説いたはずだが……?」
「そうだねぇ、兄上。間の子であろうが魔族を選ぶのならば魔族であると創世神は仰られた。だから彼ら彼女らが魔族を選ぶなら魔族。兄上を崇めるのであれば邪神の信徒、魔帝国に住まうことを選ぶのなら魔帝国民には変わりない。だから俺は交渉を選んだのだけどね」
「それはあなたがあなたも純粋な魔族ではないからだ!邪神さまの加護を授かるのもおこがましい!」
「やはり人間の血を混ぜた裏切り者!何故このような裏切り者が邪神さまから魔王のジョブなど受け取ったのだ!恥を知れ!」
「このような下等な人間の血を混ぜたものはこの魔帝国の魔帝に相応しくはない!邪神さまはこの混ざり子に騙されておられる!」
人間は決して下等ではない。姉である女神の信徒に過ぎないと言うに。そしてサングイオスへの侮辱ともとれることを散々ほざいた魔族たちにヴォレルが噛みつく。
「あなたたち!自分たちが何を言ったのか分かっているのですか!」
「しょ……初代さま……っ」
「いや、しかし、その……」
「やはり血統の問題が……っ」
3人はそう言いいつつもヴォレルに敬愛の礼を示すが。
「いいんだよ、ばあちゃん。事実だし。それゆえに俺が創世神さまからの教えを授かったんだ」
サングイオスの言葉にヴォレルは渋々下がる。かわいい孫とは言え、今の魔帝はサングイオス。この場を治めるのはサングイオスが適当だと判断したのだ。
「さて、お前たち」
サングイオスが先程までのへらへらとした笑みを封印し、纏う空気を変える。
さすがに3人も背筋が凍ったように震える。サングイオスが何故魔帝なのかまるで分かっていなかったとでも言うのか。ヴォレルが声を上げた際に即謝っていれば丸く収まったかもしれないのにな……?
「俺が魔帝である資質を疑うか」
サングイオスの低い声が響き、そして3人の足元から巨大な蝎の尾とハサミを掲げる腕が何本も湧き出してくる。
3人はガタガタと震え出すが、あの程度で震えるとは。サングイオスの魔神としての姿の1/8程度だぞ?
「この俺の血のことを何と言おうが、気に入らないのならば勝手にしろ。だが……魔帝国内で暮らしていた間の者たちを故意に国境付近に拐い、隔離したことを俺が知らないとでも思ったか……?」
ほう……?それで国境付近にねぇ。
「まさか帝国民を司法国側に売ったのか!?」
ヴォレルが憤る。
「そ……それは」
「断じて違います……!」
「ぐ、偶然で……っ」
「だが結果的にそう結び付いたことは変わらない。そしてお前たちが魔帝国民を不当に誘拐・隔離したこともだ。その罪に対しては魔帝国内での一切の権力お地位を剥奪し裁く」
「そ……そんな……っ」
「横暴がすぎる!」
「証拠は……」
「俺が今日、何故お前たちをここに集めたか分かるか」
単なる会議のためではないと言うことだ。
「それくらいは揃えている」
まごうことなきサングイオスの忠臣たちは元々知っていて迎えたようで、こくりと頷いている。
真っ青な顔で崩れ落ちる3人だが、身の毛のよだつ恐怖がここで終わりだと思っているのなら甘いな?そしてサングイオスがこの場に不釣り合いなほど、口角を吊り上げる。
「お前たちが兄上を語るな。お前たちに兄上の何が分かる。兄上が決めたことに異を唱えるのならば……背信徒と見なすっ!!!」
その言葉に3人の血の気が完全になくなる。まぁ、サングイオスの前ではいい判断だ。
そしてサングイオスが混魔であるがゆえに、その前に何であるかを愚かにも忘れていたのか……?
「裏切り者には粛清をくれてやろうか!?ええっ!?」
その瞬間サングイオスの8種の魔の触手が地を這い出さんと荒れ狂わんとする……が。
「こ~ら、サングイオス。俺が信徒への情けのために仕方なく忠告してやってんだから、殺すなよ」
裁くっつった側から殺す気か?裏切り者への制裁が一番やべぇやつがコイツだろうに。そんなやつによくも裏切り者だと言えたもんだねぇ。
「いいこにできるのならご褒美くれてやる」
「……兄上っ」
先程までの狂気をぱたりと引っ込め、嬉しそうに笑んだサングイオスは……俺の首筋に嬉々として噛み付いた。
ぢゅうぢゅうと吸われる血に呼応してかサングイオスの腕が引っ込んでいく。蝎のような尾まで無事に収まったところで。
「とっとと連れてけば?俺はただ説法を授けてやりにきただけだ」
そうサングイオスたちの忠臣たちに告げれば、哀れにも気絶した3人を牢へとぶちこみにかかった。
――――とは言え。
「お前、久々にがっつきすぎ」
キナとソウがさすがに引いてるじゃん。え……そこじゃない……?




